白い仔猫と、役に立たない自由
新卒として入った会社の最初の配属先は人事の労務部門で、初めての出張先は、勤務先社員が事故に巻き込まれた現場近くの施設だった。社員のご家族の支援のために、他の人事部員とともに派遣されたのである。
そこで思い知らされたのは、自分には何もできない、ということだった。ご家族の身の回りの支援は、事故関係先の職員がていねいに進めていた。勤務先からは、事故に遭った社員の同僚や上司、人事の先輩たちや保健師が来ていた。かれらはご家族に寄り添って話を聴き、心身の状態を気遣い、本社と連絡をとりあっていた。
入社したばかりの自分には、社員のことも会社のことも、ご家族と十分に話すことはできない。身の回りの支援は周囲の人たちがこまめに担っていて、出る幕もない。深刻な事態だったから、軽々しく御用聞きをして回ることも憚られた。ただ、そこにいるばかりだった。
もともと気の利かない人間であったことが、役に立たなさを助長していたが、気を利かせて動くということも、学べば身についていたはずである。そういう学びをきちんとしてこなかっただけだ。後になって、そのときにいた保健師から、「あの子は何をしに来たのかしらと思った」と言われた。まさにそのとおりだった。
二日間そこにいたが、何もできないときには、その何もできないことに耐える必要がある、ということを、嫌と言うほど思い知らされた。
人の役に立ちたい、社会の役に立ちたい。若い頃は、それがまっとうな志であると考える。実際にそれができる仕事とそうでない仕事があると考えもする。会社に勤めて何らかの仕事をすれば、感謝されることもある。お客さんの困りごとを解決すれば感謝され、利益をもたらせば雇用主から感謝されることもある。料金を払い、給料を払っていても、そのように謝意を示す礼儀をもつ関係者と接すると、人の役に立つことの尊さを噛みしめることになる。
自分もまた、そうした反応に励まされてきた。感謝されれば嬉しかったし、評価されれば、まだ役に立てると思った。
雇い主のほうも、もっと役立ってほしいと言わんばかりに、いろいろな制度を用意する。昇進、昇給、表彰、日常的な感謝のフィードバック。それらが充実すればするほど、意気に感じてますます働く。人の、社会の役に立つために。
こういったことは四十年以上も前の自分の心情である。それからずいぶん長く働いてきた。役に立つことを求められていると思い、いつしか、役に立たなければならないと感じはじめた。自分の価値を確かめるように、求められることに応じてきた。
そして、あと二週間ほどで雇止めとなる。今もそうなのかと言えば、そうではない。今はもう、他人の役に立つ必要のないことが、どれほど自由に満ちた素晴らしいことであるかを実感しているのである。
退職すれば、勤め先からはもう役に立つことを期待されず、役に立っていることを示す場もなくなる。そして、勤め先を離れた自分の価値のなさを実感して愕然とする前期高齢者とその見習い層が多いと聞く。役に立たなくなった自分には価値がない、と。
しかしまあ、なんとも馬鹿馬鹿しいではないか。
振り返ってみれば、「役に立つ」という言葉の主語が、存外、自分ではなかったと気づく。役に立つように立ち回ったから役に立ったというのは勝手な思い込みである。ただ、他人がこちらを役に立つように使ったか、こちらのした仕事を何かに役立てたかだけのことだ。必要がなければ使わない。当たり前のことではないか。自分の価値とは関係がない。自分はただ、誰かが引き受けなければならないことを引き受け、引き換えに金を得ていただけである。
これからも、することはある。たとえば家族の世話があるが、これを、家族の役に立つこととして考えたことはない。それはただ、自分がすること、なのである。
夢の中で、白い仔猫を拾った。左手にしがみついてくる。連れて帰って世話をすることにした。仔猫はこちらの役に立とうとしているわけではない。自由じゃないか。その自由さを左手に感じながら、自分を拾ったような気がした。
