ドゥダメル&LAフィルによる鮮烈な響きシューマン交響曲全集

今晩は、2026年8月7日にLos Angeles Philharmonic/Platoonからリリースされた、グスターボ・ドゥダメル指揮、ロサンゼルス・フィルハーモニックによる《Schumann: The Complete Symphonies》を聴きます。
収録曲は以下の通りです。
ロベルト・シューマン(1810–1856)
交響曲第1番 変ロ長調 作品38《春》
1.Andante un poco maestoso – Allegro molto vivace
2.Larghetto
3.Scherzo: Molto vivace – Trio
4.Allegro animato e grazioso
交響曲第2番 ハ長調 作品61
1.Sostenuto assai – Allegro ma non troppo
2.Scherzo: Allegro vivace
3.Adagio espressivo
4.Allegro molto vivace
交響曲第3番 変ホ長調 作品97《ライン》
1.Lebhaft
2.Scherzo: Sehr mäßig
3.Nicht schnell
4.Feierlich
5.Lebhaft
交響曲第4番 ニ短調 作品120(1851年改訂稿)
1.Ziemlich langsam – Lebhaft
2.Romanze: Ziemlich langsam
3.Scherzo: Lebhaft – Trio
4.Langsam – Lebhaft – Presto
ロサンゼルス・フィルハーモニック
グスターボ・ドゥダメル(指揮)
録音:2018年5月、ロサンゼルス、ウォルト・ディズニー・コンサートホールでのライヴ録音
プロデューサー:ドミトリー・リペイ
録音・ミキシング・マスタリング:ドミトリー・リペイ、アレクサンダー・リペイ
このアルバム、2026年の新譜ですが、録音されたのは今から8年前の2018年。ドゥダメルとロサンゼルス・フィルが、ウォルト・ディズニー・コンサートホールで集中的にシューマンを取り上げた「Schumann Focus」で演奏されたものです。
この「Schumann Focus」は2018年5月17日から27日にかけて行われ、第1番《春》が5月17・18日、第2番が19・20日、第3番《ライン》が24・25日、第4番が26・27日に演奏されました。この一連の演奏会を収録したライヴ録音です。
つまり10日ほどの間にシューマンの4つの交響曲をすべて演奏してしまったわけです。ちなみに前半の第1番、第2番の演奏会では内田光子さんがシューマンのピアノ協奏曲を、第3番、第4番の演奏会ではソル・ガベッタがチェロ協奏曲を演奏していました。なかなか豪華なシューマン・ツィクルスです。
そしてこの録音から実に8年も経ってリリースされました。2025/26シーズンをもって17年間務めたロサンゼルス・フィルの音楽監督を退任したドゥダメル。結果的には、そのLAフィル時代を振り返るようなタイミングでのリリースとなりました。
シューマンの4つの交響曲は、1841年に第1番《春》が作曲され、その直後に現在第4番と呼ばれているニ短調交響曲の初稿が書かれました。しかしシューマンはこの作品をいったん引っ込め、その後第2番、第3番《ライン》を書き、1851年になってニ短調交響曲を大幅に改訂しました。そのため、現在一般的に演奏される第4番作品120は、シューマンが最後に完成させた交響曲でもあります。
今回ドゥダメルが演奏しているのも、この1851年改訂稿。LAフィルの公式アルバム紹介にも「1851 version」と明記されています。
早速聴いてみます。
まず録音ですが、かなり特徴があります。何より残響が非常に多い。
ウォルト・ディズニー・コンサートホールの響きをたっぷりと取り込んでいて、オーケストラの周囲に大きな空間が広がります。しかし残響がこれだけ多いにもかかわらず、音がぼやけてしまうことはなく、各楽器はかなりクリアではあります。結構マルチのオンマイクかな。
そして何より特徴的なのが低音。かなり強めに捉えられています。コントラバスのピチカートなどはかなり重低音を強調した捉え方で、全体はずっしりと沈み込みます。
さすがロサンゼルス・フィル、と言ってよいのかわかりませんが、ちょっと映画音楽を思わせるような低音。そしてやっぱりアメリカのオケですから、金管などはメリハリがはっきりしています。それから木管、特にクラリネットは明るくちょっと薄めの音で、それがシューマンに合うかというと、これもちょっと私には微妙。
プロデューサーはドミトリー・リペイ。録音、ミキシング、マスタリングはドミトリーとアレクサンダーのリペイ兄弟が担当しています。
この二人はドゥダメル/LAフィルの録音を長く支えてきたエンジニアで、アイヴズの交響曲全集なども担当しています。今回も外部のレコード会社の録音チームというより、LAフィル自身の録音制作によるアルバムと考えた方がよさそうです。
ハリウッド映画の大編成オーケストラで聴くような、深く、厚く、身体に響いてくる低域。それがシューマンの交響曲で鳴るので、ちょっと私は違和感を感じました。これは好みが分かれるかもしれませんね。
演奏全体はやっぱりドゥダメル。熱い演奏ですね。
もっとも、ただただ勢いで押すのではなく、細かいところまでよく整理されています。ドゥダメルらしい推進力は十分にあって、特に速い楽章になるとLAフィルの機動力が存分に発揮されます。木管や内声部までかなり明瞭に聞こえてきます。
シューマンの交響曲というと、昔から「オーケストレーションが厚い」「響きが濁る」といったことが言われてきました。そのためマーラーをはじめ後世の指揮者がオーケストレーションに手を加えた版も存在します。けれどもこの演奏のように各声部をきちんと整理すると、シューマンの書いたオーケストレーションそのものが決して見通しの悪いものではないこともよくわかります。
ただ……実はあまり整理しすぎると、今度はシューマンらしい独特な中間色のような音色感が弱められてしまうようにも感じます。この演奏は非常に明快にオーケストラを鳴らしているので、シューマン独特の少し曖昧で陰影のある響きが、やや薄くなっているようにも感じました。
第1番《春》のドゥダメルの演奏は、冒頭のファンファーレから実に堂々としています。金管をしっかりと鳴らし、ウォルト・ディズニー・コンサートホールの豊かな残響も加わって、春が一気に押し寄せてくるようなスケールの大きさです。
主部に入るとLAフィルの反応のよさが際立ち、弦は軽快で、木管や内声部も明瞭。厚くなりがちなシューマンのオーケストレーションを見通しよく整理しながら、ドゥダメルらしくぐいぐいと前へ進めていきます。
第2楽章では一転してゆったりと歌わせ、第3楽章では再び力強いリズムとLAフィルの機動力を前面に。終楽章も生き生きとしていて、最後まで勢いを失いません。
全体としては、軽やかにまとめる《春》というより、現代の大オーケストラを存分に鳴らした生命力あふれる演奏。ただし録音の低音がかなり強いため、《春》としては少し重く感じるところもあります。それでも、各声部が埋もれずクリアに聞こえるのは見事です。
交響曲第2番、第3楽章。ここはゆっくりと歌わせます。美しい弦、そしてアメリカ的なオーボエの音色。
私は遥か昔、シノーポリ指揮ウィーン・フィルの演奏でこの曲の素晴らしさを知りました。改めてこちらの演奏と聴き比べてみると、もちろんオーケストラそのものの音色も違いますが、歌わせ方がかなり違う。
ドゥダメルはどちらかというと映画音楽的?あるいディズニー的?とでも言えばいいのかな。とてもムーディに歌わせます。このあたりも好みが分かれそう。
そして終楽章、推進力たっぷりでいかにもドゥダメル。最後のティンパニはかなり強く鳴らしてかっこいいけど、アメリカンだなぁと感じます。
第3番《ライン》は冒頭から非常に堂々としていて、金管もよく鳴ります。ホルンなどは気持ちいいほど。しかし重くなりすぎず、音楽はどんどん前へ進んでいきます。
第4楽章Feierlichになると一転して暗く荘厳な響きとなり、そこから終楽章へ向かって光が差してくるような変化も鮮やかです。
第4番は、つい先日アラン・ギルバート指揮NDRエルプフィルハーモニー管弦楽団による同じ1851年改訂稿を聴いたばかりなので、どうしても比較してしまいます。
ギルバート/NDRが比較的端正に構造を見せて、響きも派手さより内側に向かっていく音だったのに対して、ドゥダメル/LAフィルはもっと劇的です。
この曲は4つの楽章が切れ目なくつながり、一つの大きな流れを作っていますが、ドゥダメルはその連続性を強く意識しているように感じます。第3楽章から終楽章への移行、そして最後のPrestoへ向かって加速していくところなどは、いかにもドゥダメル。ぐいぐいと引っ張っていきますね。
2018年に演奏されたこのシューマン全集が、なぜ8年を経た今リリースされたのか、その理由はわかりません。
しかし結果的には、17年間にわたるLAフィルとの時代を終え、ニューヨーク・フィルへと向かうドゥダメルにとって、一つの時代を振り返るような記録となりました。
若々しい勢いだけではなく、オーケストラの細部まで自在にコントロールするドゥダメル。そして、それに瞬時に反応するLAフィル。さらに、ウォルト・ディズニー・コンサートホールの豊かな響きを大胆に取り込んだリペイ兄弟の独特な録音。
ある意味、非常にアメリカ的で鮮烈なシューマンかな、と感じたアルバムでありました。
