昨日の記事で書きそびれた余談――裸でたずねるなんて反則よ (約1,200字 2分~3分)
「結婚の条件って結局、何ですか。価値観ですか、金銭感覚ですか、それとも実家の状況ですか?」
という問いを、いただいたことがある。
精神科医は、治療と直接関係のない自分の価値観を、あまり前面に出しすぎないほうがいい、と私は思っている。
けれど、診察室を出て、奥地に一人で住まわれている御自宅へ往診に伺ったりすると、患者さんの人生に御邪魔するような感覚が、どうしても強まることがある。
風、音、匂い、湿り気、表情、息づかい…診察室では見えなかった人生が、そこには確かに、ある。
それでも私は、何を問われようと一般論で答え、自分の価値観に患者さんを巻き込まないよう、鉄のカーテンで境界線を保ってきた。
「先生は、ひとの話は聞くくせに、自分のことは話さない、ズルいなあ~」と、なじられても、鉄の鎧は脱がなかった。
それだけに、鎧の下をさらけ出してしまった記憶は、刻みこまれて消えてくれない。
少し前になるけれど。
精神科デイケアのメンバーからの要望で、地域の共同浴場へ、メンバー、スタッフ、ボランティアさん、総勢数十人で「ひとっぷろ」浴びにお出かけしたことがあった。
ふだん、あまり入浴できてないような患者さんたちも乗り込んできて、バスは満員になった。
自分では上手に髪を洗えない事情のある患者さんの洗髪を手伝っていると、自然と会話が生まれる。
地元のお客さんたちも混じってきて話は弾む。
裸の大浴場には、カーテンも鎧も何もない。
そんなタイミングを突かれた、冒頭の問い。
実習に来ていた看護学生が放った一撃だった。
耳年増とはいえ、恋愛というフィールドに立たされたら、私自身は遠い昭和に取り残された一人の中高生、いや、もはや化石である。
(そんな私に聞くかなぁ…勘弁して…)
「まめに会話できて一緒に歩めることかな~」
と口を濁して、切り抜けようとした。
若い実習生は頷かなかった。
艶やかな髪を泡立てながら、食い下がってきた。
ちょっ……泡が付くでしょ、近い、近い。
わかったから、ちょっと離れようか。
あと、声。
ここ、響きすぎるのよ。
観たばかりの映画「天地明察」の余韻に引っぱられていた私。
(前回記事の)2つの言葉をあげた。
「…どちらの言葉でもいいんだけど、あふれる想いが止めようもなくなって、気づいたら同じ言葉を交わし合っていた、みたいな関係、かな。」
ちょっぴり背伸びしちゃったような高校時代の語り口。
地元民とデイケア軍団で大賑わいの大浴場。
若さにあてられて語り終えたとき、喋っていたのは私だけ。
湯けむりの向こうは静まり返っていた。
実習生の頷きと、湯気を震わす無数の溜め息。
裸をさらしてしまった高校ウン十年生、耳が真っ赤になるのがわかった。
……偉そうに答えてしまったけれど。
私自身は、そんなふうに生きてこれたわけじゃない。
湯けむりを見ると未だに、こそばゆい。
あの時の実習生、今、誰とどんな言葉を交わしているのかな。
どうか、どうか最高の人生でありますように…。
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☆イラストの生成にAIを使用しました。
