通院日記063_地域病院_通院56日目 「今日は寝起きがいい。窓を開けていいよ。」ブラインドを開けて窓も開ける。 眩しそうな妻の顔。気分はいい・・・
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僕たちと、担当医師と緩和ケア看護師との会話を、もし病院管理者が聞いていたら、さぞイライラしたことでしょう。
僕たちは本来緩和ケアでは受けられない処置を望み、医師たちは、含みのありすぎる説明をする。結果僕たちは、希望が通りそうだと期待を持っています。
けれど、このふわふわした状態が続いてくれたおかげで、妻は人生最後のエキストラボールを、高々と打ち上げることができました。
のちに担当医師は、その一部を消しゴムでごしごし消してしまったのですが、それを差し引いても、この病院でしてくれた外科チームの対応に、僕たちはとても感謝しています。
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20250515(木) 地域病院 通院56日目
付き添いの17日目。
「今日は寝起きがいい。窓を開けていいよ。」
ブラインドを開けて、窓も開ける。
眩しそうな妻の顔。
気分はいいみたいだ。
「昨日の女優さん、ジュリエット・ビノッシュだって気が付いた?」
「いいや。そうなんだ。気がつかなかったよ。」
ジュリエット・ビノッシュは、以前、僕達が気に入っていた女優だった。
そんな彼女も、もう、かなりの年になったようだ。
僕は買っておいたサンドイッチと、義姉に貰ったパンを食べた。
その後、妻のモーニングルーティン・・・の前に、ちくわとミックスあられを味見する。
朝から、次に何を食べようか、という話になる。
ファミマのサイトから、お惣菜を探して検討する。
ある程度塊になっていて、噛んでもぽろぽろ崩れず、味のあるもの、ということで探す。
「今はね、甘辛がいいかも。肉団子のたれとかすごく食べたい。」
今日の部屋の出入りは、朝の検査・回診・昼夜交代の挨拶・体拭き・洗髪がある。
その合間を縫うように、時間を気にしながら妻は味見をしている。
このことは、病院スタッフには、内緒になっているのだ。
髪の毛の事をしきりに気にしていたので、前髪を短く整える。
妻が自分で櫛を通すと、頭のどのあたりから、前髪に持ってくるかが分かってきた。
ちょっと長めのサイドの髪も、追加でカットして前髪を厚くする。
いい感じになった。
緩和ケアチームの看護師に伝えてあった、鼻のカテーテルの事は、院内で伝わっているようだ。
医師の回診の時に、それに触れてきたけれど、やはり必要になった時のことを考えて、決めかねている、とのことだ。
担当医師が、今後の方針の事もあり、という前振りで明日の僕の予定を聞いてくる。
「ここにいます。」
そう答えたけれど、担当医師は金曜日は忙しいはずで、おそらくは流れでただ聞いただけなのだろうと妻と話す。
「そういうのは、家族の方に話してください。」
妻が念押しで伝えている。
家族の方というのは、僕か義姉かということだ。
朝の体調チェック。
その後体拭き。
今日の看護師は、最近1人で体拭きにやってくる。
「相方があなたの方が、手っ取り早いって思ってるんじゃない?」
確かに、かなり手順は慣れてきた気がする。
とりわけ、今日はうまく段取りできて、看護師をサポートできたと思う。
「今日は早かったね。」
妻もそんな感想だ。
このところ妻は、寝間着の下をはいていない。
お腹周りがゴムで苦しくなる時があ、はかないことにしているのだ。
体拭きの最中にレントゲンスタッフが来たので、後にしてもらう。
予定では聞いていなかったけれど、血液検査と合わせて状況を見ていくのだろう。
その後、交代でレントゲンの撮影をしていった。
義姉から連絡が入り、こちらへ来るのが12時を過ぎるという。
義兄がめまいを訴えて、横になっていたらしい。
こちらへ来てから、義兄の様子を聞く。
本人は寝不足からきている、といっているらしい。
とはいえ、抗がん剤治療中なので心配だ。
手早くすることだけして、戻ってくるようにする。
一時的に家に帰ってすることといえば、最低限では入浴、調理、食事程度。
今日の昼食
豚とキャベツの炒め物、コンソメスープの残り、ぬか漬け、バナナ
炒め物は、キャベツを入れ過ぎて、大量に出来上がってしまった。
明日の食事用に、半分取っておくことにする。
早めに病室へ帰る。
とにかく、妻の調子が上がってきてから、味見の要求が多様化してきている。
看護師や回診の合間を狙って、いくつか食べ物を堪能する。
メニューは醤油せんべい、ミックスあられ、塩味の鶏肉、からあげ弁当、カニ風味魚肉バー、チョコメロンパン。
これらを巧みに、部屋に誰もやってこない時間を見計らって、味見する。
そのために、僕達は、検査・回診・点滴の交換・掃除のタイミングなど、その時間をほぼ把握するまでになっている。
どこにいても、何かしらのスキルは磨かれていくものだ。
緩和ケアチームの看護師がやってきて、義姉のいる時に話をしたようだ。
僕のいる時も再度やってきてくれて、鼻のカテーテルの話、転院する場合の転院先の体制などを聞く。
近くの病院は、まだ特別個室が空いているらしい。
また、今でなら胃の吸引は可能と聞く。
対処できる内容を確認しながら、決めていきましょう、という内容だったようだ。
業務の終わりの時間に、担当医師が部屋にやってきてくれた。
鼻のカテーテルが、のどのあたりで、違和感がある事を伝える。
「それは管を少しずらせば、つらいのは軽減されますよ。私がやりましょうか。また看護師に叱られちゃうかな。」
医師は患者に触れてはいけない、というルールだろうか。
「ぜひお願いします。」
担当医師は、慣れた手つきで管を少し引っ張り出す。
「入ってる管も胃の中とかね、そういうところでたわんでるんですよ。だからちょっと引っ張ったりすると、位置が変わって・・・。どうです?」
妻は始めは首をかしげていたけれど、どうやら、あまり違和感のないところに落ち着いたようだ。
「ここで大丈夫みたいです。」
「じゃ、止めときましょうか。」
テーピングも、なれている感じで簡単に止めなおした。
「看護師の方へは、私から位置をずらしたことを伝えておきますので。」
その後、明日に時間があるかと聞いていた件の話になる。
緩和病棟への転院についてだ。
こちらとしては妻とも話をしていたので、方針を伝える事ができた。
要は敗血症による急変に、対応できるところが条件になる。
「ケースによって取る処置を決めていき、その条件に合ったところがあるか、探していきます。」
ということだ。
分かりやすい。
担当医師としては、そういう条件を転院先と書類により確認して、転院の条件とするということのようだ。
明日、その話をしたいという。
内容は今話したことの確認になる。
妻はまた自分は家族に聞いてもらうので、と同席を辞退した。
それから妻が聞く。
「抗がん剤の治療は、もし体調が良くなったときに、再開できるでしょうか。例えば、抗がん剤を薄くして処方するような?」
「とにかく、食べられるようになればなって、いう意味です。」
僕が補足する。
担当医師はそれには答えなかった。
けれど抗がん剤については話を続けた。
「昔はね、医師の裁量で、例えば強い抗がん剤をどーんって処方するようなこともね。あったんですが・・・。今は患者さんとかご家族とかとね、合意の上で進めるんです。こういう場合は、そうですね、薄めてっていうこともできなくないと思いますが、抗がん剤を処方して、たとえば、よくなったとしても、小腸と膀胱か尿管がつながっている部分は、癌細胞が死んでいくわけですから、かえって穴が広がっちゃうようなね、事もあるんです。もし進めるとしても、同意書のようなもので考えられる状況に、納得しますっていうサインをしてもらってですね。」
「つまりチャレンジで、自己責任ってことだよ。」
「チャレンジかぁ・・・。」
正直なところ、妻がふさぎ込みがちだったころ、毎朝自分の生きている意味ってなに?と問われていた時には、いっそのこと抗がん剤を復活してもらって、だめだった時には、その場であきらめるくらいの方が、いいのじゃないかと思っていた。
担当医師が帰ってから、妻と話をする。
見る予定の映画は、明日でいいだろうとなった。
「抗がん剤、考えてみるっていってくれたね。」
僕にとってそれは驚きだった。治験はたまるのだろうし、そういうことかもしれないけれど、選択肢の一つに入れられるものとは、考えていなかったからだ。
「でもチャレンジでしょ?それにさ、抗がん剤が効いたからって、必ずしも食べられるようには、ならないんじゃない?それじゃ意味ないよね。」
妻は僕より現実的だった。
「抗がん剤をしなかったおかげで、私はまだこういうね、多少とも元気な状態でいられるんだから。」
こういう言葉を妻から聞くのは寂しい。
義兄は今、抗がん剤治療中で、健康といえるような状態ではあるけれど、副作用は様々なところに出てきている。
手足の指先に、巻き爪と潰瘍のようなものができて、日課で楽しみにしていた、散歩とピアノを弾くことができなくなっていた。
「何か食べたい。どうにかできないの?」
謎かけだ。
「とにかく何でも味見をすればいいよ。リクエストがあったら言ってみて。」
「それは正解じゃない。」
「正解は?」
「都内のホテルでディナーを食べてね。そのまま二人で眠りにつこう。っていうのが正解。」
調子を合わせても、いいなと思った。
「それもいいかもね。今つながってる管を、全部抜き取っちゃってね。」
「あ、でも私歩けるのかな。」
「うーん。ずっと寝たきりだからね。それをするにも歩く訓練からしなくちゃだね。」
「どこかで貧血起こしそう。」
「駅辺りで?」
「どうかな・・・。」
「それで僕が、妻が、妻がって叫んで・・・。救急車が呼ばれて、またこの病院に戻ってきちゃうんだね。」
何よそれって顔をして、笑っている。
最後に妻は、チョコメロンパンと醤油せんべいを、再び味見して眠りについた。
僕は頭の中で明日、担当医師に聞きたいことを整理する。
・妻の癌の進行はどのような経緯をたどるのか。
聞きにくいし答えにくいと思うけれど、担当医師の経験上、どのような経緯をたどることが多いのか、参考までに聞いておきたい。それは敗血症からくる症状に、どれくらい対応するかということと、医療麻薬がどの程度の頻度になるかと関係すると思うからだ。
・条件について
24時間付き添い可。敗血症による症状に対応して処置できる。小腸へのカテーテル挿入が可能。
そんなところだろうか。
夜に看護師がやってきて、検査一式をしていく。
心電図の調子が悪く、頻繁にアラームを出すので、妻の体に張り付けた電極を確認していった。
たまたま起きていたので一緒に見ていると、チョコメロンパンのかけらが、胸元にぽろぽろ転がっているのが見えた。
急いで回収したけれど、見られていたかもしれない。
