檻-Impact Riot1969- vol.4
Chapter.4 マティーニ
――革命45ml 沈黙35ml 恋心15ml 裏切り5ml
――見えない毒ほど、よく効く。
六月、雨の季節が始まった。
大学のコンクリートは湿り、鉄パイプには薄く錆が浮き始める。
革命にも錆は生まれる。誰も気付かないだけで。
講堂の壁には新しいスローガンが貼られていた。
【未来を奪うな】
誰が書いたかは分からない。だが学生たちは気に入った。
未来、その言葉がやたらと飛び交う。
未来のため。未来を変えるため。未来を取り戻すため。
しかし、神尾烈は思う。未来とは何だ?
誰も見たことがない。誰も証明できない。
それなのに皆が語る、不思議な言葉だった。
その頃、雨宮遥は暗室にいた。
赤い光、薬品の匂い。静寂。現像液の中から写真が浮かび上がる。
神尾。修羅。朔也。そして、屋上で撮った一枚。
街を見つめる朔也、その横顔。
遥はしばらく見つめていた。恋だと認めたくなかった。
恋愛など、革命の前では取るに足らないものだと思っていた。
しかし、写真を捨てられない。何枚も撮ってしまう。それが答えだった。
暗室を出る、廊下。そこに修羅がいた。
「お…」
遥が驚く。
「何してるの?」
「見回り」
嘘だった。本当は偶然じゃない。遥を探していた。
だが、修羅は嘘が下手だった。
「写真か」
「うん」
「見せろ」
「嫌」
「何で…?」
「恥ずかしいから」
修羅は笑った。その笑顔を見て遥も少し笑う。
それだけ。本当にそれだけだった。しかし、廊下の奥。烈が見ていた。
声はかけずに、ただ立ち止まる。胸の奥がざわつく。
革命では説明できない感情、討論会では解決できない感情。
理屈では勝てないものがあることを、彼は初めて知る。
その夜、大学近くの小さな飲み屋。
高田たちがいた。客は少なく、十人もいない。
岡林がギターを鳴らす。遠藤は酔っている。南は騒いでる。
加藤は煙草を吸っている。いつもの光景。
そこへ神尾が現れた。珍しいことだった。高田が笑う。
「革命家だ」
「茶化すな」
「茶化してない」
神尾は座り、酒を注文する。しばらく沈黙。やがて高田が聞く。
「悩み事か」
「別に…」
「顔に書いてある」
神尾は黙る、図星だった。高田が笑う。
「女か」
神尾が顔を上げる。
「何で分かった?」
店内に笑いが包まれる。岡林まで笑う。
「革命家も人間だったか」
神尾は不機嫌になる。高田がグラスを傾ける。
「なぁ」
「何だ」
「世界を変えるのと女を好きになるの…」
少し考える。
「どっちが難しいと思う?」
神尾は即答した。
「世界だ」
高田は首を振る。
「逆だ」
神尾は眉をひそめる。
「人間一人の心も動かせない奴が…」
静かに酒を飲む。
「世界なんか動かせるわけない」
その言葉だけが、妙に胸に残った。
外は雨、六月の雨。革命の季節は続いている。
だが見えない場所では、友情も。恋も。思想も。少しずつ形を変え始めていた。そしてその変化に、最初に気づいたのは朔也だった。
翌日、屋上。遥が来る。何も言わない。ただ隣に座る。
その距離が以前より近い。朔也は気付く。そして初めて意識してしまう。
自分もまた、彼女を見ていることに。
次回 マンハッタン…
次回 マンハッタン…
