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25歳で死にたかった話。

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※注意!
この記事には思想強めな表現が含まれる可能性があります。価値観の違いによる批判等は受け付けないので上手く自衛してください。

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人間には、誰しも目標や憧れがあり、それを目指しながら生きる。もしくは、誰かが敷いたレールをなぞりながら生きる。そんな人生を送るものだと思う。
実際、僕自身もそうだった。

僕の場合、早い段階でその事には気付いており、あまりにもしょうもないと常に思っていた。
親の保護下にありながら小中を過ごし、高校生で恋愛や挫折等の経験をそれとなく得て、大学では程よく学び程よく遊び、そして一般的な会社に入り、生きる為の金を稼ぎながらいつしか結婚して子供を産んでそのまま余生を過ごし、その後は子に託して死んでいく。
それが普通であり、そしてつまらないものだと。

本当につまらない。くだらない。

そんな人生は嫌だと思っていた僕は目標を立てた。
25歳まででやりたいことが出来なかったら死のう。
実際、馬鹿げた目標だと思う。

しかし、大体の人間は学生時代を過ごした後、ただ生きるために働き、そして緩やかに死んでいく人生だ。
無駄だとすら思う。
それなら早めに終わらせた方が良いのでは?
そう思っていた。正直、今もそう思う。

内容は省くが、結果的にどの目標も達成できなかった。
いや、達成させてもらえなかった。

例に漏れず、自分も親が敷いたレールを歩かされていたのだが、どうしても息苦しく感じていた。
そんな中、ボカロに出会い、音楽が好きになり、音楽を作りたいと思い始めるようになった。
それかゲームを演出するサウンドクリエイターを目指したいと高校生活の中で思い始めていた。
初めて自らがやりたいことが出来たのだ。
当然進路はそれを目指すべく、専門的に勉強できる環境に行きたいと考えて準備を進めていた。
そこで親が口を出したのだ。
「大学に行け。会社に入った際の給料が違うから。」

確かに昔はそうだったかもしれないが、現代ではそこまで変わらない。ましてやクリエイター職なんて正直実力社会だからスキルを得れば得る程自然と上がっていくものだ。そう熱弁したが意見は変えないらしい。
初めてできた自分がやりたいことを折られてしまったのだ。
たかが金が理由で。
思えば、親は自分の子のことを金づるとしか思っていないふしがあった。
将来を心配してる風に見せかけて自らの失った時間を金で解決しようとしているだけ。
今でも顔を合わせると金のことしか言わないし。

愛情がどうこうとかは綺麗事だ。
これから親になろうとする人、子供が欲しいと思っている人は本当に子供のことを考えてほしい。

本当にやりたい事ができた時、それをさせてあげられないのは親失格だ。
貧乏だから、将来が心配だから、とかは全部言い訳だ。
貧乏になる恐れがあるなら産むな。
心配なら支えろ。強制させるのは自分が歩めなかった人生を押し付けてるだけだ。

話が逸れたが、これがきっかけで大喧嘩した。
初めて殴ったし、首を絞めて殺そうと思った。
(過去に殺されかけたこともあったので)
だって自分のことを見ていないんだもの。
結果、行きたくもない大学に行かされ、背負いたくもない奨学金という名の借金を背負う羽目になってしまった。
人生を潰された訳だ。
正直今でも恨んでいるし、最早親だと思っていない。
感謝なんてクソ喰らえだ。

ここからは初めて自殺を図ろうとしたり、線路に飛び込もうとしたりもした。(正確にはもっと子供の頃から池に飛び込もうとして大人に止められたこともあった)
全部未遂に終わった訳だ。とにかく死ぬことさえ許されなかった。正確には何かと理由をつけて死ぬ勇気が出なかっただけかもしれないが。

だから、自ら死を選ぶ人間を僕は批難すべきではないと思うし、できることなら「お疲れ様。」と労いの言葉をかけてあげたいと思っている。
周囲に迷惑をかけるからやめろ。というのは理解はできるが、その人に言うべきではないし、むしろその人を追い込んだ周囲の人間に言うべきだ。

死にたいと嘆く人間を楽に死なせてあげられないこの国はどうかしてると思う。
無理に生かされて消費されるなら家畜と変わらないじゃないか。何が人権だ。

話は逸れるが、葬式とかいう生きた人間のエゴでやってるだけのゴミイベントは早く消し去るべきだと思う。
せめてパーティにしろ。自分が死んだ時、身内や知人が辛気臭い顔してるのは普通に嫌だろ。

と、なんやかんやで自身が掲げたリミットの25歳は過ぎ去り、今年で29歳になる。
相変わらずクソみたいな人生を過ごしているが、誰かが敷いたレールを歩むことは無くなった。
3年前、結婚を考えるくらい愛していた彼女とは別れてしまった上に、パワハラを受けて休職したことを良いことに遊び尽くしていたら案外楽しいことに気づいた。
おかげでクレカの支払いと3桁くらいの借金返済に追われているわけだが何とか生きてる。いや、生きてしまっていると言っていいかもしれない。
形だけの有料パート作るから誰か恵んでくれ~!
言わば、人生のエピローグを歩んでいるわけだ。
早めの終活かもしれない。早すぎるな。
それでも、家畜と扱われながら緩やかに死んでいくよりか幾分マシだ。

体感だが、死にたいと言葉にする人間こそ意外とタフなのかもしれない。
それはそうか、ギリギリまで耐えれる精神力を持ち合わせているんだから。

『25歳で死にたかった話。』終わり。


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