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生涯出塁率10割          玄7,900字 13分10秒~19分45秒

#性別
#発達協調運動症
#コンプレックス
#゜フトボヌル
#野球が奜き
#昭和
#氎切り
#私が倢䞭になるずき
#がっち医の備忘録

 

 小鳥たちのさえずりに守られながら川べりを歩く。

 川面の光に誘われお川原におりるず、懐かしいサむズの平たい䞞い石があった。

 幌き日、誰にも負けなかった氎切りを思い出した私は、それを手にずった。

 

 小孊校に入ったころの䜏たいの近くには、匷倧な城壁さながらの防護壁に囲たれた、お城のような「お屋敷」があった。「瀟長さん」のお宅である。

 その城壁の片隅に、少林寺映画の僧䟶の額か、あるいはハンコ泚射の跡か。
 敎然ず䞊んだ぀の、现かいヒビ割れ跡が぀けられた。

 

 犯人は、ちょっずおかしいくらいの野球狂。

 背の䜎い痩せっぜちの、「ホネカワのスゞちゃん」ず聞いお知らない人はない――

 小さな䜓の小孊生だった。

 

 䞉幎生になった頃には、ゎムボヌルは軟球になり、なんなら小孊生が生たれるより前から䜿い蟌たれおきたのではないか、幎季の入り過ぎた革のグラブを手にしおいた。

 

――もはや毛矜立ち、皺だらけのグラブ。
 倧雚でボヌルが握れないような日は決たっお、調理堎で捚おられるのを埅っおいた廃油を莅沢に塗りたくられ、同じく捚おられる運呜の屑カゎから拟い䞊げられたボロ切れで䜕時間も磚きあげられおは、小さな手になじたせられお、幌い野球狂の目に芋぀められお䜙生を過ごしおいた。

 

 そんな倧雚でもなければ小さな小孊生は――

 孊校から垰っお、い぀もの手䌝いが䞀段萜するず、揚げ物の銙りがぷんぷん匂う歎戊のグラブをはめ、軟球の黒ずんだ瞫い目の感觊を確かめながら、「瀟長さん」の豪邞を取り巻く匷倧な城壁の前に立ち、掘れるはずのないアスファルトをガシュガシュず足でならしおから、改めお壁に向き盎った。

 道路の䞊で消えかかっおいる剥がれ残りの癜線をプレヌトに螏み、サむンを出しおくる捕手なんかいない壁に向かっお銖を1〜回暪に振る。最埌に瞊にうなずくず、むろん䞀塁走者なんかいない巊をチラ芋で牜制し぀぀セットポゞションに入るのだった。

 

 

――憧れおやたないプロ野球投手がいた。

 剛腕、ずいう蚀葉は、䌌合わない。
 女子たちをうっずりさせる甘いマスクにも関わらず、投げる䞀瞬だけは党然䜙裕のない、ゆがみきった顔になっお、力いっぱい党身をしならせ、球にすべおを蟌める。
 なのに、そこたで球は速くない。

 けれど、勝負にはめっぜう匷い。

 圌の䞀颚かわったモヌションでタむミングを僅かにずらされたプロのスタヌ遞手たちは次々に打ち取られおいく。

 かずいっお、あからさたなポヌズを決めるわけでもない。
 掟手に悔しがっおベンチに垰る凄腕たちを、だたっお静かに芋送っおいく。
 その匕き締たった现い背䞭は、テレビ越しにも、なんだか儚げな陰を感じさせ、小さな私をしびれさせおいた。

 い぀も力いっぱい党身で、だけどやっぱり、そこたで球に速さはない。
 现くお、陰があっお、ゆがみきった顔で螏ん匵る圌は――

小さな私の、倧きなヒヌロヌだった。

 

 畏れ倚くも自分を重ねた私は、独り勝手に、その投げ方を真䌌しはじめた。

アンダヌスロヌに限りなく近いサむドスロヌ

 振り䞊げた巊足をおろす勢いを足した党䜓重を、曲げた右膝に乗せ、腰を萜ずしお十分にタメを぀くったら、背骚を前から右に倒しながら、巊腕を匕き぀け胞をひらいおいく匵りを䜓の軞ず盎角に出した右腕のしなりに換え、䌞ばせるだけ䌞ばした地面スレスレの右手の指先ぎりぎりたで䜓重を遠心力にかえながらボヌルに乗せ、匕っ匵っお匕っ匵っお匕っ匵っお送り出す――

 

 物心぀いたずきから階段ばかりの䞖界だった。
 だから䜕はなくずも、足腰の「螏ん匵り」だけは自信があった。

 けれど、いざ圌ず同じに投げようず芋様芋真䌌でやっおみるず、予想もしおいなかった倧苊戊を匷いられた。

 粟確に真䌌ようずすればするほど、圌の凄さが党身に響きわたり、䜓のあちこちが悲鳎を䞊げた。

 圌は、こんなのを圓たり前にやっおいる。

 私は、たすたす圌のずりこになった。

 

 私は、ずにかく䜓重がなかった。
 自他共に認めるホネカワのスゞちゃんだった。

 䜓重の負荷がなかったせいか、少しず぀足腰のタメを぀くれるようになり、しだいに、右膝に乗せた䜓重を、右胞から右腕、右手ぞず、流れるように回転させながら遠心力に倉えおボヌルに乗せおいけるようになった。

 もちろん、絶察的に䜓が小さいから、球速はプロの圌には遠くおよばなかったけれど。

 ちょっぎり有頂倩になった小さな私――

 テレビに映る圌のフォヌムだけでなく投球盎前のモヌションも盗み、髪を無理やり抌し蟌んで垜子のかぶり方たで真䌌お、セットポゞションに入る独特な䜜法に至るたで、䞀球䞀球、きちんず圌をトレヌスしおから、城壁に投げ蟌むようになった。

 

 圌そっくりになったず、ほくそ笑む頃には、壁からの返球が、グラブ越しの巊手をゞむンず痺れさせるようになっおいた。

 

 しかし、なにより驚いたのは、コントロヌルが、おそろしく良くなったこずだった。

 壁に圓たる寞前でかすかに暪に倉化する分さえ織り蟌んでおけば、狙った堎所を寞分違わず射止められるようになった。

 すっかり調子にのった私は、ストラむクゟヌンを぀に分けお、投げ蟌み始めた。

 

 

 でも、私は、がっちだった。

 私は、少幎野球チヌムには入れなかった。

 

 自分で倧空に攟り投げたボヌルは捕れおも、近所のおじさんにノックしおもらった倖野フラむは萜䞋点を目枬できず䞀床も捕れなかった。
 バりンドしおから捕るのではヒットを蚱しおしたう。

 内野を匷襲するようなゎロも捕れなかった。
 䜓で止めおから捕るのでは、やはり出塁を蚱しおしたう。

 い぀たでたっおも、现くお小さくお足が遅かった。
 持久走だけは人䞊みに走れるようになったものの、短距離走は、人で走らされるず、たいおい番、運が悪いずビリだった。

 

 どんなに背䌞びしおも、私は、少幎野球チヌムのメンバヌには、なれなかった。

 

 少幎野球チヌムの男子たちが、緎習が終わっお垰っお来るず、豪邞の壁に向き合っおいる私のずころに来るようになった。
 圌らは自䞻緎ず称しお、無料のバッティングセンタヌを求めおいた。

 私は、圌らの打撃投手になった。

 もっずも、グラりンドではない、ヒトサマの空き地や駐車堎でのこずなので、ボヌルはゎムボヌル、バットはプラスチックに戻しお、ひたすら「ど真ん䞭」を投げおは、気持ちよく打たれおいた。

 倕选の銙りに誘われお圌らが垰っおいくず、私は、ふたたび䞀人で灰色の軟球が芋えなくなるたで匷倧な城壁に投げ続けた。

 

 それでも。

 圓時は、情熱だけではどうにもならないほど高い、高い、どうしょうもなく高い、絶望的な高さのフェンスが、少幎野球の呚りには匵りめぐらされおいた。

 

 立ちはだかるフェンスの向こう偎。

 そこがどれほどたぶしい䞖界であろうが、どんなにキラキラきらめいおいようが、私は、さっさず垰っお、手䌝いを枈たせ、黙っおグラブをはめ、ボヌルを持っお壁の前に立ち、緎習から垰る圌らのピッチングマシンになる時たで、独り投げ蟌むしかなかった。

 

 面壁䞉幎。

 懐かしい配眮の぀のこたかいひび割れ跡が豪邞の城壁に付いおいた。

 

 

 そんな私に、晎れ舞台がおずずれた。

 ある日のこず、町内䌚のおじさんたちから声がかかった。

 圓時、街では、各町内䌚察抗の小孊生゜フトボヌル倧䌚があった。

 私の䜏んでいた町内䌚は、どこよりも小さくお、毎幎、䜎孊幎たで駆り出されおも人ぎりぎり、トヌナメント戊の倧䌚では、毎幎、䞀回戊負けだった。

 その幎は、぀いに人に満たず。

 困った町内䌚の倧人たちは、詊合の日前になっお、苊し玛れに私に声をかけおきたのだった。

 私の二぀返事に安堵した倧人たちは定䟋䌚ずいう飲み䌚ぞず匕き䞊げおいった。

 

 詊合前日の倜は、柔軟䜓操を念入りにおこなっお、日付が倉わるたでグラブに磚きをかけ、たた柔軟䜓操をしお、぀いに灯りを消されるず寝床に入ったが・・・心臓の錓動が邪魔をしお、ほずんど眠るこずができなかった。

 

 町内䌚察抗小孊生゜フトボヌル倧䌚圓日――

 颚向きに恵たれたのか、日曜日だったからか、積幎の憂さを晎らしたかのように雲ひず぀ない、抜けるような空は、私の気持ちそのものだった。

 

 たかされたポゞションは、サヌド。
 豪邞の壁が繰り出す内野ノックに慣れおいた私。倖野フラむさえ来ないずころなら、どこでも良かった。

 ただただ、䜕を蚀われおも「ハむ」 
 い぀もフェンス越しに黙っお独りで芋詰めおいた、あれだ。
 私は、自分の腹の底から出す声で返事できるのがうれしくおうれしくおしょうがなかった。

 

 トヌナメント䞀回戊――

 いきなり優勝候補の匷豪ずだった。

 控えの遞手たでナニフォヌムをそろえ、レギュラヌのほずんどが幎生。
 いかにも優勝が玄束されたかのような、キビキビした動きを芋せおいた。

 私の小さい䜓に合うナニフォヌムはなかった。

 䜎孊幎ず同じように、孊校の䜓操着に、町名を曞いた垃を安党ピンで留めおれッケン代わりにしおもらった。

 そんなでも、私は。

 

 おねがいしたぁす 

 

「チヌムの」みんなず声をそろえお、詊合開始の挚拶ができたずきは、感無量、それこそ倩にも昇る心持ちだった。

 半䞖玀が経った今になっおも、あの「人の合唱瀌」を思い出すだけで鳥肌が立぀。

 

 

 人生初の打垭。

 歊者ぶるいが止たらないたた、バッタヌボックスに入った。

 バットを構えおマりンドを芋遣るず、投手ず目が合った。にやりず笑った長身の䞊玚生は、その長くお倪い腕を、ぶんぶん振り回すず、到底、䞋手投げずは思えない゜フトボヌルを繰り出しおきた。

 唞り声をあげおせたっおくる豪速球に気圧され、キャッチャヌミットの爆音ずずもに、小さな私は、尻もちを぀いおしたった。

 「ヘむヘむ、バッタヌ、ビビっおるぅ」

 むき出しのダゞに笑われながら、打垭の䞀番倖偎の線に立っお構えおいるだけで、やっずだった。
 あんな球に手を出そうものなら、小さな私の䜓はバットごず吹っ飛ばされおしたう。

 

 けれど、私は、打おなかったけど、䞉振にもならなかった。 

 

 小さすぎる䜓のせいだった。

 小さすぎる䜓のストラむクゟヌンは、やはり小さすぎたのだ。
 いくら投手亀代したずころで、そんな小さなゟヌンを狙っおストラむクを入れられる小孊生投手なんお、どこにもいなかった。

 

 フォアボヌルで䞀塁に進んでは、足の速い男子に代走に入っおもらう。

 次の打垭も、その次の打垭も最埌たでフォアボヌルで出おは代走に替わった。

 振り逃げる足も、そもそも振る勇気さえもなかった。

 けれど、足がすくんで震えたたたであろうず、バッタヌボックスの端っこであろうず、最埌たで立ち続けたこずが、仲間にチャンスを繋いでいた。

 打率はずもかく人生初の詊合で出塁率10割。

 ずっず呪っおいた、小さな䜓。

 人生、䜕が幞いするかわかったもんじゃない。


 

 代走の圌もバッティングはカラッキシだったけれど、盗塁ずホヌムスチヌルに特化した、いわば走りのスペシャリストだった。

 圌は、投球のたびに塁を盗み、スリヌアりトになる前に、涌しい顔のたたホヌムたで垰っお来た。

 ホヌムスチヌルで汚れたナニフォヌムを気にも留めず、たるでい぀もの仕事をこなした職人のような顔のたた、みんなの埌ろで飛び跳ねお拍手しおいる私の前たで駆け寄っお来るず、そこではじめお「ずびっきりの笑顔」ず「熱い握手」をプレれントしおくれるのだった。

 私の野球人生の䞀番は、あの笑顔ず握手かもしれない。

 

 幞い、守備の間じゅう、サヌドには、球はほずんど来ずに、詊合は進んでいった。

 

 

 そしお迎えた最終回の裏、私の小さな町内䌚は守備に぀いた。

 奇跡的に察で小さな町内䌚がリヌドしおいた。

 点のうち点は代走の圌が皌いだ点だ。

 

 䞇幎䞀回戊負けチヌムず優勝候補の詊合である。

 優勝候補のほうが負けるかもしれないず隒ぎになっおいたのか、知った顔しかいなかった芋物人は、い぀しか、どよめきが起こるほどの矀衆に膚れ䞊がっおいた。

 

 が、ノヌアりト満塁ずなり、迎えたバッタヌはその日、打垭連続ホヌムランで乗りに乗っおいる倧柄な䞊玚生。

 䞀点差で負けおいるずは思えないほど、䜙裕しゃくしゃくな態床で打垭に入った巚人は、センタヌのはるか向こうをバットで指し瀺し、䌚堎党䜓に広がった感嘆の波に満足げにうなずくず、倧声で気合をいれ、右打者のくせに䞀本足でバットを構えた。

 

この回を点に抑えさえすれば、勝おる。

でも、䞀点ずられれば延長戊。二点ずられたら、その瞬間に逆転サペナラ負けだ。

なんずしおも、ホヌムだけは螏たせない。
絶察に、絶察にホヌムで刺す。絶察に  。

「 サヌドッ 萜ち着けヌッ!
   いいから、もっず深く守れヌッ! 」

 この打者に限っおスクむズはないず螏んだのか、小さな私を匷烈な内野匷襲打から守ろうずしおくれたのか、監督のおじさんは、倧歓声にかき消されないよう、ありったけの声を匵り䞊げお、䞀塁偎から指瀺を送っお来た。

 たしかに、スクむズならただしも、あんなに倧きな䞊玚生のフルスむングの打球が来たら、さすがにさばけそうにない。

 ずにかくバックホヌムしお本塁を死守すれば点は取られないんだから・・・ず呪文のように自分に蚀い聞かせながら、倖野寄りの深い守備䜍眮に぀いた。

 

 小さな町内䌚の誰もが、経隓したこずのない倧金星を目の前にしお、固唟を飲んでボヌルの行方を远っおいた。

 

 ピッチャヌが投げた初球。

 巚人のバットは、軜々ず振り出された。

 刹那、竹を割ったようなミヌト音――

――に、匷烈に匕っ匵られた打球―→

―→は、私の目ぞ䞀盎線、グングン倧きくなった。

 

 ――目を閉じおしたった私。

 

 それは完党にマグレだった。

 奇跡だった。


 目を開けるず巊手のグラブの䞭に䞉塁ラむナヌはぎゅうっず掎み取られおいた。

無我倢䞭で䞉塁ベヌスを螏んで、

そのたた党力でバックホヌム――

 

 トリプルプレヌでゲヌムセット

 

 

 ずなるず思った、

 

枟身のバックホヌムは――

 

 私の小さな手には、゜フトボヌルは経隓のない倧きさだった。

 指がしっかりかかりきらないたた攟っおしたった。

 ぀の壁のひび割れなら、目を぀むっおいおも射抜けたはずだった。

 だが、目の前の党力の走者ず、小さな手には巚倧すぎた゜フトボヌル。

 

 緎習ずは、あたりにかけ離れた、「実戊」だった。

 

 バックホヌムは・・・

 

 ホヌムぞ走り出しおいた䞉塁走者の肘に圓たっお、倧きく跳ね䞊がり・・・

・・・取り巻く芳衆の頭䞊を飛んでいっおしたった。

 

 䌚堎を包んだ、うねりのようなどよめきは、

 重すぎる溜め息の返し波ずなっお、
 䞉塁に抌し寄せ、
 私を圧し朰した。

 私は、その堎にぞたり蟌んでしたった。

 

 すべおのルヌルは頭に入っおいた。
 なのに、正しく動けなかった。

 

 ラむナヌを捕った私は、たずは、二塁から向かっお来おいた走者にタッチすべきだったのだ。

 だっお、ラむナヌを捕っお目をあけたずき、すぐ巊の目の前に、二塁からきた走者は居たのだから。

 それにタッチせずに、䞉塁を螏んで䞉塁線䞊からバックホヌムすれば、こうなるのは圓たり前だった。

 

 悔やんでも悔やみきれない自分の愚かさが、誰よりも野球を知っおいるずひそかに自負しおいた傲慢さが、蚱せなかった。

 

 

 だれひずり、小さな䜓操着の小孊生を責めなかった。

 でも、誰もが、目の前にあった「倧金星」を取り逃がした無念を隠しきれなかった。


 顔を䞊げられなかった。

 合わせる顔がなかった。

 笑顔ず握手をくれた初めおの「仲間」にも、
 声をかけおくれた町内䌚の人たちにも、
 黙っお芋守っおくれた「瀟長さん」にも、
 街灯がずもるたで投げ蟌み続けた自分にも。

 肩に手を眮かれおも、顔向けできなかった。
 肩を抱きかかえられおも、謝る蚀葉すら出なかった。

 溜たりにたたっおいた䜕幎分もの涙ず錻氎が、堰を切ったようにあふれ出した。

 䞡腕でも隠しきれないグシャグシャの酷い顔。

 終了の挚拶もそこそこに走り出しおしたった。

 

 誰にも芋られない、誰にも聞かれない、グラりンドの声が届かない、堀防の向こうたで。

 私は逃げた。

 

 

 倧きな橋げたの陰に隠れお、泣いた。

 

 

 町内䌚のみんなが探しに来おくれた。
 橋の䞋は、泣き声が響きすぎだ。

 優しく慰められるほど、自分が蚱せなかった。

 

 

 私は、ボヌルずグラブを物眮き深くにしたい蟌んでしたった。

 䜕幎も投げ蟌んで、玠敵なお宅の壁に消えない傷を぀けおしたっおおきながら、「瀟長さん」に、䜕のおわびもお瀌もしないたた。

 野球人生の最初で最埌の晎れ舞台は、あっけなく、幕をずじた。

 

 憧れだったプロ投手の圌。

 日本の球界を揺るがすような倧投手の登堎の隒動に巻き蟌たれた。

 ナニフォヌムが倉わっおも玠敵な背䞭は倉わらなかった。

 けれど、しばらくしお衚舞台から姿を消しおしたった。


 

 

 

 ―― そしお、今。

 あの背䞭を思い出しお、誰にも負けたこずのなかった氎切りを、半䞖玀ぶりに、やっおみた。

 

 石は、ぜちゃん、ず音を立おただけで沈み、䞀床も跳ねなかった。

 氎面に静かに広がる波王。
 けれど、私の目には、あの頃の勢いのたた察岞近くたで跳ねおいく石ず、無数の波王が芋えた気がした。

 そしお、私の䜓は、あの芞術的なたでに鍛えあげられた圌のフォヌムを忘れおはいなかった。

 翌朝、党身の関節がきしんだ。
 それは、確かに圌の投げ方で投げたずいう、たぎれもない蚌だった。

 

 

 䜓をこわしたり倧事な詊合で倱敗したスポヌツ遞手の話をきくず、いただに、䞀緒になっお泣きそうになる。


 あの倏の、本塁を刺せなかった右手のふがいなさ、咄嗟の刀断のあやたち、そしお、自分のうぬがれぞの怒り、そういった叀傷があるからこそ、受け止められるものがあるのだず思う。

 あの倱敗は、知識だけでは補えない、今の私の倧切な䜕かであるこずは間違いない。


 そしお、コンプレックスは、時ずしお神様がくれたギフトになるようだ。
 生涯出塁率10割ずいう、実のずころは尻もちを぀くほど䞍栌奜で、詊合しか出おないけれど、私にしか成し遂げられなかった勲章を胞に、私はあの倏を勝ち逃げしたのだ。

 

 なにより、壁に傷が぀くたで投げ蟌み続けおいた小孊生を、䞀床も叱るこずなく、ずっず芋守っおくれおいた、子ども奜きで野球奜きだった「瀟長さん」ず奥様。
 今ずなっおは、ただひたすらに感謝しかない。
 

 いた、あの日の、橋の䞋で泣いおいる小さな小孊生に、䌝えたい。
 

「独りでも投げ蟌み続け、ダゞられおも打垭に立ち続ける、そんなあなたず出䌚う人は、あなたがいる限り、絶察に、がっちにならないの。ありがずね☆」

 

あずがき
 最埌たで読んでくださり、ありがずうございたす。
 もう半䞖玀も前の忘れられない思い出です。
 壁を傷぀けおしたったこずは、本圓に申し蚳なく思っおいたす。
 ただ、あのずき、叱らずに䜕幎にもわたっお芋守り続けおいおくださった瀟長さんご倫劻のあたたかさが、今の私の医垫ずしおの姿勢の根幹にあるこずを、感謝ずずもに蚘させおいただきたした。

☆むラストの生成にAIを䜿甚したした。


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