カササギ殺人事件を読み終えて/Gの覚書:読書編①
アンソニー・ホロヴィッツの『カササギ殺人事件』を読了。
何年か前に「このミステリーがすごい!」などの海外部門で高い評価を得た作品である――と、本の帯にも書いてある。
実は何の前知識もなく、本屋でミステリーによく見られる帯の常套句に惹かれ、上巻だけ購入した作品だった。海外ミステリーを読むのはかなり久しぶりだったため、カタカナの名前に馴染み、読むペースが軌道に乗るまで少々時間がかかった。しかし、次第に物語に引き込まれ、面白さは増すばかりで、読む手が止まらなくなった。
読み進めるうちに、その世界観にどこか懐かしさを感じ始める。ポアロ?

途中で少し調べてみると、何とアガサ・クリスティーへの完璧なオマージュだという。今回購入する前の帯には、それが宣伝文句として書かれていたらしい。
しかも作者のアンソニー・ホロヴィッツは、ドラマ『名探偵ポワロ』の脚本も手がけているという。なるほどと納得すると同時に、何気なく手に取ったこの本と、その作者を知ることができたのをうれしく思った。

何せアガサ・クリスティーは高校生の頃に読み漁った作家である。
ポアロ、ミス・マープルのシリーズはもちろん、その作品の九割方は読破したのではないだろうか。当時は、よくこれだけの発想が一人の頭の中から生まれるものだと感嘆したものだ。最近、日本にも同じように感じる作家が何人かいるが、それはまた別の機会にしよう。
さて、『カササギ殺人事件』だが、話の流れからすると「このまま上巻で解決するのか?」と思っていたところ、解決編となる最終章が存在しないまま終わってしまう。そのうえ作者は自殺し、その原稿を読んでいた編集者が自殺に疑問を抱くところで幕を閉じる。
えっ!?
つまり、それまで読んでいた物語の大半は作中作だったのだ。
前知識なしで読むと、こういう驚きがあるから面白い。
私はすぐに下巻を購入した。

下 巻は冒頭から、『カササギ殺人事件』の作者の自殺と失われた最終章の謎を追う現代編が展開され、最後に最終章が現れ、『カササギ殺人事件』そのものの真相が明かされる。
読み終えてみると、確かに秀逸な作品だった。
数々の賞に輝いたという評価も決して誇張ではないだろう。
おそらくアンソニー・ホロヴィッツが本当にやりたかったのは、この独特な構成そのものだったのではないか。実際、このアイデアを思いついてから執筆に取りかかるまで十五年を要したという。
アガサ・クリスティーへの完璧なオマージュと言われているが、確かに作中作である『カササギ殺人事件』はその通りだと思う。一方で後半の現代編は、どちらかといえばドラマ的な展開だったように感じた。数多くのテレビドラマの脚本を執筆してきた経歴も影響しているのかもしれない。
私が最大のオマージュだと感じたのは、『カササギ殺人事件』に登場する名探偵アティカス・ピュントに対する作者アラン・コンウェイの思いである。アガサ・クリスティーは、自らの代表作であるポアロシリーズの主人公ポアロを「エゴイスト」「身勝手な変人」として好まず、晩年にはすっかり愛想を尽かしていたことで知られている。その関係性が、アラン・コンウェイとアティカス・ピュントの関係に重なって見えた。
名探偵アティカス・ピュントの活躍は作中で他にも八冊描かれており、もっと読んでみたいと思う。しかし、それらは作中の作品であるため実在しないのが残念だ。
ただ、続編となる『ヨルガオ殺人事件』では、再び作中作としてそのうちの一冊『愚行の代償』を読むことができるようである。

