No.2029 お笑いをあなたに(上)
「お笑い」のネタ本が現れた時代があります。
江戸時代の中頃、『楽牽頭』(がくたいこ)は、稲穂作による噺本で、1772年(明和9年)に刊行されました。「楽太鼓」の意味と、「たいこもち」のように読者に笑いをサービスするという意味もあるそうです。77の小咄が収められています。
先日、久々に読んで、思わず口角を上げてしまいました。今から250年以上も前のお笑いに、二つ三つ、お付き合い下さい。
なお、※以下は、私の勝手なつぶやきです。
百足(むかで)
毘沙門、百足をよび付け、「不忍の弁天がところが風下だ。はや見舞(火事見舞)に行ってたもれ」。百足、かしこまり候とて、台所にうづくまり居る。「なぜ早く行かぬ」「ハイわらじをはいております」。
※このネタは、今も謎々で使われていますよね。歴史がある小咄のようです。
儒者
儒者、品川へ引移(わたまし:転居し)、弟子ども、家見の祝儀に行き、「先生は繁花の(にぎやかな)日本橋をお見捨てなされ、何のよき思召(おぼしめし)御座候哉(や)」。儒者、まじめな顔にて、「唐へ二里近い」。
※儒者なればこそ、中国(唐)への憧れは強かったか?二里しか近づいてない可笑しさ。
肴売(さかなうり)
「つかぬはなしだが、つかさといふ字は、どふ書くの」「さればの、おらが師匠にはない字だ。アレアレ、むかふを通る肴売が大イの学者だ。呼んで聞かふ」と、さかなやをよび込み、「喜八どの、つかさといふ字はどふかくの」「それは、こふいふ字さ」「どふいふ字だの」「言(ことば)にては、ちと言いにくい。こふさ。同(おなじく)といふ字を、片身おろして骨付きのほふさ」。
※学のある魚屋さんの「司」の解説を、魚のさばき方で説明するところが面白可笑しい。
いかがでしたか?
本文は、興津要編『江戸小咄』(講談社文庫、昭和48年刊)に拠りました。文庫本ではありますが、15もの小咄本を紹介したもので、後の落語のネタ本となったものを幾つも知ることが出来ました。
明日は、『坐笑産』(ざしょうみやげ)から、よく知られているお笑いを用意しています。笑いは、心の処方薬、「クスリ」と笑って過ごしましょう。
※画像は、クリエイター・大村義人|医師/ライターさんの「浮世絵風の落語家のイラスト」の1葉をかたじけなくしました。お礼を申し上げます。
