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ついに壊れた日

こんにちは。
理学療法士のpeachです。

今回は、前回の続きになります。
大学を卒業した後の話です。

「このままでは、私が働けなくなる」
そう直感して、自分でも怖くなって心療内科の門を叩いた時、私についた診断名は「パニック障害」と「全般性不安障害」でした。

1. 新卒・家事・介護。限界を超えた三重生活
入職してすぐ、私の日常は「休まる暇のない戦場」でした。慣れない病院研修。家へ帰れば、うつ病で仕事に行けなくなった母の看病と家事。父は家のことは何もしないため、すべてが私の肩にのしかかりました。
家族には通院を隠したまま、薬を飲んで仕事、家事を必死にこなす毎日。
そんな中で唯一、ジムに通って楽しんで体を動かす時間だけが、私の心を解放してくれる大切な息抜きになっていました。

2. 音と空間が「凶器」に変わる恐怖
しかし、病状は少しずつ私の「安全地帯」を奪っていきました。
研修で入る、薄暗いプロジェクターの部屋。 逃げ場がない感覚に襲われ、ソワソワして今すぐ逃げ出したくてしょうがなくなりました。
さらに辛かったのは、あらゆる「音」が恐怖の対象に変わったことです。
窓を開けている時に通るトラックの激しい走行音。そして、病院で働いていながら、救急車のサイレンや、あちこちで鳴り響くナースコールの音までもが怖くなってしまいました。
音が鳴るたびに、心臓を直接掴まれるようにバクバクと跳ね上がる。
日常のあらゆる音が私を追い詰め、職場という場所そのものが、逃げ場のない恐怖の箱になっていきました。

3. 「なぜ悪化するの?」消えない不安と孤独
ちゃんと病院にも通っている。薬も飲んでいる。なのに、どうして体調はどんどん悪くなっていくんだろう?
「良くなるために通院しているのに、なぜ悪化するの?」
出口の見えない暗闇に、自分だけが取り残されたような絶望感を感じていました。
唯一、病気のことを打ち明けた同期からは、「あなたが悪い。勉強しないのが悪い。行動しないのが悪い」という突き放すような言葉。
優秀な同期と比べては自信をなくし、薬の副作用で頭がボーッとする中、必死に食らいつくだけで精一杯でした。

4. 届かなかった叫びと、糸が切れた瞬間
1年目の秋、重症の患者様を担当することになりました。「あの子で行けるの?」という周囲の声に、「やってみせる」と気合を入れましたが、現実は残酷でした。
わからないことを聞こうとしても、「本当にそれ?」と詰められると答えられない。
「私が担当することで、この方を悪くしてしまう」
その恐怖で、ついに電車やバスに乗ることができなくなりました。
上司に「朝起きられない」と必死に訴えても、返されるのは「みんな朝は辛い。頑張りなさい」という言葉だけ。私の次元を超えた辛さは、誰にも伝わりませんでした。
唯一の支えだった担当患者様の転院が決まった翌朝。
朝礼前、私は突然、猛烈な過呼吸に襲われました。1時間以上、息が整わない。その次な日から出勤するたびに過呼吸に襲われるようになりました。
大好きだったリハビリの現場が、体が拒絶する場所に変わってしまった瞬間でした。

最後に:今、暗闇の中にいるあなたへ
その後、家族の反対を押し切って一人暮らしを始め、環境を変えることでようやく「自分のために」時間を使えるようになりました。
もしあなたが今、昔の私のように「自分が弱いだけだ」と泣いているなら。
ナースコールの音に怯えたり、朝起きられなかったりするのは、あなたが甘えているからではありません。心が必死にあなたを守ろうとしているサインです。
少し休んでも、大丈夫。一緒に、ゆっくり歩いていきましょう。

前回の話はこちら

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