チョムスキーの言語獲得装置(LAD)
チョムスキーの言語獲得装置(LAD)

子どもは、誰かから文法を一つひとつ教えてもらわなくても、周囲の人が話す言葉を聞きながら、少しずつ言葉を使えるようになっていきます。しかも、単に聞いた言葉をそのまま覚えるだけではありません。これまで聞いたことのない文を理解したり、自分で新しい文を作ったりすることもできるようになります。
こうした子どもの言語獲得能力を説明するために、言語学者のノーム・チョムスキーは、人間には生まれつき言語を獲得するための仕組みが備わっていると考えました。この考えを説明する際に用いられてきたのが、言語獲得装置(Language Acquisition Device:LAD)という概念です。
LADとは、脳の中に実際に存在する特定の「装置」を指しているわけではありません。子どもが周囲から与えられる言語情報を手がかりとして、言語の規則や構造を獲得していくための生得的な仕組みを表す理論的な概念です。
たとえば、日本語を聞いて育つ子どもは日本語を、英語を聞いて育つ子どもは英語を獲得していきます。生まれた時点で特定の言語を知っているわけではありません。それでも、周囲で使われている言語に触れることで、その言語に特徴的な語順や表現の仕方などを身につけていきます。
この考え方では、人間にはさまざまな言語を学ぶための共通した基本設計が備わっており、そこに周囲から入ってくる言語情報が作用することで、それぞれの言語が獲得されていくと考えます。世界には非常に多くの言語がありますが、その表面的な違いの奥には、人間の言語を成り立たせる共通した仕組みがあるのではないか、という発想です。
このような考えは、子どもの言語発達を「大人の言葉をまねして覚えていく過程」だけでは説明できないことを示しています。子どもは限られた言語経験から規則性を見いだし、それを使って新しい表現を理解したり、自分で文を作ったりします。言語を獲得する子どもは、周囲の言葉をただ受け取っているだけではなく、そこから言語の仕組みを組み立てていく存在として捉えられるのです。
一方で、生得的な能力があるからといって、環境が重要ではないということではありません。子どもが実際にどの言語を獲得するのかは、周囲でどのような言葉が使われ、どのような人とのやりとりを経験するのかと深く関係しています。つまり、言語発達を考えるうえでは、生得的な能力と環境との相互作用が重要になります。
なお、チョムスキーの言語理論はその後も大きく変化しており、普遍文法の具体的な内容や、生得的な言語能力をどこまで想定するべきかについては現在も議論があります。そのため、LADを脳内に実在する装置や、現代の言語研究でそのまま確定している仕組みとして理解するのではなく、子どもがなぜこれほど短期間に複雑な言語を獲得できるのかを説明しようとした言語獲得に関する重要な理論的発想として捉えることが大切です。

