イライラした時どうしたらいい?の最適解をショパンに教えてもらった
突然ですがみなさんは、イライラした時どうしていますか?
わたしなりの対処方法を場面ごとに用意してみました。
人にイライラ: 「何がいけなかった?原因は?」思考を整理
物にイライラ : とりあえず紙に気持ちを書く
自分にイライラ :うん、気分的なものだ。甘いものを食べる
もちろん人それぞれ対処法があると思うのですが、最近わたしは、
もっとも美しい最適解を見つけてしまったのです。
イライラしたときはこうします。
ショパンの”別れの曲”を聴きながら
「今日でこれ最後だわ」と愛おしむ ふりをする
これはわたしの実験記録と、ショパンに寄せるオマージュです。
みなさんこんにちは🇬🇧らんです🌸
突然のクエスチョンでしたが、今回は、「邪念」について考えてみました。
(ほんとに突然)
邪念…
よりよい暮らしにとってストレスや雑念は、普通に考えると不要ですよね。
でも、日常生活においては、あまりに身近なもの。
「なんでこんなに上手くいかないんだろ…」
頭の片隅に居座ってくれる小さな感情。
先に言っておくと、
わたしの好きな作曲家は別にショパンではありませんし(ドビュッシーです)
今すぐ誰かと”別れ”たいわけでもなければ(むしろ仲良くしてください)
病床に伏せてショパンに縋っている、というわけでもごぜえません(元気にスコーン食べてます)
で、この”別れの曲”がなぜイライラ対処にふさわしいか。ですが
ズバリこちらです。
1. 怒りが思い出に変わる
2. 感情を大げさにしてくれる
1| 怒りが「思い出」に変わる
今は腹が立っている対象も、
「これが今日で最後なら?」
と考えてみてください。
あら不思議。
現在進行形の嫌な出来事から、過去になりゆく出来事に変わる。
「別れ」を想像することで、一瞬だけでも対象を「過去」にしてしまえ!というわけです。
過去の出来事を受け止めるときは不思議なもので、
まあ、そういうこともあったな。
と受け止められる(ことが多い)ものです。
つまり、怒りを消すのではなく、時間軸をずらす。
そして何より、「別れ」は、どこか美しい。
「もうすぐ終わるもの」として対象を眺めると、なんとあろうことか、
…少しばかり美しく見えてくるじゃありませんか。
嫌だった人との時間も、嫌だった仕事も、今日という一日も、
永遠ではない。
そんな刹那を思うと、
まあ、今日くらいは付き合ってやるか、って。
2|感情を大げさにしてくれる
イライラの感情って結構ちっこいし、
表立って出してはいけないもの、とされてしまいますね。
そこで、このどこか悲しい旋律に託すわけですよ
わたしは!!今!!!人生のぉ!!!
別れを経験していまーーーーーーーーす!!!!
すると、
「メールの返信が遅かった」
「楽しみにしていた予定がなくなった」
「仕事でちょっと嫌なことを言われた」
程度のちっぽけなことが、あら不思議。
ショパンによって壮大な人生の一場面になる。
「メールの返信…遅かったけど…まあ、忙しかったんだろうな。」
「楽しみにしていた予定がなくなった…はは、楽しみにしていたのにな。でも、これもまた人生。」
「仕事で嫌なことを言われた。あの言葉は、少しばかり胸に刺さったけど…まあ、いつか役に立つのかもしれないな。これもまた人生。」
感情としては結構蔑ろにされがちなイライラを、いっそ本人の中で壮大なドラマにしてしまえというわけです。
こうすると、自動的に「自分」という対象を俯瞰して見ることもできます。
そしてここからです。
…なんでワイはこんな悲劇のヒーローみたいになってんねん(草)
と冷静になるところまでセットです。
これで、自分の感情を少し笑えるようになるというわけ。
いかがでしょうか?
正直、明日になったらまた同じことが起こって、イライラするかもしれません。人生はその繰り返しであることの方が多いと思います。
でも、
邪念を消すのではなく、少しだけ美しく眺めてみたらどうだろう。
そんなことを考えたとき、ふと思い出したのがショパンでした。
ショパン|別れの曲
前座が長くなりましたが、本日はショパンについてお話しようと思います。
(えーーーーー!今までの全部フリなん!?)

祖国を遠くに生きた人
Fryderyk Franciszek Chopin
フリデリク・フランチシェク・ショパン
1810年、ポーランドのワルシャワ近郊で生まれました。父はフランス人、母はポーランド人。
なので「フランスの作曲家」という印象を持つ人もいるけれど、ショパン自身はポーランド人としてのアイデンティティを強く持っていました。
生み出した有名な曲は多くありますが、
革命のエチュード、幻想即興曲、子犬のワルツ、英雄ポロネーズ などは誰もが知る名曲中の名曲ではないでしょうか。
中でも、
これまでの人生で、これほど美しい旋律をほかに書いたことがない
ショパンがこないな自画自賛をするほどに美しくできた曲、
それが、
今回ご紹介した 別れの曲 でした。
この曲、正式には、ショパンの《エチュード 作品10 第3番》です。
あ、
実は「別れの曲」という名前は、ショパンがつけたものではないんです。
/
え…!?
ショパン自身が経験した別れに思いを馳せて。
愛する人との別れを胸に抱えて…
そういう、ちょっと叙情的な背景があって、あの”別れ”を想起させる旋律が生まれたのではないのー?
\
いいえ。
後世の人たちがこの曲を聴いて感じたものから、いつしか「Tristesseー悲しみ」といった名前で呼ぶようになったのだそうです。
ただ、わたしが気になるのはこの曲が書かれた時期が1832年頃だということ。ショパンが故郷ポーランドを離れ、パリで暮らしていた時期です。
この2年前、ショパンはワルシャワを離れ、パリへ向かいました。
そして、そのまま二度とポーランドで暮らすことはありませんでした。
”これまでの人生で、これほど美しい旋律をほかに書いたことはない”
この曲について、こう語ったショパン。
ショパンは、音楽を個人的・詩的な表現の手段として扱った作曲家として知られています。
ショパンがこのとき苦しい感情を抱えていたとしても、それをまったくなかったことにせず、「美しい音楽」へと昇華させたのかもしれない。
そんなふうに思えてきたのです。
先程私は、こんなことを言いました。
邪念を消すのではなく、少しだけ美しく眺めてみたらどうだろう。
そんなことを考えたとき、ふと思い出したのがショパンでした。
私だって、どんな感情であっても、
それを急いで追い払わなくてもいいのかもしれない。
今日は、こんなことで辛かったんだなあ…
私は、こんなことで傷ついたんだ…
そうやって、「怒っている自分」と「怒りそのもの」の間に、ほんの少しだけ距離をつくる。
さっきまで自分の中を占領していた感情を、少し遠くから眺められるようになる。
そして、その感情を抱えている自分まで、少し違って見えてくる。
すると、イライラしていた今日という一日も、
いつかは「そんな日もあったな〜〜!」と思える一日になるのかもしれない。
そうして気づく、
人生は、嬉しかったことだけでできているわけではない ということ。
腹が立った日も泣きたくなった日も、
どうにもならないことに振り回された日も、
自分のことが嫌になった日も、
全部ひっくるめて、「私が生きた時間」だということ。
てなわけで、
わたしは、イライラしたときにショパンを聴く。
「今日でこれが最後だったら」と思って、
少しだけ愛おしむふりをする。
もちろんこれは、「相手を許しましょう!」とかいう話ではありません。
どんな自分でも慈しんで、いつか振り返れるように。
そのときの自分を、良いとか悪いとか裁くのではなく、
そのまま丸ごと愛おしいと思えるように。
ショパンの”別れの曲”を聴きながら
「今日でこれ最後だわ」と愛おしむ ふりをする。
嫌なことに出会したら、いざ試しどき。
ぜひみなさんもショパンの旋律で「自分」を見つめてみてください!

ーいつか行ってみたい!ワルシャワの街ー
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