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ゴリーニ、ケープタウンで奏でるシューマンとシューベルト


今晩は、2026年5月29日にAlpha Classicsからリリースされた、フィリッポ・ゴリーニによる《Sonata for 7 Cities: Live in Cape Town》を聴きます。

収録曲は以下の通り。

フェデリコ・ガルデッラ:《高みのソナタ》
 Ⅰ. 不動にして、稲妻のように
 Ⅱ. 間奏曲
 Ⅲ. 切迫して
ロベルト・シューマン:《クライスレリアーナ》 作品16
 Ⅰ. きわめて活発に
 Ⅱ. きわめて心を込めて、あまり速すぎずに
 Ⅲ. きわめて興奮して
 Ⅳ. きわめてゆっくりと
 Ⅴ. きわめて生き生きと
 Ⅵ. きわめてゆっくりと
 Ⅶ. きわめて急速に
 Ⅷ. 速く、そして戯れるように
フランツ・シューベルト:ピアノ・ソナタ 変ロ長調 D960
 Ⅰ. モルト・モデラート
 Ⅱ. アンダンテ・ソステヌート
 Ⅲ. スケルツォ アレグロ・ヴィヴァーチェ・コン・デリカテッツァ
 Ⅳ. アレグロ・マ・ノン・トロッポ

フィリッポ・ゴリーニ(ピアノ)

フィリッポ・ゴリーニは1995年生まれのイタリアのピアニスト。ベルガモのドニゼッティ音楽院、ザルツブルク・モーツァルテウム大学で学び、アルフレート・ブレンデル、内田光子、パーヴェル・ギリロフらの指導を受け、2015年にテレコム・ベートーヴェン国際コンクールで優勝。その後に2017年、22歳でリリースされたベートーヴェンのディアベリ変奏曲でのアルバムデビューは鮮烈でした。2020年にはボローニャ=ブイトーニ・トラスト賞を受賞。さらに2022年には、イタリアでもっとも権威ある音楽賞の一つ「プレミオ・アッビアーティ」を受賞しています。これまでにミラノ・スカラ座、アムステルダム・コンセルトヘボウ、ウィグモア・ホールなど世界の主要ホールに出演し、ダニエレ・ガッティ、広上淳一らとも共演しています。

日本ではNHKでお寺で弾いている番組が放映され、日本大好きとのこと。ファンも多いでしょう。

今回は、《ディアベリ変奏曲》以来、Alphaレーベルから5枚目となるアルバムです。顔つきがだんだんと変わってきていますね、青年から大人へ。そして音楽もディアベリや2枚目のベートーヴェンのソナタではブレンデル仕込みの大人びた音楽と共に音色は若々しい華やかさもありました。

それがコロナ禍でリリースしたバッハの《フーガの技法》では、より内面を見つめるかのようなモノクロームで深い音に変化しています。

そして、昨年から《Sonata for 7 Cities》プロジェクトを開始。このアルバムはその第2弾です。前作《Live in Vienna》では、ウィーンという街を舞台に、シューベルトの未完ソナタ《レリーク》、ジェルヴァゾーニ、ベートーヴェン作品111という、未完成と超越をめぐる強烈な精神世界が描かれていました。

このシリーズは単なるライブ録音ではなく、ゴリーニが1か月その都市に滞在し、演奏活動だけでなく教育や地域交流を行った記録でもあります。今回は舞台を南アフリカ・ケープタウンへ移し、学校、大学、病院、老人ホーム、刑務所、ホームレス・シェルター、恵まれない地域など、通常は音楽が届きにくい場所にも無料公演を届けたとのこと。ブックレットには、子どもたちがグランドピアノを囲みながら目を輝かせている写真も掲載されており、このアルバム全体に流れる温かい空気を象徴しています。1995年生まれですから、2026年で31歳になります。音楽的にも人間的にも非常に成長が感じられますね。

早速聴いてみます。

最初の作品の作曲者、フェデリコ・ガルデッラは1979年ミラノ生まれでミラノ音楽院でソニア・ボー、アレッサンドロ・ソルビアーティに学び、その後ローマのサンタ・チェチーリア国立アカデミアでアツィオ・コルギに師事しています。また、細川俊夫さんとの出会いも大きな影響を与えているとのこと。竹松俊二国際作曲賞第1位をはじめ、多くの国際コンクールで受賞。作品は東京フィルハーモニー交響楽団、RAI国立交響楽団、広島交響楽団などによって演奏されており、アルディッティ弦楽四重奏団やクァルテット・ディオティマなど著名団体とも協働しています。

ガルデッラの《高みのソナタ》は、調性を曖昧にした現代音楽ですが、激しい前衛作品というより、静けさや余韻を重視した内省的な作風です。ミニマル音楽のような単純反復ではなく、音の響きや沈黙の中で少しずつ緊張感を変化させていきます。

この作品はガルデッラが最初のオペラ《エルゼ》の作曲中に書いたものとのこと。《エルゼ》は山岳地帯を舞台に、少女エルゼの精神が徐々に崩壊してゆく物語だそうですが、その世界観は、このソナタにも色濃く反映されています。

作品では、ピアノの低音域から、何かを挟んで響きを変えたような、鐘にも似た音が現れ、まるで運命を告げるように鳴り続けます。一方で、中間部では静かで内面的な風景が広がり、高音と低音の極端な衝突によって、不安や孤独感が強調されます。全体としては、山の静寂と人間の内面的崩壊が重ね合わされたような音楽で、静けさの中に張り詰めた緊張感が漂っています。終楽章は静かに閉じられますが、そこに安らぎはありません。すべてが終わった後も、山だけが沈黙のまま残り、そこに人間の悲劇の痕跡だけが刻まれているような、独特の余韻を残す作品です。非常に現代的な語法ながら、不思議とシューベルト後期の孤独感とも接続して聴こえるのが面白いところです。

《クライスレリアーナ》では、ゴリーニの知的で構築的な演奏がよく生きています。さすがブレンデルや内田光子さんに師事しただけあって、音色は落ち着き、感情を過剰に煽らずに細部のニュアンスやリズムの変化を丁寧に積み上げています。速い部分は少しテンポは上げ気味ですが、テクニックを見せつけるのではなく、濁らない音で内声まで非常によく整理されています。けれども冷たくはならず、どこか即興的な揺らぎも感じさせます。逆にゆっくりした楽章ではじっくりと歌い込み、緩急の差を大きくとることでホフマン的な幻想世界をより鮮明に描いていますね。そして録音は、ネルソン・マンデラが27年間の獄中生活を終えて最初の演説を行ったケープタウンの市庁舎でこの滞在に最も深い意味を与えてくれた数人の人々を前にライブ録音したとのことですが、この独特な会場の響きを心から味わっているかのように長い余韻を残しています。

そしてシューベルト最後のピアノ・ソナタ D960 。1828年、死の直前に書かれた晩年の傑作です。演奏時間は40分を超える大作ですが、ベートーヴェン後期ソナタのような劇的闘争というより、時間そのものがゆっくり漂ってゆくような独特の世界があります。第1楽章冒頭の穏やかな主題は一見平和に聴こえますが、その直後に現れる低音の不気味なトリルによって、音楽には常に不安な影が差し込みます。

ゴリーニの演奏は、やはり内田光子さん系の演奏でしょうか。極端に遅く重くは弾きません。流れを大切にしながら、自然な呼吸の中で長大な構成を築いてゆきます。第1楽章の低音のトリルは、不気味さよりも深い陰影として現れます。テンポは中庸で、旋律を歌わせながらも感傷に溺れず、広大な空間感を保ちながら、和声の変化や内声の動きを非常に丁寧に描いています。

第2楽章は、孤独と諦念が静かに沈殿したような音楽で、後期シューベルト特有のこの世とあの世の境界の感覚が強く現れています。ゴリーニはここでも深刻になりすぎず、静かな温かさを感じさせるのが印象的。

第3楽章のスケルツォでは一転して、軽やかで繊細な世界が広がります。とはいえ、単純に明るいわけではなく、どこか儚く、夢の中の舞曲のような感触があります。特にトリオ部分では、一瞬時間が止まったような静けさも現れ、全体の巨大な構成の中で重要な呼吸の役割を果たしています。ゴリーニは、この楽章を過度に軽快に流さず、音の透明感とニュアンスを丁寧に描いています。細かなリズムの揺れや弱音のコントロールが非常に繊細。

終楽章では過度に明るく解放するのではなく、人生を受け入れるような穏やかな前進感があります。ライブ録音らしい集中力も高く、ケープタウン市庁舎の深い響きと相まって、この作品の遠くを見つめるような孤独が非常に美しく表現されていました。この作品は本当に永遠を感じさせる作品ですね。時間の流れが止まったかのような・・・淡々としつつも内側に湧いてくる静かな感情を過度にドラマ化せず、歩み続けるような終わり方が印象的でした。

録音は2025年9月、さきほど書いたようにケープタウン市庁舎でのライブ。ホールの深い残響を生かした録音で、背景音も濃密な雰囲気をそのまま伝えてきます。音はかなり自然で、極端なオンマイクではなく、空間全体の空気を含めて収録しています。1曲目は現代作品らしく高音がかなり鋭く聴こえますが、2曲目からは派手な鮮明さよりも、モノクローム的な音色を中心に柔らかい響き。低音は豊かですが膨らみすぎず、高音も硬くなりません。ライブらしく集中感と見守る人々の静寂もよく捉えられています。

単なる名曲リサイタルではなく、一つの都市に滞在し、人と出会い、その空気を持ち帰った録音です。ガルデッラの現代作品、シューマン《クライスレリアーナ》、シューベルト最後のソナタが、孤独や不安、そして人間的な温もりを通して静かにつながってゆきます。音楽が特別な場所や人々との出会いの中で、どのような意味を持ち得るのかを問いかけるようなアルバムでありました。

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