【食の歴史】ラーメン と カレーライス
「へいお待ち! ラーメンと半カレーのセットね」
威勢のいい声とともに、カウンターに置かれたのは、なみなみと注ぎ込まれた琥珀色の醤油ラーメンと、ドロッと濃いめの黄色いカレーライス。これぞ日本の “黄金コンビ” だ。
「ありがと、大将。……いやぁ、いつ見ても完璧なビジュアルだね。このナルトとチャーシューが乗ったラーメンに、じゃがいもがゴロゴロ入ったカレー。これぞニッポン人のDNAに刻まれた光景だよ」
常連の大学生・タクヤは、割り箸を割りながらしみじみと呟いた。
「おいおい、大げさだな。うちは明治の終わりから続く先々代の味を、そのまま守ってるだけさ」
大将はタオルで汗を拭いながら、不敵に笑う。
「いや、そこが凄いんだって! 大将、知ってる? このラーメンもカレーも、もともとは完全な海外の料理だったのに、今じゃ僕たちが実家のような安心感を覚える国民食になってるんだから。これって、実はとんでもない歴史の奇跡なんだよ」
「ほう、歴史オタクのスイッチが入ったな? 食いながらでいいから、聞かせてみな」
大将が腕組みをしてカウンターに寄りかかる。タクヤはラーメンのスープをズズッと一啜りして、目を輝かせた。
「まずこのラーメン。ルーツは中国の南京そばだけど、今僕たちが食べてる醤油スープ、メンマ、チャーシュー、ナルトっていう基本形を完成させたのは、明治43年に浅草にあった來々軒(らいらいけん)っていう日本人の店なんだ。中国の麺文化に、日本のお蕎麦の出汁文化を融合させた。つまり、このラーメンは大将のご先祖様みたいな日本の料理人たちが生んだ和食なんだよ」
「へえ、浅草の店がなぁ。でもよ、水戸黄門(徳川光圀)が日本で最初にラーメン食ったって話を聞いたことがあるんだが、あれは違うのかい?」
「あ、それね! 長年それが定説だったんだけど、2017年にひっくり返ったんだ。室町時代の京都のお寺で、すでにかんすい(中華麵などの製造に使うアルカリ塩水溶液)を使った中華麺が作られてたっていう記録が見つかっちゃってさ。黄門様は2位になっちゃった。でも、黄門様が中国の学者にレシピを教わって、自分で麺を打って肉を乗せて食べたってのは事実だから、今のラーメンに近い形を最初に楽しんだ有名人なのは間違いないよ」
「なるほどな。黄門様も自分で麺を打つとは、いい趣味してやがる」
大将は嬉しそうに、自分の店の自家製麺が入った麺箱をポンと叩いた。

「でしょ? そして、このカレーも負けてないんだ」
タクヤは今度はスプーンに持ち替え、カレーを一口運ぶ。
「うん、このとろみが最高! インドのカレーはサラサラしてるけど、日本のカレーがドロッとしてるのは、イギリス経由で伝わったからなんだよね。18世紀にイギリス人がインドからカレーを持ち帰って、小麦粉でとろみをつける西洋料理にアレンジした。それが明治時代に日本に入ってきたとき、当時の陸軍や学校が『これ、一皿で肉も野菜もご飯も食べられて、大量に作れるから最高じゃん!』って目をつけたんだ」
「へえ! カレーは軍隊が広めたのか」
「そう。しかもね、このじゃがいも、玉ねぎ、にんじんっていうお決まりの具材は、明治時代に北海道を開拓するときに栽培を勧められた西洋野菜なんだよ。だから、日本の国策と歴史がギュッと詰まった一皿なんだ。ちなみに、戦時中に英語が禁止されたときは、海軍の意地かジョークか分かんないけど、カレーライスを辛味入汁掛飯(からみいりしるかけめし)って呼んでたらしいよ」
「辛味入汁掛飯か! いかつい名前だな。でも、そこまでして食いたかったってことだろ。言葉を変えてでも残したかった、当時の奴らの気持ちは分かる気がするね」
大将はガハハと笑うと、タクヤの持つスプーンと箸を見た。
「中国から来た麺と、インドからイギリスを回ってきたカレー。それがよ、今じゃ東京の下町の薄暗い食堂で、一人の学生の胃袋を同時に満たしてる。そう考えると、うちののれんも、大層な歴史の終着駅なんだな」
「そうそう、まさに歴史の奇跡のコラボセット!……あ、大将、お冷やおかわり」
「へいへい。歴史を語るのもいいが、麺が伸びちまう前につるっといっちまいな!」
湯気の向こうで、大将が新しい冷水のコップを差し出す。タクヤは小さく頷くと、日本の歴史が育てた最高の一杯に、再び夢中になって食らいついたのだった。
