終戦の日 桜井誠

令和8年(2026年)8月16日
sakuraimakoto2018 令和八年八月十五日が今年もまた過ぎていきました。八十一年前のこの日、私たちの祖国は国家の存続をかけて懸命に戦い、そして敗れ去った日です。靖国神社を始め、各地の護国神社で日本人としてのケジメとして、毎年静かに慰霊の日を迎えるはずですが...。皆様もご承知の通り、「反天連」を自称する極左暴力集団が、わざわざ八月十五日を選んで俎板橋をわたり、靖国神社の真ん前を通るコースで「ヤスクニいらない」などの奇声をあげて、慰霊に訪れた何十万もの人たちの想いを踏みにじってきました。この反天連の暴挙に初めて声をあげたのが行動する保守運動だったのです。
当初、反天連は靖国神社の真横を通る(靖国通りを上がっていく) コースでデモを行っていましたが、その後、行動する保守運動による抗議によって現在の九段下交差点を曲がるコースに変更になりました。ただ、彼らもそこからは譲れないとして、このコースでデモを続けています。最初の抗議活動は、桜井ほか十名にも満たない人数で始まった九段下での抗議活動も、徐々に数を増やしていったのは皆さんご存じの通りです。さらに昔は反天連側も日の丸にバツ印はもちろん、 より過激に昭和天皇の骸骨人形を掲げたりしていましたが、 昨日のデモでは日の丸にバツ印はあったものの、竿物はほとんど無い状態だったようです。
今でこそ、反天連のデモ前に日の丸デモが行われるようになっていますが、そのデモを主催している御仁は、かつて「デモ隊に日の丸を持ち込むのは右翼に間違えられるから止めるべきだ」と自身が主宰するテレビ番組で主張していたのですが、今では多くの年寄に日の丸を持たせてデモ行進... 時代も変わるものです。何にしても多くの人に、「先の大戦で亡くなった人たちの名誉を守ることが出来るのは我々だけ」として戦う姿を見せつけ、共に声を上げることが出来るようになったことは、絶望的な日本の未来を前に一縷の望みを見出したような気がします。療養中ではありますが、桜井もまた日本のためにもう一度立ち上がれるように頑張ります。
