【團菊祭】現代の団十郎さまを生で観てきました【千秋楽】
市川宗家の格
夜の部で十三代目団十郎が助六を演ると聞き、千秋楽ギリギリセーフで観に行ってきました。
歌舞伎は三度目ですが、十三代目市川団十郎の舞台を観るのは初めてです。いやー最高でした。
「鬼一法眼三略巻」からの休憩からの「助六由縁江戸桜」ということで、お目当ての団十郎さまを拝見するまでだいぶじらされましたが、待った甲斐ありまくりのきらきらオーラ全開での登場に、秒で悩殺されました。
江戸一番の歌舞伎役者と言われた七代目団十郎は台詞回しの上手い役者だったそうですが、現代の団十郎さまも力みのない自然な発声で、抑揚や緩急が耳に心地よく、
「なるほど台詞回しが上手いというのはこういうことか」
と思いました。動きに無駄がなく、笑いの間も完璧。全てにおいて余裕を感じました。笑いを取れない役者には、この余裕がありません。団十郎さまはたくさん笑いをとってらっしゃいました。さすが市川家です。宗家の格というものをしっかり見させていただきました。
浮世絵と同じ!
私が歌舞伎に興味を持ったのは、国貞の役者絵がきっかけです。江戸時代の亀戸住民(歌川国貞)が役者絵で人気だったことを知り、国貞と七代目団十郎が仲良しだったことを知り、七代目が亀戸町のお為さんと恋仲だったことを知りました。その流れで「七代目団十郎」「浮世絵」「歌舞伎」に興味を持つようになりました。
出回っている江戸の役者絵はほぼチェックしていたため、「鬼一法眼三略巻」と「助六由縁江戸桜」を観て私がまず思ったのが、浮世絵と同じだあ!でした。
例えば下の浮世絵の、ヒサシ部分を見てください。当時流行っていた格子模様(市松模様)になっています。

お瀧所蔵
青と白の格子柄は、藍色の染料が普及して安価だったため、当時よく使われていました
この絵と同じものが「鬼一法眼三略巻」の舞台にあったのです!

團菊祭カタログより
舞台で青と白の格子模様のヒサシを見た時は心底感動しました。
さらに「助六由縁江戸桜」でも感動ポイントがありました。浮世絵と同じ助六の衣装、揚巻の髪、意休の髭も、舞台で見ることができたのです!

亀戸三丁目前野屋さん所蔵
団十郎さまが役者絵と同じ助六の衣装で登場した時は震えました。足袋の色まで同じです。

團菊祭カタログより
揚巻の髪飾りと意休の髭も浮世絵にそっくりです。

團菊祭カタログより
まるで助六、揚巻、意休が絵から飛び出してきたみたいです。役者の方が浮世絵に寄せていってるのではと思うくらい、似ていました。
カメラのない時代、浮世絵師は舞台の記録を残すという大事な役割も担っていました。国貞さんの仕事がちゃんと現代にも繋がっていることを実感し、ちょっと泣きそうになりました。
七代目市川団十郎の影響
助六は歌舞伎十八番のうちでも特に人気のある演目です。制定された十八の中の演目を演る時は、
歌舞伎十八番の内「助六由縁江戸桜」
と、頭に必ず歌舞伎十八番の内をつけます。1832年に七代目が宗家としての格を守るために制定した歌舞伎十八番が、200年以上市川家を守ってきたようで、七代目推しの私は、そんなことにもいちいち感動してしまいます。
七代目が舞台衣装に用いて流行したと言われる「かまわぬ」の衣装も、見ることができました。

「かまわぬ」というのは
* 鎌(かま)
* 輪(わ)
* ぬ
を組み合わせた判じ物で、「構わぬ」と読ませる洒落模様です。
そして團菊祭といえば、七代目市川団十郎と三代目尾上菊五郎もまた良きライバルでしたし、息子の九代目市川団十郎と五代目尾上菊五郎の絆もまた強いものでした。カタログを読むとそういうこともちゃんと載っていて、私が言うまでもないという感じ。このカタログを作った方と朝まで語り合えたらどんなに楽しいだろうと思いました。
団十郎を開ける会
団十郎について話していたら、ぜにこさんがタイムリーに団十郎ゆかりの日本酒についての記事をあげてきました。
なんと、勧進帳の聖地小松へ行き、団十郎襲名記念酒をゲットしてきたというのです!
これです↓
ちかぢか団十郎を開ける会を開催するということなので、詳細がでたらまた共有しますね🍶💕
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