カモノハシという生き物。
自分が現在暮らすサンディエゴ、この街の観光名所として必ずと言っていいほど挙がるものにSan Diego Zoo/Safari Parkがある。

ダウンタウンにほど近いZooと、北に少し外れた場所にSafari Parkがあり、Zooだけでもディズニーランドと肩を並べる広大な土地に680種12,000頭を超える動物を飼育する、世界最大規模の動物園である[1]。運営母体のSan Diego Zoo Wildlife Allianceは世界各地にハブを持ち、絶滅危惧種の保護などの活動で世界をリードする存在でもある。学術誌に論文を出したりもしている[2]。
そんなSan Diego Zoo/Safari Park、上野ではもうお目にかかれなくなってしまったパンダをはじめ、ハキリアリやハダカデバネズミのコロニー、コモドドラゴンにアルビノのワラビーなど珍しい生き物とたくさん出会えるのだが、そんな中でも目玉と言えるのがこいつ。

カモノハシである。サファリのほうで元気に泳いでいる姿が見られるが、なんとオーストラリア以外で生きたカモノハシに会えるのはここだけらしい。
その愛くるしい姿に飽き足らず、哺乳類のくせに卵を産み、オスは後ろ足に毒針まで持つという属性てんこ盛りのカモノハシ。しかもサファリの係員さんによると、四六時中水の中にいるくせに、水中では目耳鼻すべて閉じてしまうから周りが見えないらしい(かわいい)。そして普通の感覚器が使えない代わりにくちばしに電気受容器を持ち、生体が発する微弱な電気信号を頼りに餌を捕まえるというのだ[3]。そんな理由で、カモノハシはサファリで唯一生きた餌を与えて飼育されている動物なのだそうだ。知れば知るほど好奇心をくすぐる、ヘンな生き物である。
そんな珍獣カモノハシだが、もうひとつあまり知られていない、驚くべき特徴がある。なんと、性染色体が5対10本あるのだ[4,5]。

性染色体といえばヒトをはじめとする哺乳類一般ではXYの1対2本あり、XXでメス、XYでオスと生物学的性を決定する。それがカモノハシでは5倍の本数があるのだ。メスはX10本、オスはXYきっかり5本づつである。
自分たちの細胞ひとつひとつは各染色体を2本ずつ、父親と母親からそれぞれ1本受け継いで持っている。これらの染色体は子どもを作るとき、つまり精子と卵子が作られるとき、減数分裂というプロセスを経て半分に分けられる。父親と母親由来の染色体がランダムな組み合わせで分配され、それが多様性を産むのだ。しかし性染色体を複数組持つカモノハシの場合、それらまでランダムに分けられてしまえば、子に渡るXとYの本数もバラバラになってしまう。しかし実際のXYは決まった組み合わせ・本数で現れる。どのようなメカニズムが働いているのだろうか。実は各性染色体間に似ている(相同性を持つ)部分があり、減数分裂の際そこでくっついてX5本・Y5本が交互に一列に並ぶことで、XとYを正確に分配することができている[4-6]。進化の過程で偶然できたとは思えないような巧みな仕組みだ。

余談だがこれ、ライトシート顕微鏡とかで並ぶ様子をライブイメージングできたりしたらめちゃくちゃ面白いと思う。パッと検索した感じではまだ実現していないようだが。
性染色体の役割といえば、まず大事なのはもちろん性決定である。以前、ヒトやマウスではSex-determining region Y(SRY)という遺伝子がY染色体上に存在し、生物学的性を決定するということについて書いた。
これは哺乳類ではヒトをはじめとする有胎盤類からカンガルーなどの有袋類まで共通した原理である。しかし、哺乳類の中でも進化の過程で早くに分かれたカモノハシは、SRYやその類縁遺伝子を性染色体上に持たないのだ[4]。では何が性決定に働いているのか。実は鳥類ではDoublesex- and Mab-3-related transcription factor 1(DMRT1)という性染色体上の遺伝子が性を決めているのだが[7,8]、カモノハシでもこの遺伝子がX染色体に乗っていることがわかっている[4]。この発見まで、哺乳類とそれ以外の性染色体はそれぞれが進化の過程で分かれてから独立に進化してきたと考えられていた。しかし哺乳類であるカモノハシの性染色体に鳥類との相似性が見つかったことで、実は鳥類的な性決定メカニズムが先にあり、そこから哺乳類独自のメカニズムへと置き換わっていったのではないかという可能性が強まったのだ。すごいぞカモノハシ。

このようにおもしろい特徴をたくさん持ち、進化生物学的にも極めて重要な位置を占めるカモノハシ。しかし生息域が非常に限られ、飼育することも難しいことから、まだまだ他の動物に比べ研究が進んでいない。今後カモノハシを使った遺伝子工学が進歩したり、iPS細胞を使った試験管内での実験が可能になれば、さらにおもしろい発見がまた出てくることだろう。非モデル生物のiPSといえば、ドイツはドレスデン工科大学の戎家(えびすや)さんという方がその世界をリードされている[10]。もしサンディエゴ動物園とコラボしてカモノハシのiPSを作ってくれたりなんかしたら、これは在サンディエゴ邦人として非常にアツい(なんて考えていたら、実はもうやられていた[11]。やはり最初はオーストラリアのグループか)。
さて、そもそもどうしてこんなにカモノハシのことを調べる気になったかというと、サファリでカモノハシを見たから、ではない。サファリはサファリなのだが、こいつと出会ったからである。

ハリモグラ。英語ではEchidna(エキドナ)というらしい。アメリカではあのゲームのソニックが人気で、その中にエキドナというキャラが出てくることでも有名らしい。実はこのハリモグラ、カモノハシと並んで単孔類に属する、現存する唯一の種族なのだ。実際、こいつも哺乳類なのに卵を産む。
ふーん、ハリモグラってカモノハシの親戚だったのか。知らなかったな〜。となんとなくウィキを眺めていると、

えっそれどういう状態?そんなもの画像検索しないわけにはいかないではないか。…本当に4股に分かれている。なんかイソギンチャクみたい…。しかもなんと、この4本あるうちの2本ずつを交互に勃起・射精させるというのだ[13,14]。一体全体なんのために…。交互に使うと賢者タイムを無視できるとかそういうことなのだろうか。ていうか賢者タイムって他の動物でもあるのか?なんて思ってたら、実際休まず10連続で射精できるらしい。絶倫すぎる…。ていうか、メスもメスで子宮が2つあるらしい[15]。まず単孔類という名前は交尾・出産・排泄を全てこなす総排出腔と呼ばれる器官を持つことから付けられているのだ。穴はひとつしかないのに子宮がふたつあるの?どういう進化?あともう半ばどうでもいいけど、こいつもX染色体が5本、Yが4本あるらしい[5]。Y1本どこやっちゃったの?
そういえば『精神と物質』にも、こんなふうに書いてあった。
結局、科学というのは、自然の探究のわけね。ところがネイチャーというのはロジカルじゃないんだ。特に生命現象はロジカルじゃない。(…)生物の世界というのは、何億年にもわたる偶然の積み重ね、試行錯誤の積み重ねでいまこうなってるということであって、こうなった必然性なんてないわけですよ
自然の非論理性をこんなに体現した生き物も、なかなか他にいないのではないか。
P.S. “ハリモグラ ペニス” でnote検索したらなんかめっちゃ詳しい記事あった。エキドナトレイン…怖い…。
参考文献
Electroreception in monotremes. John D. Pettigrew, The Journal of Experimental Biology (1999)
The Platypus Genome Unraveled. Stephen J. O'Brien, Cell (2008)
Solving the mystery of the four-headed echidna penis. Fenelon, Renfree & Johnston, Pursuit (2021)
