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服装は、とっても大事である。

仕事から帰宅して、ウォーキングに出かけようと服を着替えていた。
一緒に出かけようとしたパートナーが、ふと思い出したように、
「そういえばさ、春ちゃんの友達が、服装が大事だってSNSで毎度投稿しているけど、それを見て、どういう風に感じてるの?」
と、若干唇の端を上げながら尋ねてきた。

「え?それ、私ディスられている?」
と、思わず口から出た。

私の服装へのプライオリティの低さについては、以前パートナーの記事でも投稿しているので、もしよければそちらも読んでほしい。
↓↓

断捨離し過ぎた人のその後|ミンピロの走り書きmemo

パートナーは、
「別にディスっているわけじゃなくて、どういう風に感じているのか気になっただけだよ」
と言いつつ、唇の端は上がりっぱなしである。

私は、
「それについては、私も考えていたことがあるから、歩きながら話すね」
と言い、靴を履いて外へ出た。


昔の私だったら、
「この人がこう言っているから、こうしなければいけないんだ!」
と思い、自分というより、外から見られることを意識していたと思う。
しかし、今は認識が変わっている。
もちろん、服装は大事だ。
それは十分わかっている。

だけど、友人が言っていることを、
表面にある「服装」という方法論だけではなく、
その奥にある「もっと伝えたいことは何なのか」を、自分なりに考えるようになってから、そうは思わなくなった。

今までの私は、ずっと「情報をもらう側」だった。
誰かが発信していることを見て、
「これが正解なんだ」
「これをやった方がいいんだ」
と、その方法を取り入れようとしていた。

でも、情報が多くなればなるほど、
「結局、どれを選べばいいの?」となる。
自信をつけるために集めた情報が、逆に自分を迷わせていた。

けれど、「伝える側」になろうとして、その気持ちが反転した。
「なぜ、こういう言い方をするんだろう」
「本当に伝えたい事は何だろう」
と、その人の言葉の奥側を見るようになった。

そして、友人の言葉を改めて考えてみると、切り口や方法は違っていても、根本にある「伝えたいこと」や「やりたいこと」は、私とそんなに違わないのではないかと思ったのだ。

ツールは違っても、誰かが変わるきっかけを提供する。
友人にとって、それが「服装」だった。
私にとっては、それが「食べもの」だった。

私は食べものに興味がある。
実際に、私自身が変わったものでもあるためだ。
自分が何を選んで、何を身体に入れるのか。
そこから、自分の感覚や考え方が変わっていくことが、面白いし楽しいと思っている。

そんな話をしたら、パートナーは安心したように、
今度は、顔全体でにっこり微笑んでいた。
なんだかんだ話しながら歩いていると、気がつけば、もう自宅の前。

そういえば、私が「伝える側」になろうと勇気を持つことができたのは、
この友人の服装講座「霊視コーディネート」を受けたことがきっかけだった事を思い出した。

なので詰まる所、
服装はとっても大事である。

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