「下からちゃんと蹴り上げてなかった。だから、もう一回金蹴りするね」【金蹴り体験談】
夜の8時を過ぎた頃、駅までのなだらかな坂道を、ふたりは少しゆっくりめの歩調で下っていた。
さっきまでの賑やかな居酒屋の余韻と、春の終わりの少しひんやりとした夜風が混ざり合って、なんだか心地いい。
「今日の店、ご飯美味しかったね」
彼女がコートのポケットに手を突っ込んだまま、振り返って笑う。
「だろ? あの出汁巻き玉子は絶対頼むべきって言ったじゃない」
「うん、疑ってごめん。本当に美味しかった」
他愛もない会話。けれど、昼間のカフェから始まって、映画を観て、夜ご飯を食べて……丸一日一緒にいたはずなのに、会話のテンポは不思議と途切れない。
街灯が等間隔でふたりの影を路上に落とす。歩くたびに、長く伸びたふたつの影が近づいたり、離れたりしていた。
ふと、沈黙が訪れる。
気まずい沈黙ではない。お互いが「そろそろ駅に着いてしまうな」と思っている時の、少し甘くて切ない沈黙だ。
「……次、いつ空いてる?」
駅の改札が見えてくる手前で、彼が少しだけ歩幅を緩めて訊ねた。
彼女は足を止め、改札のともしびと、彼の顔を交互に見比べる。そして、ちょっとだけ首をかしげて悪戯っぽく微笑んだ。
「んー、来週の土曜日なら。また美味しいお店、連れてってくれる?」
「もちろん。じゃあ、来週ね」
――と、そこで彼の大事な視線が、ふと彼女の腰元へと滑り落ちた。
街灯の光に照らされて、彼女のジーンズのフロント部分に、なんとも言えない違和感がある。
(……ん? あそこ、なんか銀色の金具が見えてないか……?)
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