正しさが人を壊すとき
「大人になれ」
そう言われたあの日のことを、私は今でもよく覚えている。
何事にも真正面から向き合っていた私は、周りの大人からは少し面倒くさい人間に見えていたかもしれない。
それでも、言わずにはいられなかった。
飲食店に勤め出した頃、ベテランのパート主婦が私に言った。
「新人は私の言うこと聞いて。私はこの店のことを何でも知っているから。」
「言うことを聞いて」という言葉に違和感を覚えつつ、仕事を覚えるまでは何を言われてもやり過ごした。
実力を付け、少しずつ周りからも信頼されるようになっていったが、パート主婦だけはいつまで経っても変わらず自分を誇示し続けた。
トレーナーになった私は、同じトレーナーだった彼女に言及した。
「新人を育てるのが私たちの仕事なのに、なぜあなたは人を育てようとしないんですか?」
彼女は言った。
「キツく言って辞めるようなやつ、最初から要らないんだよ!」
私は食い下がった。
「でも、あなたのやり方では、育つはずの人も育たないですよ。」
「あなたは、ただ自分が一番で居たいだけなんじゃないですか?」
それを聞いたパート主婦は、顔を真っ赤にして私を怒鳴りつけた。
「年下のくせに!口の利き方もわかってない、生意気なんだよ!!」
しばらくの間、沈黙が続いた。
キッチンの怒鳴り声は、控え室とフロアまで聞こえたらしく、ホールスタッフと店長が慌ててキッチンに駆け込んできた。
「どうしたんですか?!」
すると、彼女はわーっと声を上げて泣き出してしまった。
私は、自分の言ったことに、少なからず正しさを感じていた。
彼女を控え室に連れていき、キッチンに戻ってきた店長が私に声を掛けた。
「一体何があったの?」
私は、当初から彼女の言動、行動に疑問を抱いていたこと、新人を育てる立場でありながら、育てる気がない上に、私が担当している子にまで影響が及んでいることを話した。
「だから彼女に、あなたのせいでみんな辞めていく。みんなあなたのやり方に納得していない。そう言いました。」
話を聞いていた店長と、ホールスタッフ、休憩終わりの副店長が顔を見合わせた。
「彼女には手を焼いている。」
「でもね、現実問題、彼女に抜けられると店は困るんだよ。」
確かに、彼女は仕事が終わっても帰らずほぼ一日店で過ごして雑務をこなしていた。
家族もいるのに、なぜそんなに店に居たがるのか私には理解できなかった。
彼女はよく言っていた。
「私が居なければこの店は回らない」と。
「納得出来ません!私は間違ったことは言ってないですよね?」
興奮する私に副店長が言った。
「うん。分かるよ。君の言ってることは間違ってない。」
「でも、君が大人になるしかない。」
『なぜその言葉を私ではなく、あの人に言わないのか。』
不満だらけの表情をした私に、店長が言った。
「新人教育に必要なことを教えるね。」
「もし、あなたが教えたことを新人が理解しなかったら?どう思う?」
少し考えてからこう答えた。
「私ならちゃんとメモを取るし、復習もします。
分かるようになるまでは何回も聞きます。」
「だから、新人さんにもそのやり方を教えます。やってなかったら、必要な努力をしないんだ。って思います。」
それに対して店長が言った。
「確かにそうだね。
でも、新人が「わからない」と言ったら、それは自分の力不足だと考えた方が良い。」
「教えるのは誰でも出来る。ただ、理解させる所までがトレーナーの役目だってことを忘れちゃだめだよ。」
「教えたのに出来ないっていうのは、自己満足だからね。」
「相手が理解して、実践出来るかまでを見届けるのがトレーナーなんだ。それが出来ると思ったから、あなたにその役割を任せた。」
それを聞いた時、私は自分のしたことの浅はかさが恥ずかしくなった。
私は、年上のパート相手に
「あなたは何もわかっていない」
と息巻いて言ったが、わかっていなかったのは私も同じだった。
店長やその場にいた大人達は、皆すべてを理解したうえで、それでも彼女の必要性を感じていた。
「大人になれ」
その言葉は、若くて世間知らずな私に対して、
世の中の仕組みを教えてくれた初めての言葉だった。
夢から覚めた時、あの日の私がここに居た。
「絶対に許さないから!」
私が最後に夫と交わした言葉は、
お互いを罵るだけの後味の悪いものだった。
「少なからず俺は父親として出来る限りのことをしてきた。」
「俺の存在を否定するなら、全部自分でやれ!!家も売る。出て行け!」
夫は私の苦しみを分かっていないどころか、理解しようとすらしなかった。
一度ならず
二度
三度と。
傷口に塩を塗り込まれるような感覚だった。
浮気されても、不倫をされても、
その度に悩み、苦しみ、何とかしようと踠いてきた。
ただ、
夫を庇えば庇う程、自分を見失う気がした。
そのことに恐怖を感じた。
本当はやり直したかった。
だからこそ、誠心誠意想いを伝えた。
それまで積み重ねた時間を、壊したくなかった。
あの時の私は、
「相手を理解する」ことではなく、
「自分の正しさを証明する」ことに必死だった。
お願いだからわかってほしい。
どうかこれ以上傷付けないで。
自分自身も傷付けないで。
これだけ言えばきっとわかってくれるのではないか。
そんな期待もあった。
でも淡い期待は虚しく打ち砕かれた。
「やっぱりか…」
半ば諦めに似た気持ちで、ため息をつく。
またひとつ、心に積もっていく傷。
疲れ切った心に追い討ちをかけるように棘のある言葉を浴びせる夫に、ついに我慢の限界が来た。
「あなたがこれまで私にしてきたことはモラハラです!」
「これからは直接のやり取りはしません。弁護士をはさみます」
咄嗟に出た言葉だった。
この言葉を放った瞬間から、夫との距離が今までとは比べ物にならない程開いてしまった気がしている。
正直、かなり追い詰められていた。
それは夫も同じだったのかもしれない。
夫は私を蔑み、
「自分の方が騙された被害者だ」
「モラハラ扱いするお前がモラハラだ!」
と言い放った。
私は怒りに震えた。
「この人は、私という人間をどれだけぞんざいに扱うのか。」
ついには生理的嫌悪感で、夫という存在をどうしようもなく受け入れられなくなっていった。
後戻り出来なくなった私は、弁護士相談や不動産屋に出向き、いざという時のための準備をした。
ここで、私は確信を得た。
「私は間違っていない。」
夫の主張は、法律的に見れば筋が通らないことは明白だった。
そのことに安堵した私は、やっと冷静さを取り戻した。
平常心を取り戻すと同時に、
「あの日のこと」を思い出し、ため息をついた。
『私はまた、同じことを繰り返してしまった。』
感情のまま、夫に心ない言葉を投げつけてしまった。
私の言っていることは正しいはずだった。
なのに、なぜこんなにも後ろめたいのか。
私は夫に正論を突きつけ、
理解してもらおうとしていた。
でも、本当は私も
夫を理解しようとはしていなかったのだ。
私は、あの時のことを全く学習していなかった。
夫のしたことは許されたものではない。
ただ、夫は
私たちとやり直したいと考え、
出来る限りのことをして来たのだ。
それが、例え私が納得していないとしても。
夫は夫なりの形で、
やり直そうとしていた。
ただ私は、
それを受け取ることが出来なかった。
無意識のうちに、
「こんな酷いことをしたのだから」
それを前提に夫を見ていた。
「だから、これくらいしてくれて当然。」
「私の気持ちに寄り添ってくれるのが普通」
そう考えてしまっていたのだと、今になって気が付いた。
「あんたは昔の俺と同じだよ。」
「そうやって俺を縛ろうとしている。」
その時の私は、
「散々人を傷つけた人間が何を言っているんだ。」
と、完全にその言葉を無視していた。
でも、夫の言ったことは半分は当たっていると思う。
夫じゃない別の誰かに同じことを言われたなら、私も素直に受け取れたのかもしれない。
夫は、私の努力に目を向けなかった。
「あたりまえ」
出来ること、やることが「あたりまえ。」
その思考では当然、人に感謝などするはずもなかった。
それなのに、自分は「認められるべきだ。」
と主張した。
私もまた、
今あるもの、与えてくれているものには目を向けず、理想の夫であることを求め続けていた。
自分が差し出した傷と引き換えに。
誰よりも
わかり合いたい
分かち合いたい
繋がっていたい
言葉で想いを伝え合いたい
そう願っていたはずの一途な気持ちが、
やがて執着となって夫を苦しめていたのかもしれない。
私にとっては美学でも、
相手にとっては押し付けられるエゴでしかなかった。
私は自分の正しさを選び続け、それを信じて疑わなかった。
夫だけの所為にして。
そして、夫もまた
私の所為にして、
自分の罪の重さから逃れようとしている。
夫の言葉が、かつて私を押さえつけてきた人たちと重なった。
「俺の言うことを聞け!俺の言うことは絶対だ。」
「言うことを聞かないなら助けない」
「生意気だ」
私の両親、あの時のパート。
皆が同じ言葉で、同じ響きで私の心を抉った。
私たちは
自分が抱えている痛みを、
誰かを支配しようとすることでしか伝えられなかった。
そして、わかり合えない苦しみを相手の所為にして、傷と向き合わなかった。
カウンセラーが言った。
「相手にないものを求めすぎるから苦しくなる。」
また、ヨガインストラクターはこう言った。
「どうせ皆んな自分の生きたい世界線でしか生きていない。」
「だから、自分が思うように生きればいい。」
私の生きたい世界線ーー
出来ることなら。
誰も傷つかない
誰も傷つけ合わない
そんな生き方をしたい。
ただ、その願いですら
時に人を救い、傷付けるなら。
私は聖人にも悪人にもなる。
それでも私は、
傷つけ合うしかなかったあの日の私たちを、どこかで救いたいと思ってしまう。
