「Tシャツが乾くまで」を観て
ネタバレありですーーーーーー
最近、現在放送中の「Tシャツが乾くまで」というドラマを最新話まで一気見したのですが、あまりにも面白すぎて激ハマりしています。
なぜ今までリアルタイムでこの面白さを味わってこなかったのかと、後悔しているくらいです。(ちなみに今日の22時から最新話の放送です。楽しみ。)
ちなみに、あらすじとしてはこんな感じです。
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ある夏の日、二組の夫婦がとある事故に巻き込まれてしまう。それがきっかけで、当たり前に続いていくと思っていた二組の夫婦の幸せな日常が、突如として崩れ去っていくことに。さらに、その事故が暴いたのは、愛する人の“第3金曜日の秘密”だった——。
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最初は事件からの立ち直りを描いた感動ドラマなのかなとか、事故の裏側のドロドロした愛憎劇みたいなのがあるのかなとか、そうな風に考えていました。
ですか確かに事件の謎に迫っていく楽しみや感動ドラマのような部分ももちろんありますが、それ以上にこのドラマの面白さは充が戻ってきてから顕になっていくそれぞれの人間模様であると感じました。
このお話では冒頭から「フィルター」という言葉が多用されています。
乾燥機の「フィルター」、好きな人「フィルター」、ルンバの「フィルター」。
フィルターの役割は端的にいうと「不要なものを取り除き、必要なものだけを通過させること」です。
家電にとってのフィルターは汚さないため傷つけないために必要不可欠なものです。
ですが、人間関係においてのフィルターは時に人を盲目的にさせるし、自分を傷つけないためのフィルターが人を傷つけたりもします。
それがこのドラマの1番伝えたいことなんじゃないかと、私は感じました。
人にはそれぞれに持っているフィルターがあり、それは成長する過程で自ら作り上げたものもあれば、家族や環境から無理やりつけられたものなど沢山の種類があります。
フィルターを通して人を見て、フィルターを通して自分の行動を外に出しているのです。
今回のお話でいうと
充は親から「自分はいらない存在であるというフィルター」を無理やりつけられていますし、安心できなかった幼少期の環境から「所属することや逃げ出せないことが怖いというフィルター」をつけられています。
そのことから充はいい人のふりをしないと自分は受け入れてもらえないと思いながら世界を見ているし、所属することへの恐怖から逃げ出さずにはいられず失踪癖を持ってしまっています。
他の登場人物も同様です。
あずさは親の顔を知らず施設で育ったために、自分の話を聞いてもらいたいという欲が人一倍強いし、他人の生い立ちや価値観についてやけに知りたがります。また人との距離感が近く、少し図々しい部分もあります。
樹生は自分の気持ちに寄り添ってくれず正しさを求める親のもとで育ったので、人との関係性が淡白で深い質問を避ける傾向にあります。また「こうするべき」という客観的な正しさを求める思考が強いので、あずさからも「ちょうど」を求める人だと言われています。
咲子は自分の話を聞いてくれず決めつけては怒る親のもとで育ったので、怒りの感情が薄く嫌なことを言われてもニコニコ笑顔を浮かべてしまうし、感情をぶつけ合うことに耐えられずその場を離れてしまいます。樹生のためには怒れても自分のためには怒れません。
これは私が私のフィルターを通して見た4人の姿ですが、こんな風に人はそれぞれのフィルターを通して世界を見て、行動を選んでいるんだと思います。
この4人の傾向は昨今では「親ガチャ」「毒親」「回避型」「愛着障害」「アダルトチルドレン」といった言葉を使って分類されているように思います。
ですがそれらの強い言葉を使わずにフィルターというたった一言で、それぞれの世界の見え方や経てきた境遇を表現することができるんだと、プロのお力に本当に感動しました。
フィルターは自分が見ている世界を良くも悪くも変えてしまいます。
例えば今回の失踪やコインランドリーでの関係性はかなり特殊でファンタジーのように感じてしまう人もいるかもしれません。
ですが今回は失踪が1年間と長期間であり、死亡事故まで発生していることからあり得ない話のように聞こえますが、規模を小さくすれば「家族に休みの振り替えを伝えずに1日自分のために休みを使う」ということだって小さな失踪と言えてしまう気がします。
40代50代で人生を変えたくなる「ミッドライフクライシス」という言葉もありますが、それだって一種の失踪願望と言えそうです。
コインランドリーでの関係も「男女が秘密裏に会って話をする」という行為に対して、いかがわしい行為であるというフィルターがかかっているので、明らかにあずさと充が悪のように感じます。
ですが友達にパートナーの愚痴を言う人もいるし、会社の飲み会でパートナーや家族の話をすることだってあります。
充が咲子と樹生に「2人の関係性と何が違うのか」と聞いたように、辛さの中必死に支え合って頑張ってきた咲子と樹生も、他者から見たら"いい感じ"の雰囲気に見えてしまっていました。2人もそれを自覚したから、言い返せませんでした。
こんな風に規模を変えればおそらく誰でもちょっとは共感できてしまう。
ただし、今回のお話に関してはそれによってもたらされた結果があまりにも悪すぎました。
でもこんな話あり得ない、理解できないと切り捨ててしまうのは簡単ですが、自分があり得ないと思うようなことも相手からすれば道理が通っているかもしれないし、逆に自分は正しいと思っていることも他人から見ればおかしいかもしれない。
きっと人は気付かぬうちに自分を正当化して相手を責めている時があるし、自分もしているようなことを相手にされて傷ついたりしています。
「Tシャツが乾くまで」というタイトルはこの登場人物たちが自分のフィルターをほったらかしにせずに、それぞれのフィルターの詰まりを解消して、ちゃんとTシャツを乾かすことができるようになるまでの物語なのかなと思いました。
きっと私自身にもたくさんのフィルターがあると思いますが、フィルターがあると思えているかそうでないか、それだけでも世界の見え方や捉え方は大きく変わるんじゃないかなと思っています。
私もちゃんと自分のTシャツを乾かせるように、自分自身のフィルターも家電のフィルターも放ったらかしにせずにちゃんと向き合って生きていきたいです。
