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大切にするとは、無条件の信頼から始まる

日々の暮らしや仕事のなかで、誰かに「困ったこと」を相談したとき、思いもよらない言葉が返ってきて胸がキュッと痛むことがあります。


たとえば、共有の備品や機器が動かなくなっていることに気づき、「これ、壊れているようです」と丁寧に伝えたとします。本来なら、異変に早く気づいて知らせてくれたことに対する言葉が返ってくるはずの場面です。しかし、相手から返ってきたのは「どうしてそんな状態になったのか」「あなたが直前にどう扱ったのか」という、まるで犯人探しのような原因の追及でした。自分自身が壊したわけでもなく、ただ親切心や責任感から報告しただけなのに、責められているような気分になり、「わざわざ教えて損をしてしまったな」と虚しさがこみ上げてきます。


人は困った事態に直面したとき、無意識のうちに「誰のせいか」という原因追及から会話を始めてしまいがちです。しかし、相談や報告を受けた側が最初に示すべき反応は、決して分析や追及ではありません。まずは「教えてくれてありがとう」という、ただ一言の感謝であるはずです。もし壊れた原因や経緯を詳しく知りたいのであれば、感謝を伝えたあとで「状況を詳しく知りたいので、気づいたときのことを教えてもらえますか」と優しく尋ねればよいのです。


日常のあらゆる場面で、こうした「疑いから始まる対話」は小さな不信感を生み出します。


職場での一幕を考えてみましょう。プロジェクトの進捗に遅れが出そうだと察知した部下が、報告をしてくれたとします。そのとき上司が「どうしてそんな計画の立て方をしたんだ」と原因追及から入ってしまうと、部下は「次からはギリギリまで黙っておこう」と考えてしまいます。一方で、「早めに共有してくれてありがとう。一緒に引き上げよう」と感謝から始めれば、チームには安心感と強い信頼が芽生えます。


家庭の中でも同じようなことが起こります。子どもが「おもちゃが壊れちゃった」と泣きついてきたとき、「乱暴に扱うからでしょう」と原因を責める言葉をかけてしまえば、子どもは困ったときに素直に頼ることができなくなってしまいます。「教えてくれてありがとう、一緒にお手当てしてみようね」と受け止めることができれば、子どもは大きな安全基地を得た気持ちになるはずです。


誰かを大切にするということは、条件つきで相手を裁くことではなく、無条件に相手を信頼することから始まります。


何か問題が起きたとき、相手を疑う視点から言葉を発すると、その冷たい空気は瞬時に伝わり、お互いの間に壁を作ってしまいます。反対に、どんなときもまず感謝から言葉を始める人は、相手の存在や行動そのものを無条件に肯定しています。その温かい差し出しこそが、深い信頼関係を育む確固たる土台となるのです。


「困った」というSOSや親切な知らせを受け取ったとき、私たちが最初に手渡すべきものは、追求の刃ではなく、一言の「ありがとう」という温かな言葉でありたいものです。

#紀州鉄道と居場所を大切にするポッさん

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