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女子選手を応援する人のための、やばいファンにならないマニュアル

女子スポーツ、とくに地域密着型の競技では、
選手とファンの距離が近くなりやすいです。

試合後に話せる。
名前や顔を覚えてもらえる。
写真を撮ってもらえる。
SNSで返信が来る。
選手の家族とも顔見知りになる。
場合によっては、一緒にボールを蹴る機会もある。

この近さは、競技の大きな魅力です。
しかし同時に、ファンが距離感を誤りやすい環境でもあります。

最初は純粋に応援していただけなのに、いつの間にか、
「自分を覚えてほしい」
「一番のファンだと思われたい」
「他のファンより選手に近づきたい」
「これだけ応援したのだから、何か返してほしい」
という方向へ変わっていくことがあります。

本人には悪気がなくても、選手からは、
「断りにくい」
「気を遣う」
「距離が近すぎる」
「自分の人生へ入り込まれている」
と感じられているかもしれません。

このマニュアルは、誰かを晒したり、
特定のファンを排除したりするためのものではありません。

応援する側が、自分の行動を定期的に点検し、
選手にとって安心できるファンでいるためのものです。

なにより私自身、沢山やらかしていると思います。
うっかりかわいいとか面と向かって言ってしまうこともあり、
キモいと思われていると思います。

ですので、自戒をこめて。

1.大前提


「断らなかった」は「YES」ではない

ファンが最も間違えやすいのが、ここです。

選手に写真を頼んだら、笑顔で応じてくれた。
話しかけたら、会話を続けてくれた。
プレゼントを渡したら、受け取ってくれた。
食事に誘ったら、はっきり断られなかった。
近くに座っても、何も言われなかった。

これらはすべて、
その場で強く拒否されなかった
という事実にすぎません。

選手が本当にうれしかった、快適だった、次回も同じことをしてほしい、という意味まで含むとは限りません。

選手はファンを断りにくい立場です。

冷たい選手だと思われたくない。
チームの印象を悪くしたくない。
応援してくれる人を傷つけたくない。
SNSで何を書かれるか分からない。
次の試合でも顔を合わせるかもしれない。

特に、年齢、性別、体格、立場に差がある場合、女子選手が年上の男性ファンへ強く拒否の意思を示すことには、相応の心理的負担があります。

そのため、本当は嫌でも、
「大丈夫です」
「ありがとうございます」
「またお願いします」
と笑顔で応じることがあります。

だからこそ、ファン側が覚えておくべきなのは、
断られなかったことを、積極的な歓迎へ変換しない
ということです。

2.許可は、配慮のゴールではない


「許可を取りました」という説明も、万能ではありません。

写真を撮ってよいと言われた。
しかし、顔のすぐ近くまでカメラを近づけてよいとは限りません。

観戦してよいと言われた。
しかし、選手のベンチの真横へ自分の椅子を置き、長時間居続けてよいとは限りません。

プレゼントを受け取ってもらえた。
しかし、使ったか、食べたか、気に入ったかを確認してよいとは限りません。

SNS掲載を許可された。
しかし、選手の家族が写っているものや、写りの悪い写真、現在地が分かる写真、私生活が推測できる写真まで掲載してよいとは限りません。

一つの許可を、別の行為への許可まで勝手に広げてはいけません。

許可は最低条件。
その先の距離、時間、方法、公開範囲を考えるのが配慮です。


3.やばいファンへ近づく6つの段階



すべての熱心なファンが問題を起こすわけではありません。

ただし、応援の目的が少しずつ変わっていくと、
次のような段階を進むことがあると考えます。

フェーズ1 応援そのものが楽しい

試合を見る。
声を出す。
グッズを買う。
選手の活躍を喜ぶ。

この段階では、中心にいるのは選手やチームです。

「選手が頑張っていることがうれしい」
「競技を見ることが楽しい」

という状態です。

フェーズ2 自分を認識してもらうことが楽しくなる

選手に名前を覚えてもらった。
SNSで返信が来た。
会場で向こうから挨拶してくれた。

こうした出来事は、当然うれしいものです。

ただ、ここから応援の喜びが、

「選手が活躍した」ではなく、
「選手が自分を認識した」

へ移り始めることがあります。

試合内容より、選手から反応をもらえたかが気になる。

SNSの投稿に毎回返信する。
自分への反応がないと不満になる。
他のファンへの対応と比較する。

この段階から注意が必要です。

フェーズ3 特別なファンになろうとする

次に、

「普通のファンではなく、特別な存在になりたい」

という気持ちが強くなります。

選手や家族と親しくなろうとする。
長時間話す。
個人的な食事へ誘う。
選手が出る別の場所まで追いかける。
ベンチの近くや関係者に見える場所へ行く。
他のファンより選手に近いことをSNSで示す。

本人は「親しくなっただけ」と思っていても、選手側には、

「ファンと選手の境界を越えようとしている」

と見える可能性があります。

フェーズ4 応援した分の権利を求める

遠征した。
グッズを買った。
会費を払った。
差し入れをした。
イベントを企画した。

その積み重ねから、

「これだけしている自分には、特別な扱いを受ける権利がある」

という感覚が生まれることがあります。

食事に誘ってもよい。
長く話してもらって当然。
個人的な連絡先を知ってもよい。
選手へ意見してもよい。
チームの内部事情を教えてもらってよい。

しかし、応援は本人が自分の意思で行ったものです。
あとから選手への借金へ変えてはいけません。
応援した量は、選手の私生活へ入る権利にはなりません。

フェーズ5 選手を指導・評価・支配し始める

さらに進むと、ファンが監督や指導者のように振る舞い始めます。

「もっと走れ」
「気持ちが足りない」
「それで満足するな」
「次の相手なら勝ち点を取れる」
「自分の言うことを聞いた方がいい」

選手の投稿に説教をする。
ベンチ外になった選手の姿勢を採点する。
出場機会や将来について断定する。
監督の起用へ介入する。

ファンは、練習のすべてを見ているわけではありません。
選手の体調、ケガ、戦術上の役割、家庭や仕事、
監督からの指示をすべて知っているわけでもありません。

それでも厳しいことを言えるのは、
「自分はこの選手を分かっている」
「自分には育てる責任がある」
という錯覚が生まれているからです。

応援と指導は別です。

フェーズ6 チームと自分の境界がなくなる

最も危険なのは、
「このチームは自分そのものだ」
という状態です。

チームへの批判を自分への攻撃だと感じる。
選手が自分の期待どおりに動かないと怒る。
選手の交際、人間関係、移籍、引退へ口を出す。

チームを応援しているのではなく、
チームを使って自分の地位や存在価値を守る状態になります。

この段階では、注意されても、
「自分はこれだけ貢献している」
「選手本人は嫌と言っていない」
「嫉妬しているだけだ」
「感謝が足りない」
と反発しやすくなります。

自分を「良いファン」だと強く信じているため、行動を否定されると、
人格すべてを否定されたように感じるからです。


(付録)自分のやばさに気づくためのセルフチェック


次の質問に、正直に答えてみてください。

選手からの反応について
* 返信がないと不満になる
* 自分への対応と、他のファンへの対応を比較する
* 名前を覚えてもらえないと傷つく
* 選手が自分を避けている気がすると腹が立つ
* 自分が一番応援していることを認めてほしい
複数当てはまるなら、応援より承認を求め始めています。

距離感について
* 試合後、長時間話してしまう
* 選手が移動しようとしても話を続ける
* ベンチ、控室、移動経路の近くにいたくなる
* 家族や関係者を通して近づこうとする
* 住所、職場、最寄り駅などを知りたくなる
* 食事や私的なイベント等へ誘う

一つでも強く当てはまるなら、一度距離を置くべきです。

権利意識について
* これだけ応援しているのだから、少しくらい特別扱いされてもよい
* 自分は一般のファンとは違う
* 自分には選手へ厳しいことを言う資格がある
* チームや選手は、自分の貢献をもっと理解すべきだ
* 注意されると「感謝が足りない」と思う

これはかなり危険な兆候です。

SNSについて
* 選手の投稿へ毎回返信する
* 選手の姿勢や努力を評価する
* 他チームと比較して励ます
* 選手との親しさを周囲へ示す
* 返事がないと、さらに投稿やDMを送る
* 選手が嫌がっていない証拠として、笑顔や返信を持ち出す

SNS上の反応を、現実の親密さへ変換しないことが必要です。

(さいごに)


どうしても選手はフットサルがとても上手で、
人間的にも素晴らしくファンへの対応も丁寧です。

だからこそ、応援する側は少しずつ選手へ惹かれ、
距離が近くなったように感じます。

しかし、その気持ちが強くなりすぎると、
視野が狭くなり、物事を冷静に考えれなくなることがあります。

実際、以前は一緒に楽しく応援しながら
「会場で選手へ指示を出している人は少し行き過ぎているよね」
と話していた人が年月を重ねるうちに、
いつの間にか同じような行動をするようになるのを何人も見てきました。

そうして一緒に観戦していた仲間が減っていくのが悲しくて、
この記事を書いた部分もあります。

極端な例では、
(海外サッカーで)ミスした選手が命を奪われる事件も起きています。
そこまでではなくても、サッカーをはじめとするスポーツの世界では
選手への誹謗中傷や必要以上に厳しい言葉が日常的にみられます。

けれど、自分が同じ立場ならどうでしょうか。

大きな大会どころか、
地域のフットサル大会に出るだけでも緊張する人は多いはずです。

選手は、私たちが想像する以上の緊張や重圧を抱えながら、
ピッチに立っています。

だからこそ、応援する側は自分の感情をそのまま選手へぶつけるのではなく、「この言葉は本当に力になるのか」「相手が断りにくい状況を作っていないか」「応援ではなく自分の承認や見返りを求めていないか」
等と、一度立ち止まって考える必要があります。

私自身も、距離感や言葉の選び方を常に完璧にできているとは思っていません。

この記事は、誰かを裁くためのものでなく、
自分自身への戒めでもあります。

選手との距離が近いことは、
この競技の大きな魅力です。

だからこそ、
その近さに甘えず選手が安心して競技に集中できる距離を守りたいと思います。

応援する気持ちが、選手への負担や支配に変わらないように。

これからも自分の行動が相手からどう見えるのかを考えながら、
長く気持ちよく応援していきたいと思います。

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OSAKA YURU KOSAL:TETSUYA KITAMOTO お読みいただきありがとうございます。実用的な記事を書けるよう努力してまいります。大阪ゆる個サルへのご参加もお待ちしています!