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誰かの大切な人を救うために――「AEDは開けていい」 (約1400字 2分20秒~3分30秒)

私は救急専門医ではない。
燃えカスになった、古びた精神科医である。
それでも、自信を持って言えることがある。

 

「AEDは開けていい」

 

目の前で人が倒れたら、やることは単純だ。

心臓マッサージ(胸骨圧迫。通称:心マ)。
119番通報。
AED。

 

完璧に助けられる自信なんて医師にだって無い。

だから自信がなくったってAEDを開けていい。

以上です。

「心マが一番、電話は二番(119)、三四も心マで、五にAED」
なら知ってる、AEDも使ったことある、という方は、ここで閉じていただいて構わない。
 以下はただの補足。

 

 AED(自動体外式除細動器)
 これを使うのに、特別な資格は何もいらない。
 今は義務教育期間中でも教える機会が増えつつある。
 つまり、子どもが使ったっていいのだ。

 AEDの講習が不要というわけではない。
 救命処置の練習は、やればやるほどいい。

 ただ、近年のAEDは、かなり進化している。
 まるで声で指示をくれる「執事兼助手」のようになりつつある。

 開けてすぐ見えるイラストの通りに電極パッドを貼るだけで、心電図の解析も、電気ショックの要不要も、すべてAEDが判断してくれる。

 私のような老眼の精神科医より、よっぽど頼りになる。
 それほど進化しているのだ。

 だから、私たち人間は、119番に電話したら、あとはAEDの指示にしたがって手を動かせば(心臓マッサージをすれば)いい。
 頼もしいAEDに足りないのは「手足」だけなのだから。

 名医に救命処置を語らせたらキリがない。
 けれど、国民全員が心肺蘇生の達人ではない。

 ただ、その場にいる人だけが、心臓マッサージを贈り、AEDを開けることができる。
 医療者か素人か、大人か子どもかは関係ない。

 その場にいないなら、どれほど救命を語れる名医であろうと、無力だ。

 救急隊が来るまで絶え間ない心臓マッサージが続けられたかどうかで、命のゆくえは劇的に変わる。
 心マを諦めてしまったら、どれほど高度な救急センターに運ばれても、命が戻る確率は絶望的になる。

 AEDが救急隊より先に到着したら、とにかく開けてみてほしい。

 注意するとしたらひとつだけ。
「離れてください」とAEDがしゃべったら、全員で一瞬だけ手を離すこと。
 それだけだ。

 もし、その人が助かったなら。
 その奇跡の始まりを作ったのは、最初に駆け寄ったあなただ。

 素知らぬ顔で通り過ぎることだってできたのに、声をあげて動いた。
 まごうことなき、勇者だ。
 結果を恐れる必要はない。

 AEDを開けてパッドを貼った結果、
「電気ショックは不要です」
 とAEDに言われることがある。
 それは、「ショックは不要だから、そのまま手を離さずに心臓マッサージを続けてね」という意味だ。
 救急隊が来るまで、淡々と心マを続ければいい。

 あなたが「AEDを開けたこと」自体は、ひとつも間違っていない。

 

――忘れないでほしい。

 頼もしいAEDだけど、手足だけはない。

 倒れた人のもとへ駆けつける、足はない。
 心臓に命を押し戻しつづける、手もない。

 あなたの手と足だけが唯一の希望なのだ。

 

 

 

 取り返しのつかない悲しみは、もうたくさんだ!

 

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注:イラストの生成にAIを使用しました。

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