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にわか雨のバス停で、私は昭和の幽霊になった。(約2,400字 4分~6分)

 数十年ぶりに、私が勝手に「故郷」と呼んでいる街を訪れた。

 大好きだった、ひとつ年上の、お姉さんみたいな先輩がいた街だ。
 学園祭の実行委員を取りまとめ、いつも凛としていて格好いい女性だった(中3だけれど)。

 先輩には、とびっきりハンサムな、「和製アラン・ドロン」と噂される高校生の彼氏さんがいた。
 私たち後輩は、きゃあきゃあ言いながら見守っていた、お似合いのカップルだった。

 先輩は、家の前の木陰で彼氏さんと待ち合わせしていることもあったけれど、ご家族の手前か、近くのバス停で待っていることもあった。

 彼氏さんが来るまでの間、私たちはわざとバス停の前を通ってみたりして、先輩に挨拶するのが楽しくて仕方がなかった。

 当時、私たちの街ではみんな、そこを「停車場(ていしゃば)」と呼んでいた。少し古めかしくて、でもどこか愛着のある、あの街だけの特別な呼び方だったのかもしれない。

 

 

 ……人も家も道すらも、全てが変わっていた。
 けれどバス停の標柱だけは当時のものだった。

 錆びを塗り重ねて隠しているのはお互い様か。
 重ねた年齢を差し引けば昔と何ら変わらない。

 降りたのは私だけ。
 バスが遠くの角に消えるより早く、急に雨が降り出した。

「あの頃も、こんなことがあったっけ……」

 待ち合いのひさしに入って雨宿りしつつ、記憶の底にある、あの降り始めの匂いを予感した──そのときだった。

 息せき切った足音とともに、アラン・ドロンと同じ制服が、駆け込んできた。

 思わず、「急に降ってき……」
 と会釈に始まる偶然の出会い──は、無かった。

 彼は、がさがさとスマホを取り出すと、画面の上であわただしく指先を走らせた。
 すっかり歳を重ねた私には一瞥もくれず、大きな声で、にわか雨を恨む口上を述べ始めた。見ると、耳に白いワイヤレスイヤホンが光っている。
 誰かと通話しているようだった。

 ほどなくしてスマホをバッグにしまい込み、やっと雨宿り同士の挨拶を交わすのか、と私が気を取り直した瞬間。
 彼は私の存在など端から視界に入っていないかのように前を横切り、通りの向こうの真新しいファミリーレストランのほうへと駆け出していった。

 私は最後まで、ただの空気だった。

 

 入れ替わるように、懐かしい制服の中学生が駆け込んできた。

 「こんに……」

 言いかけて、またも飲み込んだ。
 彼女もまた、一心不乱にスマホに何かを打ち込んでいたのだ。
 画面を凝視したまま、深い溜め息をついて「うっわ、ここ評価ビミョーだな…」と小声で毒づくと、やはり通りの向こうへと駆け出していった。

 

 どうやら私は誰にも見えていないようだった。

 かけようとした声すらも、すり抜けてしまう。

 雨のバス停に立ち尽くす昭和の幽霊だなんて。

 

 通り雨かと思ったけれど雨脚が強まってきた。
 通りのあちこちにポツポツ傘が出始めてきた。

 誰も彼も、手元の画面に視線を奪われている。
 誰も彼も項垂れて、画面に顔を曳かれて歩く。

 ゆっくり、だけど水たまりを避けるでもない。
 楽しげな話し相手は、隣にいない遠くの誰か。

 街角の風景を眺めるなんて、いつ以来だろう。

 

 この数十年、日本のすみっこばかりまわっていた勤務生活でも、なんとなく変化は感じていた。

 けれど、あの頃のまま私の中で時が止まっていた「故郷」の街角に立った今、私はもう、容易に上書きできないほどの歳月が流れたことを認めないわけにはいかなかった。

 

 あのころ先輩は、お姉さんのおさがりカバンを両手で前に提げて持ち、部活帰りのアランが来るのを静かに立って待っていた。

 手帳を開いて予定を確認したり、お気に入りの小説のページをめくったり。

 待ち合い客でバス停がいっぱいになると、少し外れた木陰に移って、木もれ日の下で佇んでいた。

 何もしていないわけではなかったと思う。
 ときおり左の手首を裏返しては、時間を気にしていた。

 「もうこちらに向かっている頃かな……」
 「会ったら今日は、何を話そうかな……」

 先輩は、何でも直ぐに表情や仕草に出た。
 そのたびに私たち後輩は目を見合わせて、はしゃぎ声をおさえ合いながら、見守っていた。

 私たち後輩だけではなかった。
 通りを行く人もまた、若い女学生が手鏡を取り出して前髪を気にしていれば、「これからデートなのかな」と微笑ましく見守るような、そんな温かさに街は包みこまれていた。

 通り行く人だけではない。
 「待ち人」への想いは、そよ風や小鳥のさえずり、キンモクセイの香り、夕陽に染まる雲、宵の明星にまでも、ゆるやかに行き渡り、見守られていた気がする。

 

 

 昔も今も、にわか雨でバス停のひさしに駆けこむところまでは同じだ。

 でも、そこからが違った。

 雨雲レーダーを確認できなかった私たちは、軒下から空模様を見上げるしかなかった。

 雨雲の流れを気にしながら、バスが来ないか、知り合いの車が通りかからないか、きょろきょろしていた。

 無駄で非合理的な「待ちぼうけ」の時間。

 しかしそれは、今の私たちがあえて作り出そうとしている「ただ自分と向き合う静かな時間」だったのかもしれない。
 ――あの日々には当たり前に散りばめられていたのかもしれない。

 ネットも何もない、ひとりの時間。
 でも、不思議と心は自然にひらいて、かすかに世界とつながっていたような気もする……

 ……故郷を長く留守にした浦島太郎が玉手箱を開けてしまったのは、顔ぶれと街並みの変化だけではなかったのかも……

 

 

 ……気がつくと、雨は上がっていた。

 まぶしい新緑に思わず手をかざした。

 澄みきった木もれ日は、あの頃のままだった。

 

 

 

 

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☆画像の生成にAIを使用しました。


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