【よのなか科】 講演をきっかけに、チベットの近・現代史を知る本と映画に出会った
国立民族学博物館、愛称みんぱくで企画展「ドルポ――西ネパール高地のチベット世界」が開かれています。(会期:2026年3月12日(木)~6月16日(火))

関連企画として設定されたみんぱく友の会講演会「変わるドルポ――ポンモ村の半世紀」を聞きに行き、チベットに興味を持ちました。

それまでは、ネパールとチベットの区別がつかず、位置関係や自然環境の違いも当然わからず、まして、政治状況についても無知だったのですが、
写真や実物を見せてもらいながら暮らしぶりや土地の様子についてのお話を聞くと、興味が湧いてくるものです。
講演の中で私が気になったのは、中国による道路の敷設、というところでした。
ドルポという地域はネパールの西部にあるのですが、
南側からのアプローチはなかなか難しいけれど、北側からは中国による道路整備が進んでいる、とのことでした。
ネパールの北側は中国?確かネパールの北側はヒマラヤ山脈のはず。
中国
ヒマラヤ
ネパール と並んでいるのか!?
中国とヒマラヤが頭の中で繋がっていなかった私は、地図を確認することに。
すると確かに「中華人民共和国」と。
そして、「西蔵自治区」と書かれています。


調べると、西蔵とはチベットのこと。
そういうことか。
エベレスト[山]
Mount Everest
ヒマラヤ山脈中央にあり,ネパールとチベットの国境にそびえる世界最高峰。標高8848m。
発見と命名
1852年,インドの大三角測量による結果の集計中に〈ピークXV〉といわれていた峰が,世界最高峰であることが発見された。現地名がわからなかったので,前インド測量局長官エベレストGeorge Everest(在任1830-43)の名をとって命名された。
チベット人のいう〈チョモランマChomolungma〉(中国表記で珠穆朗瑪峰)の名は,〈大地の女神〉〈世界の母神〉の意という。
ネパール人は〈サガルマーターSagarmāthā〉(サンスクリットに由来する語で〈大空の頭〉〈世界の頂上〉の意)と呼ぶ。
そうそう、エベレストはチベット語でチョモランマだ、と聞き覚えがあります。
チベットは中国の自治区ということは分かったのですが、
今度は、「ダライ・ラマ14世がチベットの指導者」
という記憶との関係が疑問に。
ここからチベットの現代史についての勉強が始まったのでした。
とても大まかに言えば、
チベット高原を含む東経77から105度、北緯27から40度に至る地域を占め、南はヒマラヤ山脈、北は崑崙山脈、東は邛崍山脈に囲まれた地域、およびこの地域に成立した国家や政権、民族、言語などに対して使用される呼称。
チベット民族の祖国とされるこの地域は、1949年以来、中華人民共和国が実効支配しており、その主権と領有についてインドにあるチベット亡命政府と対立している。

…ということですが、
中華人民共和国が実効支配するに至る過程は壮絶なものであったことが書籍や映画に描かれていました。
それは、現代のロシアとウクライナ、イスラエルとガザの関係、かつての日本と朝鮮・アイヌの関係に通じると感じられました。
大国による周辺地域の暴力的な併合に見られる、抵抗勢力や民間人の虐殺、その後の「本国人」の入植が共通しています。
これらのことを私が知ったのはもちろん2次情報からです。
しかし、関心を持たれた方のために、また、私が再度確認したいと思った時のために、今回読んだり、見たりした資料をメモしておくことにします。
・『物語チベットの歴史』中公新書・2023年
古代から現代までのチベットの歴史が書かれている。
序章 仏教国家チベットの始まり。
第一章 古代チベット帝国と諸宗派の成立。
第二章 ダライ・ラマ政権の誕生。
第三章 ダライ・ラマ十三世による仏教界の再興。
第四章 ダライ・ラマ十四世によるチベット問題の国際化。
終章 現代の神話、ダライ・ラマ十四世
「物語」とつけられているが、そこから連想される読み物としての魅力は残念ながら感じられなかった。全てを読むのは大変そうだったので、現代史の部分(第三章と第四章)を読んだ。
第二次大戦終結から現代までの大きな流れを知ることができた。この本の中で中国による侵略について関心を持ち、紹介されていた『中国はいかにチベットを侵略したか』を読むことになった。
・『中国はいかにチベットを侵略したか』講談社・ 2006年
こちらの方が「物語」風の臨場感のある書き方になっていて読みやすい。タイトルが示すように中国によるチベットの侵略の具体的な様子が述べられている。
記されている期間は1947年から1974年まで。
中国共産党がチベット侵攻を始め、途中、アメリカCIAからの資金・武器・食糧・軍事訓練の支援を受けながらも、国際政治における取引の結果、チベット抵抗運動が終焉を迎えるまでである。
祖国チベットのために闘った戦士たちへのインタビューを重ね、その肉声をつなぎ合わせた作品だと訳者あとがきにある。
ダライ・ラマ十四世による序文が巻頭に記されている。
序文
ダライ・ラマ十四世
中共のチベット侵略と占領は今世紀最大の悲劇の一つである。その結果百万人以上のチベット人が殺され、仏教建築物、書籍、芸術品などほとんどが破壊し尽くされた。文化の生きた継承者は母国でその伝統を伝えることができなくなり古いチベット文化は抹殺されてしまった。
雪国(チベット)の過去五十年間に起こった出来事に世界は気づき始めているが、武装闘争が展開されていたことを知り評価する人はまだ多くはない。特に、東チベットのカム地方で、伝統的戦士族たちは団結して中共に立ち向かった。このゲリラ部隊は騎馬集団を組み、往々にして時代遅れの武器を手に善戦した。不屈の勇気をもってチベットへの忠誠と愛情を発揮した。
最後には中共がチベットを制圧するのを防ぐことはできなかったが、チベット国民が中共のいう"人民解放軍”をどう捉えているか思い知らせたのである。
チベット解放闘争は長期的かつ平和的手段によってのみ勝ち得ると言じているが、ひるむことのない勇気と決意をもって闘った自由の戦士を変わることなく尊敬している。著者マイケル・ダナム氏がこの勇者たちの物語を本書で余すところなく私たちに告げていることを大変嬉しく思っている。
・映画『クンドゥン』1997年製作
ダライ・ラマ14世が「見つけられる」ところから始まる。単純な世襲ではなく、前世の記憶を持つことを発見され、確かめられたのち、生まれ変わりとして認められる様子は興味深い。
その後、両親から離れて修行が始まり、摂政が置かれる時代を経て14世に即位し、政治のリーダーとして非暴力で中国共産党・人民解放軍と向き合おうとするが圧倒され、意に反し民衆を残してインドに亡命するところまでが淡々と映像で綴られる。
無邪気な少年時代から理想を追い続けることができず苦悩する青年時代まで、その間のチベットの政治状況をダライ・ラマの視点で丁寧に描いている。
生家の家の中や宮殿の中の場面が多いため映像が基本的には暗く、淡々とした調子なので映画として楽しめはしないが、彼がどんな世界を経験してきたのかが想像できる。
・映画『セブン・イヤーズ・イン・チベット』1997年製作
『クンドゥン』と製作年は同じだが、こちらは実在したオーストリアの登山家の視点で、ダライ・ラマ14世が少年であった時代の様子が描かれる。
この登山家を演じているのはブラッド・ピット。登山中にドイツ人であるとしてイギリス軍に捕らえられ、収容所から脱出、逃げ込んだチベットで理解者に助けられ、好奇心に富んだ少年ダライ・ラマ14世に請われて世界の地理や自動車・映画・ラジオといった「文明の利器」について教えたり土地の測量を行うなどしていわば恩返しをする。求められて離婚することになる妻や初めは拒絶される息子との関係も織り交ぜられて、エンターテインメント性も十分ある映画。
時代としてはタイトルの通り、14世がまだ少年の頃の7年間だけであるが、この時期の対中国の政治状況とチベット内の意見の対立が描かれている。また、チベットの中心地ラサの市場や住居を映す場面が多く、宮殿の外の様子が想像できる。
史実をどこまで正確に反映しているかはわからないが、二つの映画を見ることで書籍から得られた知識を肉付けできたように思う。
「政治的中立性」を尊重するなら、中国側がチベット併合をどう書いているかも知る必要があるのかもしれません。
しかし、天安門事件の犠牲者の墓参りさえ今年は中国政府が禁止したというニュースを聞きました。
権力にとって不都合な真実は隠されるものだということを念頭に置きながら調べてみましょう。
こういうのって、市民性教育としては大切だけど、学校では教えませんよね。確かに教えるのは難しいでしょうね。
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