【実録小説エキストラの流儀】~トラと呼ばれた男~
~プロローグ~
背景たちの主張
「エキストラ」。通称、トラ。
皆さんはこの言葉を聞いて、どのような存在を想像するだろうか。
道を行き交う通行人? レストランで談笑する客? 事件現場に群がる野次馬?
……なるほど、よくお分かりで。大正解だ。
では、もうこの記事を閉じていただいて構わない。他の有益なビジネス記事や、ライフハック記事へ飛んでくれ。
ーーというのは冗談だ。やっぱり寂しいので、どうかもう少し付き合ってほしい。
彼らは、エンドロールに大きく名前が載る「キャスト」とは違う。ドラマや映画という虚構の世界において、空気のように、あるいは風景の一部として存在する人々。それがエキストラだ。
だが、密室劇でもない限り、世の中の映像作品の99パーセントは彼らを必要としている。彼らがいなければ、世界はあまりに静寂で、不自然なものになってしまうからだ。
「エキストラこそが、作品の血肉である」
そう言えば聞こえはいいが、現実は甘くない。
役者としての修業、純粋な好奇心、あるいは憧れの俳優を一目見たいというファン心理。様々な思惑が交錯する現場で、彼らは早朝から深夜まで拘束される。
報酬? それを時給換算するのは、野暮だ。計算機を叩いた瞬間、心が折れてしまうからやめておこう。
我々が得るのは金ではない。
信用、経験、そして一瞬の優越感。
いつか「背景」ではなく「主役」になるための切符を手に入れるために、今日も現場の隅に立つ。
これは、そんなエキストラ(トラ)として現場を渡り歩き、数々の「異常」と「日常」を目撃してきた、一人の役者の生存記録である。
ドラマの裏側に潜む、笑いと涙、そして少しの狂気。
どうか優しい目で、この「背景たち」の生き様を覗いてみてほしい。
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~第1章~
馬車道の幻影と、温かいロケ弁
恵比寿の街角でスカウトされ、事務所に所属してから一、二ヶ月が過ぎた頃だろうか。
私に初めての現場仕事が舞い込んだ。
忘れもしない、極寒の横浜・馬車道。
あの有名な「特命係長」を演じた俳優さんの新ドラマの撮影だった。
初めて踏み入れる撮影現場は、異様な熱気に包まれていた。
テレビの向こう側にいた有名俳優たちが、当たり前のように目の前で呼吸をし、言葉を発している。
実力者たちが揃う現場は、NGなどほとんど出ない。流れるように進む撮影。これが一流の仕事か、と圧倒される。
そんな中、私はと言えば、ただの通行人A、Bだ。通行人という名前すらつかないだろう。
女性エキストラと手を繋ぎ、俳優の横をすれ違う。それだけのことなのにタイミングやスピードを間違えてはいけないと、慎重に歩く。
心臓の鼓動が耳元で鳴り響いていた。
初めて会う女性の手を握る。
冷たい手を私が温める。
その緊張なのか?
そんな描写は別に今はいらないか。
何度も同じ道を歩き、1人になり、カップルにまた戻り、時には時計を見ながら走り、少しだけ自分をアピールしようと体の角度をカメラに傾けたり…
様々な人間(背景)を演じた。
「カット! お昼休憩に入ります!」
その声と共に配られたのが、人生初の「ロケ弁」だった。
紐を引くとシュウウウ、と音を立てて蒸気が上がり、弁当が温まるタイプのものだ。今思えば、この加熱式容器は現場では比較的レアな部類に入るのだが、当時の私は知る由もない。
「……温かい」
冷え切った身体に、白米の熱が染み渡る。
大袈裟ではなく、それは砂漠で見つけた水のように私の命を救った。スタッフの方々の気遣いが、五臓六腑に沁みた。
その後も私は背景として、横浜馬車道を歩き回った。
撮影を終え、家路についても興奮は冷めやらない。
そのまま深夜のアルバイトへ向かった。
バイト先のレンタルビデオ屋のレジに立ち、「いらっしゃいませー」と声を張り上げる。
ふと、レジ打ちの手が止まった。
数時間前まで、私は煌びやかな照明、数台のテレビカメラを向けられ、国民的スターの傍を歩いていた。
なのに今は、ビデオ屋の制服を着て百円単位の釣銭を数えている。
時空が歪んだのではないか。
あの光景は、幻だったのではないか。
非現実と現実の落差に、脳がバグを起こしかけている。
だが、確かな感情が一つだけ残っていた。
空になったロケ弁の味を思い出しながら、私は強く誓ったのだ。
(俺も、台詞を言いたい。カメラに向けられて、芝居がしたい)
ただ歩くだけじゃない。いつか、目的を持ってあの場所を歩くために。
こうして、私の「トラ」としての人生が幕を開けた。
次に向かう現場が、まさかあんな「ドロドロの昼ドラ」だとは知らずに……。
(つづく)
