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出張編#2 -出発前夜に-

出張へ出発する当日。
何年仕事をしていても、この日だけはなかなか慣れない。
出張先での仕事が嫌なわけではない。新しい土地へ行くこともあるし、仕事そのものにやりがいも感じている。ただ一つだけ、毎回どうしても気持ちが重くなる理由がある。
家族と離れるからだ。
独身の頃は出張なんて何とも思っていなかった。むしろホテル暮らしや外食を少し楽しみにしていたくらいだ。
けれど結婚し、子どもが生まれてからは全く違う。
朝起きて息子の顔を見ることも、仕事から帰ってきて「ただいま」と言うことも、休日に一緒に遊ぶことも、当たり前ではなくなった。
だから出張の日が近づくと少し憂うつになる。
それでも仕事は仕事。
家族のために働いているのだから、頑張らなければならない。
毎回、「よし、今回も頑張ろう」と自分に言い聞かせながら気持ちを整えて出発している。
そんな出張前日のことだった。
いつもなら家中を元気いっぱいに歩き回り、おもちゃを散らかし、笑い声を響かせる息子が妙に静かだった。
普段との違いはほんの少し。
だけど毎日見ているからこそ分かる違和感だった。
妻も同じことを感じていたようで、
「なんだか静かだね」
と顔を見合わせた。
少し心配になりながら様子を見ていると、息子が抱っこをせがんできた。
もちろん喜んで抱き上げる。
すると違和感の正体に気づいた。
体が熱い。
明らかに熱を帯びていた。
急いで体温を測る。
表示された数字は39℃。
思わず息をのんだ。
鼻水は出ていない。
咳もしていない。
だからこそ余計に心配になる。
そんな私とは対照的に、医療従事者である妻は落ち着いていた。
症状や年齢から考えて、おそらく突発性発疹だろうと冷静に判断していた。
頼もしい。
本当に頼もしいのだけれど、父親である私は落ち着かない。
心配で仕方がない。
明日には出張へ出発しなければならない。
もし自分が家にいられたら。
もし代わってあげられたら。
そんなことばかり考えてしまう。
けれど現実は変わらない。
出張は避けられない。
息子の看病は妻に託すしかない。
申し訳ない気持ちと心配な気持ちが入り混じったまま当日の昼を迎えた。
昼食を終える頃には、息子も少し眠そうな様子だった。
出発までまだ少し時間がある。
「寝かしつけるよ」
そう言って抱っこした。
熱があるからか、いつも以上に甘えるように体を預けてくる。
背中を優しくトントンする。
すると驚くほどあっさり眠りについた。
普段ならもう少し遊びたいと抵抗することもあるのに、その日は数分もしないうちに静かな寝息が聞こえてきた。
小さな顔。
少し赤いほっぺ。
安心したような寝顔。
それを見ていたら、不意に胸がぎゅっとなった。
出張先へ向かうだけなのに。
数日後には帰ってくるのに。
なぜだろう。
とても寂しかった。
気づけば目がうるっとしていた。
そんな私の様子を見ていた妻が、くすっと笑う。
「泣いてるの?」
そう言われて慌ててごまかしたけれど、たぶん全部見抜かれていたと思う。
出発の準備を終え、玄関へ向かう。
「こんな父でいいのかな」
思わず妻にそう言った。
すると妻は笑いながら、
「十分でしょ」
と返してくれた。
その一言に少し救われた気がした。
きっと世の中にはもっとどっしり構えた父親もいる。
出張だからと割り切れる人もいるだろう。
だけど私はそうではない。
毎回寂しい。
毎回心配になる。
毎回家族と離れたくないと思う。
それでも家族のために働く。
家族のために出張へ向かう。
父親になってから、強さというものの意味が少し変わった気がする。
平気な顔をすることではなく、寂しさや不安を抱えながらも前へ進むことなのかもしれない。
これから毎週のように出張が続く。
慣れる日が来るのかは分からない。
たぶん来ない気もする。
それでも帰る場所がある。
待ってくれている家族がいる。
だから頑張れる。
出張へ向かう車の中でそんなことを考えながら、私は少しだけ赤くなった目をこすった。


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