【エッセイ】夏とチェリオと太ももと
「それにしてもT子、何で肩から太もも出してんだよ~」
半世紀以上たった今でも、この一言だけは忘れられない。
中2の夏休みのことだった。
私たちは、部活の夏合宿のための買い出しに行った。メンバーは2年生の部員、男女6名である。
集合場所は、何故か県庁所在地にある大型デパートだった。
「部活の買い出し」なんてもっともらしい理由を付けて、ホントは、ちょっと遠出をしたかったのかも知れない。
デパートとなれば、少しはオシャレもしてみたいではないか。
私は、お気に入りのギンガムチェックのワンピースを着てでかけた。それでも足元は通学用のスニーカーといういで立ち。今考えても笑える田舎娘だ。
待ち合わせ場所に最後に来たのはT子だった。ポロシャツにジーパンが定番のボーイッシュなT子が、フリルのフレンチスリーブのブラウスでやって来た。(靴はやっぱり、通学用のスニーカーだった)
「わぁ、T子可愛い~」
私ともう一人のMちゃんが言った。T子もまんざらではなさそうな表情。
私たちは、クーラーの効いたデパートの地下食品売り場へと入っていった。
楽しいお買い物になるはずだった。
しかし事件は下りのエスカレーターに乗っている時に起こった。S雄の声がエスカレーターの上から、先に乗った女子の頭上に降ってきたのだ。
「それにしてもT子、何で肩から太もも出してんだよ~」と。
一瞬、皆が固まった。エスカレーターを降り、私たちはS雄を睨みつけた。
「せっかくおしゃれしてきたのに…」
T子は小声で言った。下唇を突き出し顎を斜めに向け、目を三角にしていた。
「おっかねぇ…」
と言ったS雄の言葉に嘘はなかった。しかし、S雄はなぜ、自分が女子3人に睨まれているのか全く分かっていない様子だった。
S雄は小学生をそのまま大きくしたような男子だった。教室ではドリフの真似をして笑い、プロレスごっこに夢中になる。思ったことは、そのまま口から出る。
そんなS雄のいでたちは学校のジャージ上下であった。
女子からは呆れられ「ホントにバカ」などと言われていた。そのS雄の発言である。
「S雄、T子に謝りなさいよ!」
Mちゃんに言われても何だかキョトンとしてる。他の二人の男子は、状況の悪化を恐れてか激しく頷いていた。
デパ地下の隅で何となく険悪な雰囲気の中学生は異質だ。おば様たちがチラチラ見ながら通り過ぎる。
「ね、一度上に戻ろうよ」
と私は小声で言った。取り敢えずエントランスに戻ったが、今度は化粧品売り場のお姉さんたちに眺められている。
するとS雄が
「ここの屋上に遊園地あるよ。そこへ行くか~」
と呑気に言った。
S雄よ、どこまでバカなんだ!と思ったが、私たちは何となく屋上に向かった。屋上では多くの家族連れが遊具等で楽しんでいた。
売店横の日陰のベンチに6人で腰掛けた。
冷房の効いた建物から外へ出て、私は汗がどっと噴出した。
S雄は売店で瓶のコーラを2本買って、そのうちの1本をT子に差し出した。
「T子、ごめん…」
S雄が言った。おそらく他の男子に言われたのであろう。T子はフンっと横を向いたが、コーラはむんずと握りしめた。
「ちょっとS雄、私たちの分は?」
私とMちゃんは、一応抗議する。
「えー、何でだよ―」とS雄は言った。しかし次の瞬間T子が「女子の分、全部奢って」と低い声で言った。
「ハイッ」
とS雄は直立不動で答えると売店へ向かった。私はその背中に
「私、チェリオがいいー」と言った。「私も~」とMちゃんも続けた。S雄はチェリオのグレープとオレンジを買って来てくれた。
S雄は男子にもせがまれたが、「お前らは自分で買え―」とひょうきんな顔をして言った。それを見てT子も吹き出しそうになった。全員がぎこちなく笑いながらジュースを口にした。
当時、コーラやチェリオの王冠には「ラッキーキャップ」なるものがあった。王冠の裏のビニール状のものをはがすと「10円」とか「もう1本」と書かれた当たりがあったのだ。
私たちはジュースを飲み終えた後、ゆっくりとそのビニールを剥がした。
私もMちゃんもハズレだった。男子3人もダメだった。ところがT子が
「当たった」と叫んだ。そこには「当たり50円」の文字があった。
「T子、すごーい!」
私たちは大げさに羨ましがった。S雄が「それ、俺が…」と言い始めたので私はベンチの下のS雄の足を蹴った。
すっかりご機嫌になったT子は、その王冠を青空にかざした。
その二の腕は確かにプルンプルン揺れていたが、今度はS雄も黙っていた。
結局、私たちはデパートでは買い物はせず、近所のスーパーで食料を調達した。考えてみれば、あの暑さの中、生鮮食料品など買っていたら帰るまでに傷んでしまったかもしれない。今もってデパートのチョイスは謎である。
部活の合宿は、バーベキューが何より楽しい思い出となった。
あの日から、T子とS雄は、「S雄!」「ハイッ」の掛け合いもよろしく息の合ったコンビになった。
それぞれ進学した高校も別々となって、今では消息も分からない。
それでもフレンチスリーブや瓶のコーラを見るとき、あの夏がよみがえる。
S雄の「肩から太もも」発言は失言ではあったが、なかなかの名言であったと、ひそかに思っている。
干したばかりの洗濯物の向こうに広がる、まぶしい夏空。ゴーという音を遠くに響かせ白い飛行機雲が走っていく。
「私、チェリオがいい―」思わず叫ぶ私がいた。
