見出し画像

✈️『中国』のキャリア・教育のいま ~14億人との競争と、国が管理する社会の中で~

✈️ 世界を旅して、私のキャリアにたどり着く 🌏 第13回:中国




隣の大国、中国。
経済規模は世界2位、14億人を超える人口を抱え、いまや日本の若者にとっても「無視できない隣人」です。

このシリーズでは、すでに東アジアを二つ訪れました。

韓国は、一日の試験に人生を賭け、大企業の狭き門をめぐって競い合う国。
台湾は、上がらない給料(低薪)に閉塞しながら、対岸の巨大な存在と向き合う島でした。

どちらも受験競争が激しく、若者が閉塞感を抱えている。
中国も、そこは同じです。

でも、中国には決定的に違う点が二つあります。

ひとつは、規模の桁違いさ

大学入試の受験者は1,342万人。
韓国の修能(約50万人)の実に26倍、日本の共通テストの27倍です。

毎年1,000万人以上が大学を卒業する。
競争の激しさが、そもそも桁で違うんです。

もうひとつは、国家との距離

韓国や台湾では、若者が競争に疲れれば「降りる」ことも、街頭で声を上げることもできました。
ところが中国では、その「降りる自由」さえ、国家が問題視する。

競争の土俵も、伸びる産業も、許される生き方までも、国家が強く方向づける。
個人のキャリアが、つねに国家という巨大な存在とともにある
これが、中国のいちばんの特徴です。

この記事では、まず中国の20代の「リアルな生活」を5つの場面で描き、そのあとに、その背景にある教育・戸籍・産業、そして国家との距離という仕組みを見ていきます。

💡 これは中国という国の「一面」を、データに沿って切り取ったものです。国に優劣をつける話ではなく、違いの話だと思って読んでくださいね。🌱


🧭 第1部 中国の20代の、リアルな暮らし

💰 シーン① 給料日:都市と地方、産業で激しく開く

中国の若者の給料は、「どこで、何の仕事をするか」で大きく変わります。一つの平均値では語れない国です。

🔹 北京・上海・深圳などの大都市と、地方とでは、賃金水準が大きく違う

🔹 ハイテク・金融などの花形産業は高給だが、その入口は極めて狭い

🔹 近年は景気減速で、昇給率が軒並み下落している

日本との違いは、格差の「振れ幅の大きさ」です。

日本も地域差はありますが、中国は沿海部の大都市と内陸の農村部とで、暮らしも稼ぎもまるで別世界。
同じ国の若者でも、生まれた場所と入れた産業で、人生の経済的なスタートラインがまったく変わってきます。

しかも近年は、急成長の時代が終わり、給料が以前ほど威勢よく上がりません。
安定した正社員の職に就けず、配車やネット配信、単発の仕事でつなぐ「霊活就業(柔軟な就業)」で食いつなぐ若者も増えました。

「努力すれば豊かになれる」という、これまで中国を駆動してきた物語に、陰りが見え始めているんですね。


🏠 シーン② 部屋を借りる:高すぎる住宅と、不動産不況

中国の若者にとって、住宅は人生最大級の重荷です。

🔹 北京・上海・深圳の住宅価格は、所得に対して世界でも有数の高さ。年収の何十年分にもなる

🔹 「家がないと結婚できない」という社会的圧力が根強く、住宅は結婚の前提とされがち

🔹 近年は不動産バブルの崩壊で価格が下落し、買った世代は資産の目減りに直面

日本との違いは、住宅が「結婚・人生の必須条件」とまで結びついている度合いです。

日本でもマイホームは大きな目標ですが、中国では(特に男性側が)家を用意できるかどうかが結婚の可否に直結すると言われ、親世代が総出で頭金を出すことも多い。
夫婦双方の両親と祖父母、合わせて「六つの財布(六个钱包)」で一軒の頭金をかき集める、という言葉まであるほどです。

そして、その住宅市場がいま崩れつつある。
「無理をしてでも家を買うべきか」という問いが、若者に重くのしかかっているんですね。


🕒 シーン③ 金曜の夕方と、昼休み:「996」という働き方

中国の働き方を象徴する言葉が「996(ジゥジゥリゥ)」です。

🔹 朝9時から夜9時まで、週6日働く。それを表すのが「996」

🔹 とくにIT・テック業界で常態化し、猛烈な長時間労働が成長を支えてきた

🔹 法的にはグレーだが、暗黙の前提として広がった

昼休みには、中国にも午睡(昼寝)の習慣があります。

オフィスでも昼食後に机に伏せて休む光景は珍しくありません。
激しく働くぶん、日中にしっかり休む文化が根づいているんです。

日本との違いは、長時間労働の「むき出しさ」です。

日本の長時間労働が「サービス残業」として見えにくい形をとりがちなのに対し、中国の「996」は、ある時期むしろ成功への当然の対価として、経営者が公然と称揚さえしました。
あるIT大手の創業者が「996で働けるのは大きな福報(幸運な恵み)だ」と語って物議をかもしたのは、その象徴です。

近年は若者の反発(後で見る「内巻」への反発)や当局の是正姿勢もあり風向きは変わりつつありますが、「猛烈に働いて成り上がる」という価値観の強さは、日本とは桁が違いました。


🎓 シーン④ 学び終えたとき:1,000万人が卒業し、椅子が足りない

中国の若者が直面する最大の現実が、大学を出ても仕事がないという就職難です。

🔹 大学卒業者は毎年増え続け、近年は年1,000万人超(2022年は約1,076万人)

🔹 一方、若年層(16〜24歳)の失業率は、2023年6月に21.3%と過去最高に達した(25〜59歳の約5倍)

🔹 あまりの高さに、政府は一時、若年失業率の公表を停止したほど

日本との違いは、需給バランスの崩れの規模です。

日本の新卒は売り手市場に支えられていますが、中国は「高学歴者が増えすぎて、それに見合うポストがない」という巨大なミスマッチに直面している。
大学を出ても希望の職に就けず、卒業を遅らせたり、大学院(考研)や公務員試験(考公)に「逃げ込む」若者が急増しました。

この鬱屈を象徴するのが、「孔乙己の長衫(コンイージーの長い上着)」という言葉です。

魯迅の小説に出てくる、プライドゆえに肉体労働に就けない没落した知識人になぞらえ、「大学を出たという学歴(長衫)が、かえって泥臭い仕事を選べなくさせ、自分を縛っている」という若者の自嘲です。

学歴というはしごを必死で登った先に、椅子が足りない。
この落差が、次のシーンの「あきらめ」につながっていきます。


😔 シーン⑤ この先の不安:競争疲れと「寝そべり」、そして国家の介入

激しい競争と就職難のなかで、中国の若者のあいだに広がったのが、独特の心理です。

🔹 終わりのない過剰競争を「内巻(ネイジュアン)」と呼ぶ。みなが少しでも上をめざし、全体が消耗していく状態

🔹 それに疲れ、出世や消費の欲を手放し、最低限で生きようとする「躺平(タンピン=寝そべり)」が社会現象に

🔹 さらに、親元で家事などをして暮らす「全職児女(専業の子ども)」という生き方も生まれた

そして、ここに中国ならではの動きがあります。
国家が、こうした「あきらめ」の言説を統制し始めたんです。

🔹 当局は2025年9月、「過度にネガティブな感情を強調すること」を規制する通達を発表

🔹 「寝そべり族」や、極限まで切り詰めて暮らす生き方の発信が、排除の対象と解釈された

🔹 「努力は無駄」「のんびり生きたい」といったメッセージまでが、取り締まりの射程に

日本との違いは、決定的です。

日本にも「さとり世代」のような価値観はありますが、それを国家が問題視し、言説そのものを統制することはありません。
中国では、若者の「降りる自由」さえ、国家の強国化目標と衝突するものとして管理される。

働き方や生き方が、個人の選択にとどまらず、国家のプロジェクトの一部になっている。これが、中国の最も大きな違いなんです。

韓国や台湾との違いも、ここにあります。
三国とも、若者は同じように競争に疲れています。

韓国には「ヘル朝鮮」という自嘲があり、台湾には「鬼島」という言葉と、あきらめの中で小さな幸せを大切にする「小確幸」の文化がありました。
若者たちは、それぞれのやり方で競争社会と折り合いをつけている。

でも、韓国や台湾では、その鬱屈を口にすることも、SNSで広めることも、街頭で声を上げることも自由です。
台湾の若者はひまわり運動で社会を動かし、韓国の若者は高い投票率とデモで政治を揺さぶりました。
「疲れた」と言えること、そして「変えよう」と動けることが、そこにはある。

中国の若者にも、同じ疲れがあります。
けれど、その疲れを表現する言葉(躺平)そのものが、統制の対象になる。
競争から降りることも、声を上げることも難しい。
同じ東アジアの若者が抱える閉塞感でも、その出口があるかないかで、重さがまるで違ってくるんです。

ここまでが、中国の20代の暮らしの素描です。
ここからは、その背景にある仕組みを見ていきましょう。


🔍 第2部 その暮らしを形づくる、仕組み

📝 高考:1,342万人が挑む、人生最大の一発勝負

中国の競争の原点が、大学入学統一試験「高考(ガオカオ)」です。
その規模は、世界でも群を抜きます。

🔹 2024年の受験者数は過去最多の1,342万人。日本の共通テスト(約49万人)の約27倍

🔹 試験の日には、社会全体が受験生に配慮する(工事の中断、車の規制など)

🔹 良い結果を求めて何年も浪人(復読)する受験生も多く、2024年は約413万人が浪人生

そして、どの大学に入るかが決定的です。
中国には「985」「211」と呼ばれる国家重点大学の序列があり、ここに入れるかどうかが、その後の就職を大きく左右すると考えられています。

この競争を勝ち抜くため、生徒を徹底管理して高考に最適化する「受験工場」と呼ばれる高校も生まれました。

朝から夜まで分刻みのスケジュールで勉強漬けにする手法は、効率的だと評価される一方、「子どもを試験マシンにする」と批判もされてきました。
地方の貧しい家庭の子にとっては、高考が階層を上昇できる数少ない公平な道とされ、だからこそ過酷な競争に耐える、という側面もあります。

日本との違いは、一発勝負の規模と重みです。

韓国の修学能力試験に通じる「社会が止まる一日」ですが、中国はその母数が桁違いに大きい。
14億人の中で勝ち抜く競争の入口が、この高考なんです。

韓国との違いも、比べてみると見えてきます。
どちらも「一日の試験に人生を賭ける」点は同じ。

ただ、韓国の修能が「ソウルの名門大(SKY)に入れるか」という、比較的わかりやすい一本の梯子だったのに対し、中国の高考には、もうひとつ残酷な要素が加わります。

どの省で受験するかによって、合格に必要な点数が違うんです。
人口の多い省(河南省など)の受験生は、北京や上海の受験生よりはるかに高い点数を取らないと、同じ大学に入れない。
生まれた場所によって、同じ努力の値打ちが変わってしまう。

さらに、次に見る戸籍制度が、この不平等を固定します。
韓国や台湾の受験競争が「みんな同じ土俵で殴り合う」厳しさだとすれば、中国の競争は「そもそも土俵の高さが、人によって違う」厳しさなんです。


🏘 戸籍(戸口):生まれた場所が、一生を左右する

中国を理解するうえで欠かせないのが、戸籍制度(戸口=フーコウ)です。
日本にはない、強力な仕組みです。

🔹 国民は「都市戸籍」と「農村戸籍」に分けられ、生まれによって決まる

🔹 戸籍のある場所でしか、教育・医療・社会保障を十分に受けられないのが基本

🔹 そのため、農村から都市へ出稼ぎに来た労働者(農民工)は、都市で働いても都市戸籍の恩恵を受けにくい

日本との違いは、「生まれた場所」がキャリアや人生の選択肢を制度的に縛る度合いです。

日本では引っ越せば住民票を移せますが、中国の戸籍は簡単には変えられず、農村出身者は都市で不利な立場に置かれがち。
約3億人ともいわれる農民工が、都市の経済を支えながら、その子どもの教育などで壁に直面する。

生まれによる機会の差が、制度として埋め込まれているんです。

政府も都市化を進めるなかで戸籍制度の緩和を少しずつ図っていますが、北京・上海など大都市の戸籍は依然として取得が難しく、「都市で長年働いても、その都市の正式な一員にはなれない」という人が大勢います。

どこで生まれたかが、教育の質や将来の選択肢を左右する。
この出発点の不平等は、高考や就職競争の「土俵」そのものが、人によって違うことを意味しているんです。


👩 女性:高い自立心と、根強い「出産・結婚」の壁

中国の女性のキャリアには、ほかの国とは少し違う、独特の緊張があります。
自立心はとても高いのに、差別と圧力も根強いんです。

まず、自立の側面です。

中国は社会主義のもとで「女性も働くのが当たり前」という建前を長く持ち、女性の労働参加率は約60%(2024年)と国際的にも高い。
教育水準も高く、大学では女子学生が多数を占める分野も少なくありません。

🔹 高学歴でキャリア志向の強い女性が多く、専門職や企業で活躍する

🔹 近年は、海外のフェミニズム思想(日本の社会学者の著作なども)が若い女性に広く読まれ、自立や自己決定への意識が高まっている

🔹 結婚や出産を「当然のもの」とせず、自分の人生を主体的に選ぼうとする女性が増えた

ところが、現実の職場では、根強い差別と圧力が残ります。

🔹 求職時に婚姻状況や出産の予定を聞かれた女性の割合は、2024年の49%から、直近では63%に上昇

🔹 「キャリアアップが結婚・出産で妨げられた」と答えた女性は15%(男性は3%)

🔹 出産で長く休むことを嫌って、企業が女性より男性を採りたがる傾向も

日本との違いは、「自立志向の高さ」と「差別の根強さ」のギャップの大きさです。

日本では「女性が働き続けにくい」ことが課題ですが、中国では、女性自身のキャリア意識はむしろ高いのに、出産・結婚をめぐる差別と、伝統的な性別役割の圧力が、その意欲に冷や水を浴びせる。

高い自立心と根強い因習がぶつかり合っているのが、中国の女性のいまなんです。


🪖 兵役と国家:徴兵より「党と国家」との距離

中国にも徴兵制は法律上ありますが、実際には志願者で兵力が満たされており、一般の若者が強制的に徴兵されることは稀です。
この点は、徴兵が若者の時間割を直接縛る韓国や台湾とは違います。

むしろ中国で若者のキャリアに大きく関わるのは、共産党と国家との距離です。

🔹 出世や安定した職(国有企業・公務員など)には、共産党員であることが有利に働く場面がある

🔹 大学では政治学習が組み込まれ、思想や言動への配慮が求められる

🔹 前述のように、生き方の言説までが国家の管理対象になりうる

日本との違いは、国家・党という存在が、個人のキャリアや表現の自由に深く関わる点です。
日本では考えにくい形で、政治と個人のキャリアが地続きになっています。


⚖️ 政治リスク:政策の急変、コネ、不透明性

そして、中国のキャリアを語るうえで欠かせないのが、「政治リスク」が個人の人生に直接降りてくることです。
政策の急な転換、不透明な規制、そして人間関係(コネ)が物を言う構造が、若者のキャリアの土俵を、不確かなものにしています。

最も象徴的なのが、国家の方針転換で、業界が一夜にして変わることです。

2021年の「双減(シュアンジエン)」政策がその典型です。
過熱する教育競争と教育費負担を抑えるため、国家が義務教育段階の営利的な学習塾を事実上禁止しました。
これにより、巨大だった学習塾産業が一夜で縮小し、数十万人規模の雇用が失われたとされます。
良かれと打たれた政策が、まるごと一つの業界と、そこで働く若者の職を消してしまった。

テック大手(アリババやテンセントなど)への規制強化も、同じように民間企業の勢いを削ぎ、若者の就職先を狭めました。

専門家は、こうした頻繁な規制の組み替えが、「政策の予測不可能性」を強めていると指摘します。
「いま伸びている業界が、来年も安泰とは限らない」。

この不透明さが、若者を安定志向(公務員・国有企業)へと向かわせる一因にもなっています。

もうひとつが、人間関係(関係=グアンシ)の重さです。

中国では、就職やビジネスにおいて、有力者とのつながりや人脈が、実力と並んで(時にそれ以上に)物を言う場面があると言われます。
土地や許認可をめぐる汚職も根強く、企業の3分の1以上が「公的サービスで非公式な支払いをせざるをえない」と報告した調査もあります。
政府は大規模な反腐敗キャンペーンを続けていますが、根は深い。

日本との違いは、努力や実力だけではコントロールできない「政治・人脈の力」が、キャリアに与える影響の大きさです。

日本にも人脈や不透明な慣行はありますが、中国では、国家の方針ひとつで業界が消え、コネの有無が機会を左右する度合いが、桁違いに大きい。
だからこそ若者は、自分の努力ではどうにもならない大きな力の前で、安定を求めたり、時に「降りる」ことを選んだりするんです。


🏭 産業と人材育成:国家主導の「集中投下」

中国経済は、国家が強力に方向づける独特の仕組みを持ちます。

🔹 国有企業が基幹産業を握る一方、民間のテック企業も巨大に成長してきた

🔹 国家が「次はこの産業」と定めて資源を集中投下する(半導体、EV、AI、再生可能エネルギーなど)

🔹 EV(電気自動車)や太陽光パネルなどでは、その戦略が世界市場を席巻するほどの成果も

日本との違いは、国家の関与の強さです。

日本が市場主導で産業を育てるのに対し、中国は国家が旗を振り、人材も資金も一気に動員する。
若者にとっては、「国家が伸ばす分野」に乗れれば大きなチャンスがある一方、前に見たように、国家の方針転換で業界が一夜にして変わるリスクもある。

国家の意向が、個人のキャリアの追い風にも逆風にもなるんです。

人材育成も、国家の戦略に強く方向づけられます。
国が「次はこの分野」と決めて人材を集中的に育てる。

市場や個人ではなく、国家が育成の方向を握る度合いが、他国と際立って違うんです。


✈️ 海外と人材:頭脳の流出と「海亀」、そして「潤」

中国は、世界最大級の留学生送り出し国です。

🔹 毎年大量の若者が欧米・日本などへ留学する。日本の大学・大学院や日本語学校にも、多くの中国人留学生がいる

🔹 かつては優秀な人材が海外に出たまま戻らない「頭脳流出」が課題だった

🔹 近年は、帰国して活躍する人材「海亀(ハイグイ)」も増え、国もその呼び戻しに力を入れる

ただし近年は、国内の閉塞感や政治的な統制を背景に、資産や家族ごと海外移住をめざす動き(「潤=ルン」と呼ばれる) も注目されています。
豊かになった層を中心に、「この国に居続けるか、外に出るか」を考える若者が出てきているんです。

日本との違いは、海外との人の往来が、国家の強国化戦略と、個人の脱出願望という、相反する力の両方で動いている点です。

国は人材を呼び戻したい。
一方、一部の若者や富裕層は、より自由な環境を求めて外に出ようとする。
この綱引きが、中国の人の流れの特徴なんです。


🌸 おわりに

中国の暮らしと仕組みを、のぞいてきました。

1,342万人の一発勝負に、あなたは「日本の比ではない競争だ」と圧倒されたでしょうか。
寝そべりを選ぶ若者に、共感を覚えたでしょうか。

それとも、生き方の言説まで統制され、国家の方針ひとつで業界が消える状況に、「自由に降りられる日本は、まだ恵まれているのかも」と感じたでしょうか。

中国が見せてくれるのは、個人の努力や選択が、つねに「国家」という巨大な存在とともにある社会です。

14億人の競争を勝ち抜こうと必死に学び、働く。
けれど、その競争の土俵も、伸びる業界も、許される生き方さえも、国家が強く方向づける。
努力が報われる分野に乗れれば大きく羽ばたけるけれど、方針が変われば一夜で足元が崩れる。
そして、競争に疲れて「降りよう」とすることさえ、容易には許されない。

東アジアの三つの社会を巡ってきて、見えてくることがあります。

韓国も、台湾も、中国も、若者は同じように激しい競争にさらされ、同じように疲れていました。
受験、就職、住宅、そして将来への不安。驚くほど似ています。

違うのは、その疲れをどう扱えるかです。
韓国の若者は投票とデモで声を上げ、台湾の若者は運動で社会を動かした経験を持つ。
中国の若者は、その言葉すら管理される。同じ生きづらさでも、出口の有無が、こんなにも重さを変えてしまう。

自分の人生を、どこまで自分で動かせるのか。
中国の若者が向き合うこの問いは、規模も背景も違えど、「自分が動かす側でいられるか」という、私たち自身の問いにも、どこか通じているのかもしれません。

次の国では、また違う景色が待っています。🌏


📌 主な出典

中国国家統計局、中国教育部、人力資源・社会保障部、世界銀行、日本総研、ジェトロ(JETRO)、Science Portal China、nippon.com、各種報道・研究(高考・若年失業・内巻/躺平・戸籍・双減・女性の就労とジェンダー・反腐敗と政策リスク・海亀/潤など)をもとに作成(2025〜2026年に確認)。

いいなと思ったら応援しよう!

児玉麗|キャリアコンサルタント/HSPカウンセラー 記事を気に入っていただけたら、サポートしていただけると嬉しいです。 いただいた応援は、これからの記事づくりの励みにさせていただきます。