見出し画像

小説【檻のベッド】(第13話)       『答えを知る人』


自宅アパートの駐車場でエンジンを切ったあと、気づいた。

そういえば、どこにも寄り道していない。


部屋に戻った私は、まず顔を洗い、

頬を叩いて、ベッドに腰掛けた。


そして静かに始める。

今日の振り返りと、これからやることを。


入院のこと。

移植の話。

アリスとの再会。

親に言うこと。

バイト先への連絡。


優先順位を決めていく。


まずはバイト先に電話から。

スマホを目の前にして、考える。

八木店長に話すこと。

あと、あの長文のマネージャー……名前は……。


──楠木さんだ。

時間を見る。

20時前。

閉店前なら仕事の邪魔にはならない。


心を決めて、ひとつ息をついた。


八木店長に電話した。

ワンコールのあと、

『ほいほい、どしたー?』

「店長ごめんなさい、入院になっちゃって、しばらくお休みさせてもらいます」

『あらま! 今は大丈夫? もう病院?』

「今はアパートです。まだ症状は軽いので、入るのは明後日からです」

『そっかー、春澤さん抜けるとこっちも大変だけど、そんなこと言ってる場合じゃないからね、気にしないで、また退院したら連絡ちょうだい』

さすが店長。

履歴書の、入院するかもしれないです。にも気にしないで、と言っていたオンナだ。話が早い。

話が早いついでに、電話を終わりにするのも早い。

『お大事にー』

「あ、ちょっと待って! 楠木さんいますか?」

『ん? エリマネ? いるよ。代わる?』

「いるならお願いします」


そのあと、スマホから小さく聴こえる、

『なんか話したいみたいですよ』
『えっ? 春澤さん? えっ?』

というやり取り。


『お電話、代わりました。楠木です』

上ずった声が聞こえた。

「春澤です。店長には伝えたのですが、入院のため、しばらくお休みします。昨日ラインに書いたとおり、こんな調子なので副店長なんてとてもできません」

一気に言って、息継ぎをする。

電話の向こうでは、あ、え? とうろたえてる楠木さんの声がしていたが、構わず続けた。

「あと、楠木さんの情熱はすごくわかりました。セクハラの件は休みと関係ないので気にしないでください。それと、楠木さんはそのままで良いと思います。おもしろ……良いと思いますから」

『は、はるさわさん? あのセクハ』

「それでは、失礼します」

切断をタップした。


1件目、終わり。

次は、入院の報告を、親に……。


また考える。


移植の話も伝えなくてはならない。

スマホの上で、指がさまよう。


──嫌だ。

移植は嫌だ。

いつも通り、抗生剤できっと良くなるのに。

余計なことはしたくないのに。


本音が漏れた。


画面を見る目は、今日の日付に向いた。


5月26日。


病気、入院、手紙。5月。


言葉と、連想される場面が浮かんでくる。

そして、


『5月27日に、息を引き取りました』


あの日の声。



明日はエミさんの……命日。

確かめるように指は『エミさん』のLINE画面を開いていた。

私からの送信、

手紙を読みました

で、終わっていた。

返ってこないと思っていた送信に既読がつき、そのあとエミさんの旦那さんと話したんだ。

思い出してくる。


思い出してって仕方ないのに。

いなくなった人とはもう話せないのに。


目頭が熱い。

エミさんと話したい。

聞いてもらいたい。


……何を考えている? 私は。

亡くなった人に、これ以上何を求める?


頭が変になりそうだ。


私の指は、新たに言葉を打っていた。

どうすればいいですか?

返事はなくていい。

返ってくるはずがない。

8年もの時が経っているのだから。

彼女はいないのだから。


わかっていながら、送信した。


エミさんのトーク画面に、私の、

『どうすればいいですか?』

が、表示された。

それにまず驚いた。

エラーで送れないかと思ったら。


アカウントが残っている……?


自分のメッセージに目が止まっていた。


数秒後。

突然の通知音で、心臓が跳ねる。


エミさんのトーク画面に変化はない。

違う人からの通知。

通知パネルの名前を見る。


『春澤 あかね

母親だった。

今日は外来の日だったの?
なにかありましたか?

いつもの余計なお世話の2行が、今日は重く感じた。


──なにかありましたか?


見透かされている気持ちになり、スマホをベッドに投げたくなる。


スマホを握ったまま、固まる。

ヤケになって、どうする?

感情がうるさい。


握る手の中から、また通知音。

母からの返信の催促なのか。嫌だ。

苛立つまま、画面を見た。


『エミさん』

息子のユウマです。
お母さんに会いに行ってあげてください。

◯◯霊園



感情が止まった。


ただ、その文字を見ていた。

霊園の名前の後、住所が書かれていた。

すぐに住所を調べた。


大学病院と同じ市の、郊外。

写真には竹林に囲まれた、穏やかな集合墓地の景色があった。


ここにエミさんが眠っている……?


お母さんに会いに行ってあげてください。


その一言が、

ごちゃごちゃとした感情を止めた。


その一言で、

バラバラの気持ちはひとつになった。












#創作大賞2026
#エンタメ原作部門
#ドラマ脚本
#青春ドラマ








いいなと思ったら応援しよう!