『離婚予定日』を最後まで読んだら、「ダメ主婦」の見え方がまるで変わった
「この主人公、さすがにダメすぎない?」
『離婚予定日』を読み始めたとき、私はかなり本気でそう思いました。
主人公の鮎川早紀は32歳の専業主婦。家事も育児も得意ではなく、料理もろくにしない。買ってきたお弁当をお皿に移し替えて夕食にしてしまうような、かなりのぐうたら主婦です。
集英社の公式紹介にも「ぐーたらな主婦業を満喫」と書かれているくらいなので、これはもう作者公認です。※1
そんな早紀が夫の秀行から、突然離婚を言い渡されます。
ただし、すぐに離婚するわけではありません。
離婚するのは、3年後の10月3日。
専業主婦で仕事の経験もほとんどない早紀は、今すぐ離婚しても生活していけない。だから3年間の猶予を与える。その間に自立してほしい――というわけです。
離婚届を書き、提出するのは3年後。それが「離婚予定日」です。
なんとも奇妙な夫婦の約束から、この物語は始まります。
夫に離婚を宣告されて、ようやく動き始める
最初の早紀は、本当にダメダメです。なので読んでいるこちらも、
「いや、これは夫が嫌になるのも、ちょっとわかる……」と思ってしまいます。
もちろん、だからといって夫の言動がすべて正しいわけではないのですが、少なくとも序盤では「ひどい夫に捨てられたかわいそうな妻」という単純な構図にはなっていません。
早紀自身にも、かなり問題がある。
だからこそ、離婚を宣告されてからの変化がおもしろいのです。
娘の真澄と二人で生きていくためには、自分で稼がなければならない。
そこで早紀は病院で働き始め、資格取得にも挑戦します。
集英社もこの作品を「専業主婦の自立と家族の絆を描くヒューマン・コメディー」と紹介しています。※2
とはいえ、仕事を始めたからといって、急にシャキッとした有能な女性になるわけではありません。
そこは早紀です。
失敗するし、抜けているし、おっちょこちょい。でも、今まで家の中だけで暮らしていた人が、外へ出て、働いて、人と関わる。
その小さな一歩から、早紀の世界がどんどん広がっていきます。
ぐうたら主婦が、なぜかPTA会長に
そして、この漫画はここから予想外の方向へ進み始めます。早紀は、ひょんなことから娘の小学校のPTA会長になってしまいます。
最初の早紀を知っていると、
「いやいや、無理でしょ」と言いたくなります。
人前で話すのも苦手。
リーダーシップがあるわけでもない。そもそも本人が「私がみんなを引っ張ります!」というタイプではありません。
それでも周囲に助けられながら、なんとか役目を果たしていきます。さらに驚くことに、その後は地域の人たちから推され、区議会議員選挙にまで立候補します。※3
弁当を皿に移して「夕飯です」と出していた主婦が、選挙に出る。
なかなかの振り幅です。
ただ、このあたりから私は、この漫画が単純な「ダメ主婦改造物語」ではないことに気づき始めました。
早紀は成長する。でも「できる女」にはならない
普通の成長物語なら、ここで早紀はどんどん有能になっていきそうです。
料理も家事も完璧。
仕事もバリバリ。
人前でも堂々と話せる。
そして夫が、
「こんなにいい女だったなんて……」と後悔する。
そんな展開もありそうです。
でも、『離婚予定日』はそうならない。
早紀は成長しても、最後まで早紀なのです。
相変わらず天然だし、抜けている。
「そこでそうする?」と思うこともある。
ところが、いろいろな人と関わる早紀を見ているうちに、最初は欠点にしか見えなかった部分が、だんだん違って見えてきます。
大雑把だけれど、おおらか。人を疑わないから、騙されそうになる。でも同時に、簡単に人を悪人と決めつけない。
お人好しすぎて、「もう放っておけばいいのに」と思うこともある。でも、困っている人を放っておけない。
つまり、早紀は別人になったわけではないのです。
最初から持っていた性格が、家の外に出ていろいろな人と関わることで、違う角度から見えるようになった。
そして読者の側も、
「あれ? この人、実はすごくいい人なのでは?」
と思い始めます。
私は、この見せ方がすごく好きでした。
私は途中まで「なんだかんだ復縁するんでしょ」と思っていた
実は以前、私は『離婚予定日』を途中まで読んでいました。
そのときの予想は、かなり単純でした。
早紀は離婚をきっかけに成長する。秀行も、変わっていく早紀を見て、失って初めてその大切さに気づく。
そして最後には、
「なんだかんだ言いつつ、復縁するんだろうな」
と思っていたのです。
ただ、読みながら一つ気になっていました。
夫はあんまり成長してないけどな……。
早紀ばかりが外の世界へ出て、失敗して、悩んで、いろいろな経験をして変わっていく。
それに対して秀行は……。
「これで最後に元サヤだったら、私はちょっと納得できないかも」
そんなことを思いながら、前回は途中で読むのをやめました。
ところが今回、久しぶりに再読して最後まで読んでみたら――。
私の予想とは全然違いました。
「えっ、そっちへ行くの?」が何度もやってくる
『離婚予定日』は、タイトルだけを見ると、3年後に夫婦が離婚するのかしないのかを描くホームドラマのように思えます。
実際、最初はそうです。
でも途中から、そんな予想を軽々と飛び越えていきます。
不倫。
仕事。
PTA。
選挙。
親族の問題。
新しい恋愛。
さらに物語後半には、
「えっ、そこまで行くの!?」という事件まで起こります。
完結巻の公式紹介では、早紀が命を狙われ、身を隠す展開にまで発展しています。※4
最初の頃を思い返すと、
「私、何の漫画を読んでいたんだっけ?」
というくらいです(笑)。
でも、これが意外と止まらない。
「この人はこうするだろう」と思っていたら違う。
「ここでこう収まるんだろう」と思ったら、また違う。
常に予想を裏切る展開で、再読なのにドキドキしながら読んでいました。そして、最後まで読んで本当によかったと思いました。
早紀の本当の魅力は、後半になってから見えてくる
物語の後半になるほど、早紀の良さがはっきりしてきます。
特に印象に残ったのは、早紀が自分を傷つけた人に対しても、完全には切り捨てられないところです。
普通なら、
「もう知らない」「自業自得」
と言ってもおかしくない。
むしろ、そのほうが自然だと思うような相手にも、早紀は手を差し伸べてしまいます。
家族のトラブルにも巻き込まれます。
甥の面倒まで見ることになります。
自分の人生だって大変なのに、
「そこまで背負わなくてもいいんじゃない?」
と言いたくなるくらい、人のことまで抱え込む。
早紀自身は、たぶん「私は人を救おう」なんて大げさなことは考えていません。
困っているから助ける。
目の前にいるから放っておけない。
そのくらいの感覚なのだと思います。
でも、そのまっすぐで純な気持ちが、結果的にいろいろな人を変えていく。
そこまで読んで、私はようやく、
「この人の魅力って、これだったんだ」と思いました。
最初は「ダメな妻」という夫の評価を、私も信じていた
そして再読していて、少しおもしろいことに気づきました。
物語の最初で早紀を「ダメ主婦」だと思っているのは、夫だけではありません。
読んでいる私もそう思っていたのです。
家事ができない。
料理をしない。
だらしない。
働いていない。
だから、
「これはダメな妻だな」
と自然に判断してしまう。
つまり、知らないうちに私も、
夫と同じ物差しで早紀を見ていました。
ところが、早紀が家庭の外へ出ると、その評価が揺らぎ始めます。早紀のおおらかさを好きになる人がいる。
彼女に助けられる人がいる。
早紀だから力を貸したいと思う人がいる。
一人の女性として早紀を愛する人も現れます。
すると、
「早紀は本当にダメな女だったのだろうか?」と思えてくる。
もちろん、家事が苦手なのは事実です。
ぐうたらだったのも事実。
直したほうがいいところだって、山ほどあります。
でも、
家事が苦手なことと、人間として魅力がないことは、まったく別の話です。そんな当たり前のことに、何巻もかけて読者自身が気づかされていく。
私はここが、この漫画のかなり巧いところだと思いました。
自立とは「何でも一人でできるようになること」ではなかった
早紀は働くようになります。
資格にも挑戦します。
PTA会長も務めます。
選挙にも出ます。
こうして並べると、「専業主婦だった女性が社会的に自立していく物語」とまとめることができます。
もちろん、それも間違いではありません。でも、最後まで読むと、早紀の自立はもう少し違うものに見えてきます。
早紀は最後まで、一人で何でもできる人にはなりません。
たくさんの人に助けられます。
失敗もします。
迷惑もかけます。
でも、早紀もまた誰かを助けます。
頼ったり、頼られたりしながら、
自分で人生を選ぶようになっていく。
自立するというのは、誰にも頼らなくなることではない。
自分の人生のハンドルを、自分で握ることなのかもしれません。
最初の早紀は、人生のかなりの部分を夫に預けていました。
夫が働いてくれる。
夫が生活を支えてくれる。
その生活が続くことを、どこかで当たり前だと思っていた。
だから離婚宣告は、早紀にとって人生の土台を突然外されるような出来事でした。
でも、そのおかげで彼女は外へ出ることになります。
そして少しずつ、
「夫に愛されている私」以外の自分
を作っていきます。
ここまで来ると、最初に秀行から貼られた「ダメな女」というレッテルは、もう早紀にとってそれほど重要ではなくなっています。
途中で「読後感よくないのよ」と思った人にこそ読んでほしい
この漫画、途中まで読むと結構モヤモヤします。
「なんでそうなるの?」
「早紀、もっと怒っていいよ!」
「いやいや、その人はもう放っておこうよ!」
「そこ許しちゃうの!?」
そんなことを何度も思います。
恋愛関係についても、
「私はそっちじゃないと思うんだけどなあ……」
と感じるところがありました。
だから、途中で読むのをやめてしまう気持ちもわかります。
私自身、そうでした。
でも、もし以前の私と同じように途中まで読んで、
「『離婚予定日』って、なんか読後感よくないのよ」
と思っている人がいたら、ぜひ最後まで読んでみてください。
絶対よくなります。
少なくとも私は、最後まで読んだことで作品の印象がかなり変わりました。
そして何より、早紀という主人公の見え方が変わりました。
「離婚予定日」は、人生が終わる日ではなかった
「離婚予定日」。
改めて考えると、すごいタイトルです。
自分の結婚生活が終わる日を、3年も前から決められている。
カレンダーの未来の日付に、人生の終わりを予約されているようなものです。
でも物語を最後まで読んでからこのタイトルを見ると、少し違って見えます。
夫から「もう愛していない」と言われたことで、早紀は初めて家庭の外へ出ました。
働いて。
失敗して。
人と出会って。
人に助けられて。
自分も誰かを助けて。
恋をして。
いろいろなものを背負って。
そして、自分の人生を自分で選ぶようになった。
そう考えると、「離婚予定日」は早紀にとって単に夫婦が終わる予定日ではありません。
むしろ、
自分の人生を始めるために与えられた期限だったのかもしれません。
そして私は、この物語が「ダメ主婦が立派な女性になりました」で終わらなかったところが好きです。
早紀は最後まで、天然で、抜けていて、お人好しです。
でも、そこがいい。
最初は欠点にしか見えなかったものが、最後にはその人らしさとして愛おしく見えてくる。
人は成長しても、別人になる必要はない。
ダメなところを全部消すことが成長なのではなく、自分の中にもともとあった良さを知り、自分の足で人生を選べるようになる。
『離婚予定日』は、そんな早紀の成長物語だったのだと思います。

参照元リンク一覧
※1 集英社『離婚予定日 1』作品紹介
※2 集英社『離婚予定日 2』作品紹介
※3 集英社『離婚予定日 7』作品紹介
※4 『離婚予定日』11巻 作品情報
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