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Xboxが沈む理由——独占信仰と時代錯誤のハード路線

最近、独占タイトルを巡る議論をよく見かける。独占による“ブランド価値”と、マルチプラットフォーム化による“現実的な収益”を天秤にかけ、ハードの優位性を多少犠牲にしてでも独占を解禁すべきか——そんな話だ。
だが、初代Xboxからの筋金入りのXboxユーザーとして言わせてもらえば、そもそも「独占」だの「ハード売上」だのをありがたがる発想自体が、すでにゲハ的な毒に侵されている。そんなものは切り捨てて構わない。

むしろMicrosoftは、さっさと独占タイトルを解禁すべきだ。マルチ化すればソフトの販売本数が伸びるのは当たり前で、そこに議論の余地はない。
では、独占を維持してハードの優位性を高めたとして何が起きたか。Xboxの歴史を振り返れば、答えは簡単だ——何も起きていない。ハード売上が劇的に伸びた事実など存在しない。

近年のXboxハード事業は低空飛行どころか、もはや足を引っ張る重りになっている。ハードが売れればプラットフォームとして利益が出る? それは理屈としては正しいが、現実としてXboxがそこに固執する意味はもう残っていない。

私は、Xboxはセガのようにハード事業から早期撤退すべきだと考えている。実際、Microsoftはすでにクラウドサービスへ軸足を移しつつあり、方向性は明らかだ。
カプコンの決算でも、パッケージ比率は1割を切った。物理メディアが消えつつあるのに、物理ハードだけは守り抜く? そんなのは未来を見ていない証拠だ。

ハード事業を畳み、クラウドと自社IPの開発・パブリッシングに集中した方が、どう考えても合理的だ。プラットフォーム事業は勝者総取りの世界だが、Xboxがその頂点に立つ未来は、残念ながらもう閉ざされている。

それでも撤退しない理由があるとすれば、ゲーマー同士の「ハード優位性論争」という、どうでもいい感情論くらいだろう。そんなものに縛られている限り、Xboxは前に進めない。

今の時代に、ゲーム機の勝ち負けにこだわる意味が本当にあるのか。
PlayStationでXbox Game Passに加入して遊べる未来の方が、よほど健全で便利だ。すべてのゲームが一つのプラットフォームで遊べる世界——それこそがユーザーにとっての理想だ。

コンシューマ市場が縮小し、「ゲームが売れない時代」と言われる今、ハードにしがみつくのはただの惰性だ。
Xboxは“ファンボーイ”という狭い層に縛られるのをやめ、純粋なソフトメーカーへと脱皮すべきだ。ハードが消えても、ゲーム体験そのものが「Xbox」になる。それこそが本当の「WE ARE Xbox」だ。

結論に戻るが、Xboxは独占を解禁すべきだ。独占を続けてもハードは売れず、ハードに固執しても旨味はない。
Xbox? そんなもの、もう窓から放り投げちゃってよ。