北海道長沼町で見つけた"よく眠れる"仕事
9月の朝、寝慣れないベッドの上で目を覚ます。
時刻はAM6:00。
窓の方を見ると、破れた障子から朝日が差し込んでいた。
数週間前に私は自宅の神奈川を出発して、いつもの50cc原付に跨り北へ北へと向かった。
道中では寝袋を失くしたり、寝袋を貰ったり、霊的な体験をしたり、数万円のマイクを川に落としたりといろいろなことがあったが、出発から2週間弱で本州最北端の大間に到着し、そこから海を渡って北海道へと辿り着いた。

今回の旅の目的地は北海道夕張郡にある「長沼町」。札幌から車で1時間程度、人口1万人弱。大きな畑や田んぼ、牧場がなだらかに広がる自然豊かな街だ。
私が長沼町に来た理由はただひとつ。
ブロッコリー収穫のアルバイトをするためだ。

きっかけは私が配信しているポッドキャスト「NotNews」に届いた1通のお便りだった。
「おさつさん、住み込みでブロッコリー収穫のアルバイトに来ませんか?」
過去じゃがいも掘りのバイトをして本当に本当にしんどかった経験から、農業バイトはもうやるまいと心に決めていたのだが、人間というのは愚かなもので、当時の教訓などは遥か忘却の彼方。「へっ楽しそう!やるやる!」と返事をして、長沼町の「ジョージ農園」へ向かったのであった。
農家の朝は早い
農家の朝は早い。ベッドの上でまだ半分も開いていない目をこすりながら窓の外を見ると、オーナーのジョージさんが「もう3時間前から起きてました」みたいな顔で家から出てくるのが見えた。
ブロッコリー収穫バイトの期間中は、ジョージさん一家がかつて住んでいた古い平屋で暮らしている。目の前はすぐ作業場なので、通勤時間は1分未満。だからといって油断していると遅刻するので、意を決してベッドを出る。

朝食は毎日卵かけご飯と、規格外で弾かれたブロッコリー。朝はなるべく何も考えずに栄養が採れるものがいい。Tシャツの上に作業用のつなぎを着て、髪を結って、日焼け止めを塗って、身支度完了だ。

玄関のドアを開けると、ツンとした空気が体を包んだ。9月下旬の北海道は日に日に寒くなっていて、その冷たい空気に気持ちもキュッと引き締まる。さ、今日も頑張りましょう。
時を忘れて没頭する午前
朝のミーティングを終えたらすぐに畑へ。ジョージ農園の畑は少しだけ高いところにあって見晴らしがいい。朝の澄んだ空気を体いっぱいに取り込んで、カゴを背負い、畑に入る。

昨晩は雨が降ったようで畑全体が水分を帯びていた。ブロッコリーは水を弾いて、葉の上で雫がコロコロと転がっている。
ザクリ。
ブロッコリーの根本に鎌を入れる。
パキ、パキ、パキ。
太い茎を手で折って落とす。
サクッ、サクッ、サクッ、サクッ。
余分な葉っぱを鎌で落として形を整える。

ブロッコリーについた水滴が飛び散って、朝日を帯びてキラキラと輝く様は、なんとも表し難い美しさだ。鎌を振るたびに水滴がパラパラと気持ちいい音を立てて落ちていく。

収穫したブロッコリーは背中のカゴの中に入れていくのだが、ブロッコリーは1株300グラムくらいあるので、3〜4つで約1キロ、満杯まで入れたらだいたい8〜10キロになる。

これがまあ結構重いのだが、このアルバイトを始めて4日目で、不思議とカゴが軽くなっていることに気が付いた。"慣れ"たのだ。人間の体というのは不思議なもので、肉体的な過酷さには、ある程度回数を重ねるとちゃんと適応してくる。

収穫の合間、ふと顔を上げた瞬間の景色の美しさに驚く。空ってこんなに広かったんだなあ。数年前、空気の淀んだオフィスで、目がチカチカするモニターに疲弊していた私に教えてあげたい。
「そんなところ早く抜け出しな。机に向かうばかりが仕事じゃないよ」。

背中の重さも忘れて一心不乱にブロッコリーを収穫していると、パートのお姉さまから「お茶にしましょ」と声がかかった。気付くと作業開始から4時間が経っていた。私、没頭していたんだなあ。
褒められてくすぐったい午後
キリがいいところで、お昼ご飯の時間。パートさんたちは各々持ち寄ったお弁当などを車の中で食べているが、私は寮が作業場の目の前にあるので一旦帰る。
パートさんにもらったかぼちゃでサラダを作る。玉ねぎのスライスと一緒にレンジでチンして、マヨネーズと和えるだけの簡単レシピ。あとは規格外で弾かれた採れたてブロッコリーを豚肉と一緒に炒めて、ご飯のおとも完成。素材が良いからシンプル調理で十分おいしい。

ご飯を食べ終わったらソファに横たわって体力を充電。スマホはいじらないし、本も読まない。午前中よく働いた体を労わるように、ソファに体を委ねてうつらうつらする。窓から空を眺めると、水色の空に犬のような形の雲がゆっくりと流れていた。

午後はパートさんと一緒に仕分け作業。教えてもらったことに対して「わかりました、ありがとうございます」と言っていただけなのに「あらっ!えらいねえ」と褒めてもらった。
大人になると「えらいねえ」なんてなかなか言われないから、なんだかくすぐったい。でも嬉しい。照れつつもその言葉を抱きしめながらホカホカの気分で作業を続けた。

日が傾き始めた頃、オーナーのジョージさんに声をかけられた。
「そろそろ出荷行きましょうか」
仕分けが完了したブロッコリーを軽トラに積んで農協へと向かう。
この仕事で一番好きな時間は
私は1日の中で、出荷の時間が一番好きだ。
夕方の傾いた太陽で黄色くなった街を、軽トラでゆっくりと走っていく。木々は日に日に少しずつ秋めいてきて、なかには黄色い葉を揺らしているものもある。
両側の窓を開けて、外の空気をたっぷりと取り込む。少し寒いけど気持ちいい。体は心地よい疲労感で包まれていて、「今日もよく頑張ったなあ」なんて思いながら、前を走るジョージさんの後をついていく。

ジョージさんは運転するとき、いつも右手を窓の外に出している。初めは煙草を吸っているのかな?と思ったが、ただ右手をだらっと放り出しているだけだった。
風を感じているのだろうか。理由はわからないけど、私も真似をして窓から右手を出してみた。冷え始めた夕方の空気が右手を包み込む。
うん、なんだかとても気分がいい。
肉体労働って結構気持ちがいい
出荷から戻ってきたらPM4:00、まだ明るいけれど終業の時間だ。おつかれさまでしたーと挨拶をして作業場を出ようとすると、パートさんに「まってまって」と呼び止められる。
「トウモロコシ持ってく?」
ジョージ農園はトウモロコシも栽培している。
「もう時期過ぎたからあんまり甘くないけど、よかったら」
と立派なトウモロコシを3本渡してくれた。これも仕分けで弾かれたものだけど、私が食べるには十分だ。ついでにブロッコリーも貰った。

寮に戻ったらまずお風呂に直行。汗と泥だらけの体を、たっぷりの石鹸とシャンプーで洗い流す。長靴で蒸された足は念入りにゴシゴシ。しっかり汚れた日のお風呂の気持ちよさは格別だ。清潔になって風呂場から出ると、自分から「ピカピカ」という吹き出しが出ているような気分になった。
時刻はPM5:00。この時間にもう仕事も風呂も終えているなんて、会社員時代には考えられなかったことだ。
髪を乾かしながら窓の外を見ていると夕焼けの色が綺麗なことに気付いて、寮の外に出てみる。

ここ長沼町は「夕日の街」と呼ばれているそうで、街のいたるところから夕日が綺麗に見える。頑張った1日の終わりに美しい夕焼けが見れるって、ささやかだけどとても幸せなことだ。
トウモロコシは、パートさんに教えてもらった通り、皮を剥かないまま電子レンジでチンした。粗熱を取って、台所に立ったまま一口かじってみる。
「あまっ」
あまりの甘さに思わずひとり呟いてしまった。なんだこれは…今まで食べたトウモロコシの中で間違いなく一番甘い…!これで"あんまり甘くない"のならば、道民たちが"甘い"と評するトウモロコシはどうなっちゃうんだろう。
そのまま台所で1本食べ終えてしまった。
夕食を終えて、映画を観たり本を読んだりしていたら眠くなってきたので、布団に入る。1日中運動していたようなものだから、体はちゃんと疲れている。だけど、会社員時代にパソコンをカタカタしていた頃とはまた違う疲れ方だ。
疲労感が、心地良いのだ。
私はかつて肉体労働にあまり良いイメージを抱いていなかった。というか、体を使って働くよりも、1日中パソコンをいじって頭を使う方が楽だと思っていた。
だけど現実は全然違って、座りっぱなしのデスクワークで足はパンパン、肩はガチゴチ、無駄に気を遣う会議で頭はガンガン。頭も体も疲弊して、家に帰ってもダラダラとスマホをスクロールすることしかできなかった。

会社員時代の疲れを「ぐったり」と表現するならば、ジョージ農園での疲れは「じんわり」だ。会社員時代の退勤後の一言目が「つかれたー」だとしたら、ジョージ農園は「がんばったー」だ。
1日中体を動かして働いた日は、ストンと眠りに落ちて、夢も見ないでぐっすりと眠れる。そして朝はスッキリと起きられる。
肉体労働というのは、結構気持ちがいいものだ。ジョージ農園でのアルバイトは尚更そう思う。
朝日とともに起きて、太陽の下で働き、日が沈む頃に帰って、旬の野菜をいただき、自然に眠くなって寝る。シンプルで、原点のような働き方だと思った。
それを知れただけで何よりも大きな収穫だ。農家だけにね。そんなことを考えていたらいつの間にか眠りに落ちていた。
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いただいたチップでまた旅に出ます。いつかどこかで会えますように。