会社員と作家。パラレルワーカーとして大切だったこと
パラレルワーカーとして、会社員と個人活動で大事にしたいこと。
自分でも見返して、スタートしなおせるような記事を書きたいなと思って総集編のような形でまとめました。
軽く時系列を追うようになっているので、初めて読む方やまとめて振り返るのに付き合っていただける方、よかったら🐟💐
■著者情報
・小さな企業で採用と広報・IT周りの何でも屋
・昨年、10年以上趣味だったイラスト作家活動で開業する
・両立する中で悩みも多き日々
「自分の力を証明しなきゃ」が、ずっと両方にかかっていた

開業してから、個人事業主として経営に関する情報を耳にすることが多くなった。また、同時期に結婚の話が出てきたことで、自分の会社員としての年収に対する責任感が強くなった。
そのことが重なって
・個人事業では売上を立てること
・会社員では年収を上げること
が、自分の能力や存在価値を証明する指標になっていた。
それなりの預金も収入もあるはずなのに、恥ずかしい話、わかりやすく"お金"にばかり囚われるようになってしまっていた。
だから、個人事業の売上が少ないことも、会社員の年収が上がらないことも、どちらも「自分が無能だから」という因果に繋がりやすかった。かなり落ち込む…ほんとうによくない!🌧️
noteで個人事業主の目的については何度も定義し直していたけれど、1年間ずっと根強く自分を苦しめることになっていて、いっそ個人事業という形をやめた方がいいのではないか、趣味に戻した方がいいのか、と迷っていた。
会社員と並行する個人事業は「証明するもの」が違う

それでも、どうしても個人事業という形をやめたくなくて、作家活動で大切にしたいことの感覚レベルを検討しなおした。
開業した時の「独立をゴールにせず、自分の活動に居場所を作りたい」という気持ちを忘れないためにも、「借金にならない範囲なら、ゆるゆるでも作家活動を続けていい」というレベルまで感覚を落とすことにした。
個人活動の指標は、「自分の名前で自分の世界を作り、それを社会の中に小さく置いていくこと」。形あるものとして、小さくても誰かの手元に渡していく幸せ。創作を通して、心地よい人間関係や繋がりをもって、大切にしていくこと。
だから、イラスト作家を続ける価値は、「職業」ではなく「生き方」にあると心に留め続ける。
・夏の空が綺麗だったこと
・水族館で大好きな生き物のこと
・人が隠れるほど大きな葉っぱのこと
・素敵な土地に赴いたこと
そうした世界への愛を、自分の言葉や写真やイラストで伝えていくための小さな箱。芽が出たり、仕事につながったらありがたく拾う。でも、それを個人事業の存在理由そのものにはしない。
対外的に記録できる活動はし続ける、利益が出たらラッキー、そんな事業を私は続けていくことにした。
会社員として「自分の得意や夢中を活かせる仕事」を探していい

そして、パラレルキャリアとして、ここが今回一番大きな変化。
学生のころ初めに抱いた夢は、「絵が好きだから、イラストやデザインに関わる仕事がしたい」だった。でも社会人になって少しづつ、「自分の得意や、夢中になれることを仕事に活かしたい」という夢の形に変わっていった。
それは、会社の業務で"何でも屋さん"をやるうちに採用、広報、Web、情報設計、編集、制作、企画、ITなど、ものすごくたくさんのことに触れるようになったから。その中で、自分が「もっと上手くなりたい」と感じる領域が、自分が思ったよりもたくさんあることが分かった。
会社員を通して理解したことは、「自分の才能を活かす仕事=イラストやデザイン」ではなかったという、初歩的だけどとても大切なことだった。
イラストやデザインは好きだけれど、残念ながら「職業として、市場で役に立つものをアウトプットするのが得意かどうか」は別の話だったのだと思う。
好きだから仕事にする。得意だから仕事にする。どちらも間違いないからこそ、私は得意を会社員で伸ばし、好きを個人事業で残すことにした。
それは、とってもシンプルだったのだ🧸
会社員の現場でしか得られなかった経験

今の会社で最初に求められていたのは採用業務だった。理解して入社はしたものの、最初は「採用なんてやったことないし、人前で話したり企画なんて私にできる気がしないな~」と思っていた。でも実際にやってみたら、「慣れたらできる」に変わった。
手探りでやったからこそ、業界知識や採用市場、応募者とのコミュニケーション、業務改善などを実地で身につけた。これは独学だけでは得にくかったし、その中でも特に、採用にかかる広報業務や導線設計は「夢中になれる」分野だった。その分野で一定の成果を出したことで、広報全般の領域に広がり、派生してWebディレクションやマーケティングの初歩まで広がっていった。
だから今の会社は「最初の職能を獲得できた場所」だったと思うし、出会うべくして出会った場所だったと思えた。
「何でも屋さん」であることには成長限界もある

「会社員として自分が無能だから年収が上がらない」ことは一部が事実で、一部は間違いだった。会社の規模、事業構造、給与テーブル、経営上の限界など、自分ではどうにもできない要素がある一方で、今の自分に専門性が足りないことも事実。
小さい会社で幅広く担当する何でも屋さんは、広いけれど、特定領域の深さを作りにくい。そのため、例えば「じゃあWebディレクターとして転職しよう」と思ったときに、「実務経験はあるけど、専門職として見ると足りない」ということが起こり得る。
これが私の現在地。だから、自分の能力の有無の外にも、「今の環境で得られる専門性には限界がある」という捉え方ができるようになった。自分の中でも、これはかなり大きいと思う。
「次にどこまで専門性を深めるか」を自分で選べる

ここから先は一本道じゃなく、自分の環境や気持ちで枝を伸ばしていけたらいいなと思って書いてみる🧸
A. 今のような小さい会社の何でも屋を極める
採用・広報・Web・ITを横断して、「この人に聞けば会社の情報発信まわりは全部進む」みたいな人になる。これはこれで一つの専門性。
B. もう少し大きめの会社の広報・企画部門へ
分業された環境の中で、広報・採用広報・Web・企画などの専門性を深めつつ、別領域も兼務する。
C. 専門会社へ行く
Web制作会社、マーケティング会社、採用支援会社、地域創生系などで、Webディレクション、広報、マーケティング、企画などのプロとして揉まれる。
「自分はどこまでプロになりたいのか」
「どこまで専門性を深めたいのか」
「何をできるようになりたいのか」
をこれから決めていけるように、自分のスキルを伸ばして、居場所を選べるところまで成長することを指標にしたいと思う。
これからのテーマは、別々であり繋がっている

これからはシンプルに、イラスト作家として育つ。会社員として育つ。
この二本を、それぞれ一段階上げることが指標になった。最初の年収に捉えられていた状況とは全く違う。お金は結果だけど、成長の仕方は自分次第だ。
・今の自分に足りないものは何か
・今の環境で伸ばせるものは何か
・環境を変えたほうがいいものは何か
「自分の価値を証明する」から、「自分の価値を、どう育てていくか」に変わったことが自分にとって大きな変化。
イラスト作家として、作品、本、ZINE、展示、発信などを通して、「自分の世界が社会の中に居場所を持つ」ことを小さくても続けていく。
会社員としては「私はこの領域の仕事をしている人です」と言える専門性を深める。それが、市場でどう評価されるのかを調べる。足りない知識を補う。今の会社で実績を作る。難しければ違う環境で揉まれる。
会社員と個人活動を、「どちらかが本物で、どちらかが妥協」にしない。それが開業した時から願っていたことだった。
会社では会社のために作る。
作家としては自分の名前で作る。
それぞれの役割を守りながら、能力だけ循環させる。どちらもが、ちゃんと繋がっている。作家の自分も、会社員としての自分も、どっちも育てる。今はこれが、私のパラレルキャリアだ🧸
