人形は、作者のどの部分を代わりに生きてくれるのか
人形の寿命は長い。陶磁器製の球体関節人形は言うに及ばず、布人形さえも、保存さえよければ作られてから70年は持ちこたえると言われています。私の人形の大半は、室内においてさえも飾られることはほとんどありません。保存状態をよくするために、箱に入れて直射日光と埃を避けて保存しているためです。
そんな人形達ですが、作り終えた瞬間から、人形達は私の手を離れて独自の存在となってこの世界に旅立っています。見る人に無垢さを感じさせたり、妖艶さを感じさせたり、全く違う印象を与えながら、人形は人々に無声のまま、訴え続けています。

私は、このタイトルの写真の清純可憐な人形、着せ替え人形ウメコちゃんに関しては、私の生きられなかった、美しい服に囲まれた少女時代を生きてもらいました。
着せ替え人形と言うだけあって、ウメコちゃんは多数の美しいお洋服に着替えられます。何十着ものドレスに、幾つもあるお帽子。バッグ。それだけにウメコちゃんはある時は大人っぽく、ある時は少女っぽく、様々な顔で飾られています。(画像参照)

私は、若い頃に着る服は目立たぬよう、黒い服が多かったし、昔から太目で背も低いので、あまり衣装映えはしません。そして介護で忙しかったので、汚れても悲しくならないような服が多かったです。そういうわけで。とてもではありませんがこうしたキラキラしたカラフルなお洋服は着たことが無いのです。
ところが、ウメコちゃんは、そんな私の代わりに、自由な生活を思わせる様な、どこか楽しいところへすぐさま飛んでいけるかのような華麗な衣装を着て、また、それが似合うような、すらりと長い手足にぎゅっと絞ったウエストをしていて、次は何を着ようかといつも楽しんでいるように見えました。
そういうウメコちゃんを見ていると、なりたくてもなれない、なりようがない、異次元の少女時代を見ているようで、本当に癒されました。美しいものを見ると癒されるのです。特に、私は中原淳一さんの発表されたドレスの様な、1950年代の本当に清楚で可憐な服が大好きでしたので、こういう衣装を実際見てみたい、着ている人に会ってみたいという欲求を満たすことも出来ました。
いかにも可愛らしいお顔立ちで、素敵なスタイルの良い女性はたくさんいらっしゃいますが、服装までも、清楚で華やかで、可憐な中原淳一スタイルの女性には残念ながらお目にかかったことがありませんので、実際にこんな女性にいてほしいと思えば、人形を作って召喚するしかないんですね。逢いたい人は作る!
そして、自宅にいてもらうと、そこだけ、漂ってくるオーラが違うんです。
部屋に置く場所にしても、物の多いごちゃごちゃした場所になんて、とても置くわけにはいきませんから、人形に似合う空間にするために妥協せずに片付ける。そうすると自然と部屋が片付き、美しく磨き上げられた花瓶には花が添えられ、空気も換気され、周りも調和するようにピカピカに磨き上げられるので、本当に人形を置く前と比べたら話にならない程、部屋の雰囲気まで変わってしまいます。
そして、不思議なことに、こうして作ってきた人形達は私の代わりに華やかな少女時代を送るだけではなくて、私自身も表舞台に、連れ出すきっかけとなってくれています。
日の目を浴びぬ奈落の底から、舞台の元へと。
人形が運んできた縁は10年以上前にさかのぼりますが、独自に作っていた人形が福祉関係者の目に留まり、個展をしてみないかと言う提案がなされて、ここで、埼玉県入間市にある喫茶店、メイプルにて、第一回関口直子人形展が行われました。そして、その人形達がとにかく好評だったものですから、そこでの成功と失敗を元に、人形をいかにして飾りやすくするのかという一点を改善と試作を繰り返し、現在のスタイルに落ち着いています。
そして、そうした人形達は埼玉県立近代美術館にて、毎冬開催される障害者アート企画展に展示されるに至り、そこに関わる工房集様をはじめとする多数の福祉関係の皆様にお世話になっています。本当にありがたいことに毎年、出展させていただいておりまして、今年は何を作ろうかと、毎年ワクワクしています。
そして、イケメンのビジュアル系の抱き人形、マリウス・アンブロワーズを作って、展示していただいた際には、その日に出展された作品が、あまりお気に召さず、帰りたいというサインを出しておられた車いすの女性が、マリウスを抱くや、満面の笑みを浮かべて、立ち上がって数歩歩まれたのです。
彼女が大変上機嫌の時に、そうなされるとのことでした。
このように、人形は、私の代わりに、人々に夢を与えたり、人々の心に、明るい光を灯すことが出来る場合がありまして、私一人には出来ない事を、軽々と人形達はやってのけます。そして、そんな光景を見せる事で、私自身に、人形を作るという事の意味を、人形自らが示しているかのように見える時があり、私の代わりに言葉のない語らいの時を持ち、言葉を越えて、人々に語らってくれている事を感じます。それは、言葉に不自由な人にこそ、必要な言葉だったようで、弟も全くしゃべることは出来ませんが、私の作った人形は大好きでして、人形と目を合わせて、にこにこ笑いかけている事もありました。きっと彼の心を静かに掬い上げてくれたことでしょう。
埼玉県立近代美術館にご来場くださったとある盲目の青年に至りましては、雪子ちゃんというお人形に恋をしてしまい、毎年会いに来てくださいます。
さらに、ふらりと立ち寄ったスーツ姿の男性は、桜子を見て、何度も目に焼き付けなければならないと、ぐるぐると桜子を観察なさいまして、更に、会場を出てもう一度見にいらしてくださいました。
このような光景を見るとき、私は人形を作っていて本当に良かったと思いますし、私の出来なかった慰めを、人形が代わりに果たし、人形達が人々の良き友達になってくれているのだと思います。
総括して、人形は、私には出来ない、幻想世界への橋を人々の心にかける夢のお使いとして、生きてくれています。
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