児童文学「九死に一生」
山の中腹に、全校児童50名余りの小学校があった。
その名を「山中小学校」という。
校舎は、階段を上った一段高い場所にあった。
校長室、職員室、保健室、そして、子どもたちの教室は、わずか3つしかなかった。
ここは、低学年、中学年、高学年が一緒に学ぶ、いわゆる「複式」と呼ばれる小学校だった。
保育園を卒園したこうすけは、この山の小学校に入学した。
自宅から徒歩で片道30分。
その過酷な道のりは、幼いこうすけにとって、簡単な通学手段ではなかった。
入学してまもない、ある日の放課後のことだった。
こうすけは、階段に腰を下ろし、運動場で遊ぶ同級生の様子を眺めていた。
高学年の児童は、清掃活動の真っ最中。
こうすけが座る階段の後ろでは、6年生のお姉さんが、出入口の大きな硝子窓を力を込めて磨いていた。
その時、悲劇が起こった。
ガチャン!
運動場で遊ぶ子どもたちが、遊びをストップするほどの大音響だった。
お姉さんが、気持ちを込めて磨いていた硝子窓が、窓枠ごと、こうすけの頭を直撃したのだ。
誰もが気がついた時、こうすけは頭(こうべ)を垂れ、大声を上げて泣いていた。
まるで、ゆったりと流れ落ちる水のように、鮮血が階段を伝って流れ落ちている。
「キャー!」
大声を上げたのは、窓硝子を磨いていた、あの6年のお姉さんだった。
その声に反応した、多くの子どもたちが、こうすけの周りに集まってきた。
「バケツ、バケツ!」
誰かの声に触発された男の子が、バケツを持ってやってきた。
こうすけの右顎の辺りから、血が滴り落ちている。
バケツ少年はすぐさま、こうすけの右顎の下にバケツを充てがった。
鮮血が、次第にバケツに溜まっていく。
顔を上げたこうすけは、バケツに溜まっていく鮮血を見ているうちに、いつのまにか気を失っていた。
気がつくと、こうすけは病院のベッドに寝ていた。
止血した後、こうすけの右顎は、12針縫い合わされていた。
傷口が1センチ右へズレていたら、こうすけは天国へと旅立っていた。
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これは、本当にあった話です。
私が、小学校1年の時のアクシデントです。
今でも私の右顎には、あの時の傷跡がくっきりと残っています。
右顎を鏡に写し出すたびに、あの頃の事故の記憶が蘇ります。
生きていてよかった――。
今、心から、そう思います。
