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教え子は全員合格、私だけ不合格。――「ぼっち医」が専門医試験でやらかしたこと。 (約3,900字 6分30秒~9分45秒)

「うつ病の診断基準を知らないんですか?」
試験官のその言葉に、私は吹き出してしまった。

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試験結果を報せる封書が届いた

 教え子たちは全員合格。
 私だけが、落ちていた。

 私は、ある専門医試験に落ちた。
 しかも口頭試問の試験官の言葉に吹き出してしまったせいで。

それなのに、

自分に正直になってよかった

 と、今になっても思ってしまう、そういうところが「ぼっち医」になってしまう理由のひとつかもしれないと思い、書き残すことにした。 

 現在の医師は、国家試験に合格し、2年間の初期研修を終えると、内科や精神科といった専門を選び、各科それぞれの「専門医」を目指す研修を受けて、各科の専門医となる。

 さらにその先には、サブスペシャリティと呼ばれる、より特定の分野を極めたマニアックな専門医資格が無数に存在する。

 今回のお話は、ある特定の学会が認定するマニアックな専門医資格の試験に落ちたときの話である。

 マニアックな資格なら、受かろうが落ちようがどうでもいいと思われるかもしれない。

 けれど、その学会が黎明期に目指していた、精神科と、精神科以外の内科や外科や小児科や産婦人科などとの、密な連携によって実現する理想の医療は、当時の私の医師としてのアイデンティティーに関わるものでもあった。

 私はかつて、多くの医師が赴任をためらうような地方の総合病院に身を置いた。

 十年も経つと、すっかり、精神科と、精神科以外の科の、垣根を越えた連携プレーこそが最良の医療の条件になる、と信じるようになっていた。

 それからさらに時は流れ、私は総責任者として多くの若手を指導し育成する立場になっていた。
 そんな私のところに、マニアックながら専門医制度を立ち上げた学会側から専門医資格取得を促す通達があった。

 病院の看板を背負い、若手のキャリアを守る立場になっていた私は、指導医としての暫定資格こそ持っていたが、制度の正式な移行に伴い、改めて自分自身も試験を受けることにした。

 

筆記は合格、最後の口頭試問。

 渡された架空の患者さんの概要は、「乳がんの治療中、食欲不振と抑うつ気分をきたした症例」という設定だった。

 これまで出会った同様の状況におかれて悩み苦しんでいた患者さんたちが思い出された。

 涙ながらの告白を聞き、思いつめた挙句の行動に肝を冷やし、ときには怒鳴られて脂汗をにじませながら、ようやくたどりついた、それぞれに異なった診断と治療への道のり。

 乳がんを告知された衝撃によるストレス反応の患者さん、乳がんそのものによる身体的影響だった患者さん、もともと持っていたうつ病が悪化した患者さん、治療薬の副作用だった患者さん・・・次々に私の前にあらわれてこられた。

 彼らの気配に背中を押されるようにして、私は試問室に入った。

 試験官の第一声は、「診断は何が考えられますか」という問いだった。

 私は、想定していた可能性のある診断をひとつひとつ挙げていった。

 すると、試験官はこう言った。 

「 うつ病の診断基準を知らないんですか?
  これは、うつ病、と言うんですよ? 」

 

 

 コンマ五秒の沈黙のあと、喉の奥から熱いものが込み上げてきた。

 これまで出会ってきた患者さんたちが、ひとりひとり全く違ったものを背負わされていた患者さんたちが、ぐるっと十把一絡げにされて「うつ病」レッテルをぺたんと貼られてしまった悲嘆。
 その、あまりの手際の良さに、喉から込み上げてきた熱いものは、口の中で止まらず、そのまま噴き出してしまった。

 それは、怒りでも涙でもなかった。

 試問室じゅうをふるわせるような――

 

   高らかな「笑い」だった。

 

 

 決して試験官に対する嘲笑ではない。

 一人の人間を記号に変えてしまうことへの、やり場のない悲鳴だったのかもしれない。

 「がん」という巨大な苦難。

 その前で立ち尽くし、嘆き、怒り、やるせなさ、家族への気遣い、お金や仕事の心配、体の衰弱……。

 それらでぱんぱんに膨れ上がって、いっぱいいっぱいになっている患者さんの状態を、わずかスマホの一画面に収まるほどの「うつ病」の診断基準に落とし込んで事足れりとする。
 そのあまりの素っ気なさに、限界を超えた悲しみが、笑いとなって溢れ出してしまったのだ。

 だが、それがいけなかった。

 試験官が予定していたであろう問答のレールから、私は完全に脱線し、あろうことか、吹き出しながら、こう口答えまでしてしまった。

 「うつ病の診断は、対症療法と並行して検査と経過観察を丁寧におこなってからでなければ確定できません」 

 

 場は凍りついた。

 

 

「うつ病の診断基準から勉強し直してください」

沈黙を破った試験官の一言で試問は終了。

 不合格が決まった瞬間だった。

 

 試験官の言う通り、現在の診断基準では、スマホの一画面におさまる程度の項目さえ満たせば「うつ病」と呼んでいいことになっている。
 以前のように、うつ状態になった原因を深く掘り下げて治療法の選択に備える必要はなくなっているのだ。

 試験官としては、まずはマニュアル通りの「正解」を確認したかったのだろう。その上で、問答を発展させるレールを敷いていたのかもしれない。それを私が壊してしまったのだとしたら、申し訳ないことをしたと思う。

 若手のキャリアを預かる者として猛省すべき失態である。
 けれど、今でも私は、

   「はい、うつ病です」

と答えられなかった自分を、少しだけ誇らしく思ってしまっている。と同時に、膝が折れて両手を地べたについてしまうほど、淋しかった。

 ――私にとっては、あの学会の存在は、沙漠のような医学界におけるオアシスだった。
 それさえも、ついに乾いた砂に呑み込まれて、多くの学会とそれこそ十把一絡げにして何ら違和感のないものになってしまったのか――と。

 へき地の医療の存続で頭がいっぱいだった私。

 これまでは、病院の看板を背負い、若手の育成に奔走することで、その淋しさから目を逸らしてきたのかもしれない。

 しかし、この息苦しさは何だろう?

 自身の主治医になって考えてみた。

 そして私は、目の前の患者さんの息づかいを無視してまで、自分を殺してまで、マニュアル通りの内容をAIのように答えることで得られる資格や肩書きを追い続けることに、若手たちにも追い続けさせていることに、息切れし始めていたことに気がついた。

 では、私を支えているものは何だろう。

 まっさきに脳裏に浮かんだのは、かつて神無月の総会で出会った「すみっこ医師」の顔ぶれだった。

 

神無月に全国から

 私が初めて参加させていただいた頃のそのマニアックな学会は、精神科を含む全ての科が協力して治療にあたる医療こそが仕事の醍醐味だと信じてやまない者たちが集まっていた。
 臨床現場の熱い話題で盛り上がる勉強会の延長のような、「元気をもらえる場所」だった。

 毎年きまって旧暦の神無月のころに開かれる総会には、全国津々浦々の「すみっこ」から熱い医師たちが集まって来ては、患者さんに寄り添った取り組みを発表し合い、励まし合って、そしてまた、全国のすみずみへと帰って行くのであった。

 しかし組織が肥大化するにつれ、神無月の総会の熱かった空気は怜悧なものに置き換わって行った。

 現場に熱心な医師ほど、地方や離島へき地に張り付いて動けなくなり、総会で顔を見かけなくなっていった。

 勤務先の建て直しの際、私と同じように孤軍奮闘する全国の地方や離島へき地を守っている医師たちに建て直しに関するアンケートをお願いしたことがある。

 数十人ほぼ全員が、超多忙にも関わらず、驚くほど親切で丁寧な回答を返してくれた。

 私と同じように全国のすみっこで孤軍奮闘する名もなき戦友たち数十人全員が応援してくれたように感じて、目頭が熱くなったことは、きっと死ぬまで忘れられない。

 全国のすみっこで頑張る彼ら彼女らが休暇取得や学会出張する際の留守番くらいはまだまだできると思い、あのときの恩返しになればと、微力ではあるけれど、呼んでもらえるうちは続けようと思って、御邪魔し始めている。

 ゆくゆくは、私のように常勤が厳しくなった「たそがれ」医師たちを募って、全国の「すみっこ医師」の休暇や出張の際の留守をあたためる「ぼっち医応援団」を組織できたら。

 そうすれば、また、いつかのように、現役の熱い医師たちが神無月の総会に全国から集まれるのではないか。

 画面越しではできない、唾を飛ばし合うような激論や、理不尽な医療制度や組織の理屈に押し潰されそうになった肩を抱き合って励まし合った、あのぬくもりを、再び医療の中心に取り戻せるのではないか。

 そんな空想のような夢を胸に、今日も「ぼっち医うさぎ」は、呼んでくれた「日本のすみっこ」にぴょこぴょこ跳んでいく。

 うさぎに肩書きはないけれど、背中のリュックは、現場で拾い集めてきた宝物でいっぱいだ。

とある日本のすみっこにて

【あとがき】

 最後まで読んでくださり、ありがとうございました。
 特定の診断や診断基準を否定する意図はありません。ただ、今このときも、目の前の患者さんの息づかいを最優先に、日本のあちこちにある「すみっこ」で踏ん張っている誰かがいます。
 ぼっち医たちの連帯を夢見ながら、私は呼んでくれた森へ、丘へ、島へと、小さなリュックを背負って、膝と腰をかばいながら跳んでいきます。
 全国の「すみっこ」で頑張る先生方、いつかお留守番に伺わせてください☆☆☆

 

注:イラストの生成にAIを使用しました。



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