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私が彼の「灯」になるまで ――愛の証明問題(別解)|(6)終

第六章:「正解」の自首と、干からびないための抱擁


 神社での出来事の後、直哉の意見にしたがって、その日のうちに自首した。生徒指導の先生によると、何の問題もないってことだった。
 自首したときの先生たち、直哉の決断について「大したヤツだ」と感心しながら、一方で「やるじゃないか」ってニヤニヤしてるみたいだった。
 2人そろって儀式みたいに、お説教されただけだった。
 私は反省したフリをして、直哉の襟の汗の臭い、塩辛い皮膚とか背中の感触ばかりを、思い浮かべていた。微笑みを噛み殺すことに苦しんだ。
 直哉はもう、傑作だった(笑)。
 お説教が進むに連れて、その日の出来事を思い出したのが、真っ赤になって、ひたすら恐縮してた。
 身長175cmあるのに、165cmの私より小さくなってた。
 かわいい!こんなにコイツ、かわいかったの?反則だわ!

 やっぱり田舎の噂は、光速だった(笑)。
 翌日、直哉が登校すると、男子からもみくちゃにされてた。相変わらず真っ赤だった。
 だけど、直哉の自首の即断に、男子は「おお〜さすがは相沢!」って感心していた。

 直哉の言葉。
「逃げると課題から追いかけられて、いつまでも終わらない。立ち向かうと早く解決に向かう」

 あんた、人生何周したの?
 あんた、サバイバーだね。

 私も女子から冷やかされたけど、どうってこと、なかった。
 女子も直哉の決断を褒めていた。
 「彼、頼れる人♡」とか言う女子も居た。

 ちょっと、私のことも褒めなさいよ。
 直哉の意見に賛成して、ちゃんと一緒に怒られたのよ?

 ……思い出した。
 神社の一件の翌日、直哉のお父さんから私の父に電話があった。
 電話は私がとった。
 直哉のお父さん、直哉の声とそっくり!
 彼より世慣れた大人って感じ。
 私の父に代わった。
 父も世慣れた大人として対応していた。

 あの日から私と直哉は、スマホで連絡をしている。

はるか 直哉、お父さんに自首したの?

なおや うん。その日のうちに。母も同席した。

はるか 怒られた?

なおや いいえ。

はるか 2人とも怒らなかったの?

なおや 2人ともベテランの教員だから。

はるか ?

なおや ベテラン2人が「お前の言葉に嘘は感じない」だって。

はるか ボロボロに怒られたかと思った。

なおや 古谷さんはどうなの?

はるか 私もその日のうちにお母さんに自首した。

はるか お母さんがお父さんに説明したみたい。私は何も言われなかった。

はるか さっき、直哉のお父さんから電話あった。

なおや え?何だろ。

はるか わかんない。お父さん同士で話して、納得してたよ。

なおや 2人は学校に自首し、問題なしとされました。

なおや 私としては様子を見ようと思います、とか言ったんじゃない?

(教員の血が炸裂してる(笑))

はるか 解説プリーズ!

なおや 直球でよい?

はるか OK!

なおや 古谷さんが妊娠するとか、バカップルな振る舞いで

なおや 他人をイラつかせない限り、黙認ってことだと思う。

(え?え?そこまで踏み込んじゃう?エッチ!)

はるか 直球過ぎ♡ちょっとはロマンチックに言えないの?

なおや 一線を越えない限りOK。

(言っちゃった!言っちゃった!キャー!)

はるか ぷぷぷぷぷ。

なおや ラブシーンなしの映画のように付き合えばよいんじゃ?

はるか 何それ?

なおや 文字どおり。

(これを喰らえ!具体的にイメージさせたろ!)

はるか ラブシーンの詳細希望!

なおや 18禁のため閲覧禁止!

(あ、逃げる気だ!)

はるか 高3のうちに18になるよ♡

なおや 在学中はアウト!

(高校卒業したら、私とアダルトなことしちゃうってこと?)

はるか キャーーー♡

なおや おちつけ、素数を数えるんだ!

はるか 素数♡はい、2,3,5,7,11,13,17,……♡

なおや 今夜は勉強にならん。おやすみなさい。

はるか おやすみ♡


はるか ねえ!ねえ!直哉!起きてる?


はるか ねえってば!

なおや こら、遥、もう寝なさい!

(保護者ヅラした!バグってる!あはははは)

はるか ぷぷぷぷぷ。

はるか おやすみ、直哉♡

なおや マジでおやすみなさい。古谷さん。

(ちょ、なんで古谷さんに戻るの(笑)。もー!……)


 ……私ってバカだったわ。
 黒歴史そのものだわ。
 浮かれすぎだわ。
 今では二児の母なのに(笑)。

 思い出してしまった。
 今さらながら、とっても恥ずかしい。

 直哉のせいよ!
 私の隣でアホな顔で寝てるくせに!


 結局、高校のとき、直哉は鉄壁だった。
 だけど私も臆病だった。
 だって退学とか嫌だったし。
 からかう程度。それで十分に面白かった。

 だけど、高3で付き合い始めて半年くらい経った頃、「高1のバレンタインチョコ」のネタバラシをして、彼を問い詰めた。そしたら彼、目から血を出しそうな顔で、「古谷さん、好きというか、居てくれないと、干からびて死んじゃうよ」とか言った。いや、言わせた!
 思わず飛びついてキスしちゃった!
 キャーーー♡


 ……私、死んだほうがいいかしら。誰か私を殺して!

 キスしたとき、直哉から抱きしめられて、そのまま……なんてないないない。だけど、すごい力だった。苦しかった。

 直哉め!

 高3のバレンタインは、お互い受験に追われて、何も連絡できなかった。

第七章:四年の聖域、左手の嘘、そして「ヒト」への帰還


 そして、高校を卒業して、私は地元の県立大、彼は東京の私大に進んだ。
 大学っていうところは、高校の「一軍」ばかりが目立つ、ガキの群ればかりが目立つ、そういう場所でしかなかった。
 心惹かれる男子も、話の合う女子も、誰一人、居なかった。
 高校時代の「一軍」のような外見の男女は、ほとんど例外なく「一軍」だった(笑)。
 無理して「一軍」やってるイタい男女も居たわね。
 もちろん、直哉みたいな学生はきっと居たはず。
 でも、大学では、そういう男女は表に出てこない。
 わざわざ探す動機が、私にはなかった。
 大学での新たな出会いへの期待は、こうして早々に萎んでしまった。

 私は風俗店の客引きみたいな、饐えた男女の群れが嫌で、サークルからもすぐに抜けたし、飲み会は全部断った。
 魂胆が見え透いてる、顔にはりつこうとする連中のところに、誰が行くものか!
 大学1年の9月から、母の結婚指輪を借りた。
 在学中は左手の薬指から、指輪を外さなかった。

 直哉も同じ気持ちだったみたい。
 スマホでの連絡に、彼の苛立ちがこもってた。

(なんだよ、ここは。勉強できるだけの『一軍』しか居ない。面白い人は群れないから見つからない)
(ゼミの連中は素晴らしい。7人だけだよ。学友って言えるのは)

 私のゼミには勉強すらできない、「一軍」しか居なかったわ。
 直哉がうらやましかった。

 直哉のアパートには、大学2年の夏休みのとき、一回だけ行った。
 東京の家賃は狂ってるわ。
 あんな古いアパート一部屋で月6万円とか(笑)。
 あれは犬小屋よ。直哉がかわいそうだった。
 大学1年の夏休みは、運転免許の教習所に2人で通ってた。
 冬休みは、直哉のお祖母様が亡くなった。
 だから、大学1年が終る春休みになって、ようやく2人だけの秘め事を交わすことができた。
 回を重ねるほど、とめどなく気持ちが溢れて、止めようがなかった。

 その再現を今回、彼のアパートで期待してたけど、これでは無理だわ。私ではなくて、直哉の方が無理。

「この部屋に遥を入れると、ホント、部屋がミジメ過ぎて泣けてくる」

 彼は私を自分の部屋に、泊めなかった。
 その代わり、首都圏で働いてる叔父さん家に泊めてもらえるよう、手配してくれていた。

 もちろん、彼も一緒に泊まった。
 彼のお父さんの弟らしい。
 かわいい娘さんが2人。賑やかなお家だった。
 夕食と朝食をご馳走になった。
 とても美味しかった。

「直哉くん、なんでここに彼女を連れて来るんだよ。とは言ったけど、キレイなホテルは高いし、やすっぽいラブホテルにこんな娘さんを泊めたくないか。ウチにも娘が居るから、お前の気持ち、分かるよ」
「ちょっと、叔母さんビックリだわ。うちの娘たちがかすんで見えるわ〜。私は火あぶりの刑にされた気分だわ(笑)
 中学2年生と小学4年生の姉妹は、お口を開けて、ポカンと私を見ていた。
「叔母さん、それは言い過ぎです。古谷さんはヒトですよ(笑)」
「あのな、直哉くん、彼女を呼ぶときは、ファーストネームで呼べ」
「2人だけのときなら存分に呼んでますよ」

「……直哉さん、私を『東博』の何とかっていう、青いお椀に例えたんですよ。『あれは遥そのものだ』って」
「直哉くん、叔母さん詳しく知りたいな。それは何?」
 彼はスマホを取り出して、画面をスワイプして、表示された画像を叔母さんに示した。
「へえー、東京国立博物館に展示されているの。とても、きれいな青磁じゃないの。……これ、国宝って書いてあるわよ。直哉くん、彼女を国宝に例えたの?ヒュー!情熱的じゃないの」
「案外、言うな。見かけによらず。ヒュー!これは『馬蝗絆』か!
 この夫婦は仲良しだわ。無理して飾っている感じがまったくしない。
 直哉の従妹2人も面白がって、私たちに「ヒューヒュー!」って言い出した。
「直哉兄ちゃん、顔、真っ赤!」
「遥お姉ちゃんも、真っ赤!」
「……そんなことないって!」
「……いいえ、遥ちゃん、あなたの顔は今、とても綺麗なスカーレット!クリムゾン!……うらやましいわ。本当に私、骨まで焼かれてるような気持ちだわ。若いっていいわ。素晴らしい!」

 私は目の前の夫妻のようになりたいと、心から思った。直哉と同じ血を引く叔父さんの明るい表情と、打てば響く奧さん、優しさと幸せに満ちた奧さん、そして無邪気な娘ちゃん達……。
(直哉は私の願いを、分かってくれるだろうか。……分からせればいい。私のすべてを燃やして、彼の『灯』になることで)

 私を助けるかのように、彼はこう説明した。
「この無駄を削ぎ落としたような洗練されたデザイン、そして柔和にして高貴なイメージが、彼女にぴったりなんです」
「お前、憎いね!この色男!」
「直哉くん、明日、遥ちゃんを上野まで連れて行って、見せてあげなよ」
「そうしたいのですが、生憎、フライトの時間を考えると、ゆっくりできないんですよ」
「……残念!東京国立博物館に行くなら、贅沢に時間を使わないと。今回はあきらめて、また別の機会に、ってことだね」
「そうさせてもらいます」

 夕食の後、夜遅くまで、叔父さん、叔母さん、直哉と私で話し込んだ。楽しい時間だった。
 直哉は随分と抵抗したけど、結局、叔父さんと叔母さん2人に押し切られて、私と同室で寝ることになっちゃった。

「直哉くん、ウチは部屋が足りないからさ、古谷さん、いや遥さんと同じ部屋に泊まれ」
「叔父さん、いくらなんでも、それはあんまりでしょう」
「ダメだよ。遥ちゃん、寂しがるよ」
「叔母さんが、古谷さんと、一緒の部屋で寝ればいいじゃないすか」
「直哉くん、あきらめろ。俺と同部屋だと、俺の鼾で直哉くんが寝られない。どうせ眠れないなら、彼女と一緒に眠れない方がいいさ……俺は嫁と一緒の部屋がいいんだよ」
「叔母さんは遥ちゃんと、いろいろ女同士のお話をしたいけど、まずは彼氏と一緒にしてあげないと。……というわけで、あきらめなさい。直哉くん。そんなに遥ちゃんを避けたら、不自然よ。可哀想よ」

 私は困ったふりをして下に向けていた視線を、直哉に向けた。
 私には拒む意思なんて全然ない。
「直哉さん、叔父様は奥様と一緒に居たいのよ。……それに、家の主にここまで言われたら、仕方ないって。……ひょっとして、私のこと、嫌い?」
 彼は、口をもごもごさせていた。本当に困り果てた顔だった。
「ちょ、ちょっと、それは狡くないか?」

「直哉くん、君の負け!」

 私は机の下、足先で直哉の脚をつついた。
 そして、素知らぬ顔で、髪をいじった。
 彼がためらった理由、たぶん、油断だわ。
 準備のないまま私をこの家に招き入れた彼を、困らせてやりたかった。
 家の主がそう言うのなら、仕方ないじゃない。……ねえ、直哉さん。

 私たちはその部屋に、家の主から背中を押されるようにして入った。
 朝まで過ごす室内には、重厚な革と古い紙の匂いが立ち込めていた。
 壁一面を埋め尽くす蔵書の背表紙が、わずかな明かりを吸い込んでいる。

 落とされた照明。
 私から離れ、背を向けて横たわる、彼の輪郭。
 まだ、寝てはいない。
 拒絶に近い静寂が、部屋を支配している。
 私は闇に慣れるのを待たず、彼へと寝返りを打った。
 衣擦れの音。
 剥き出しの素肌に、空調の風が突き刺さる。
 私の熱が、冷風に溶けていく。
 同時に、彼の肌の湿り気が、私の指先へと伝播する。
 這わせた手。
 腕から、硬い肩へ。
 そして、無防備な首筋へ。
 指先で、彼の脈動を探り当てる。 
 吸い付いた、その柔らかな場所に。
 私の脈動はうるさく、呼吸は浅い。
 春に刻んだ「秘め事」を、なぞるように再現する。
 他人の家。壁一枚向こうの気配。
 それが私たちの感覚を、より鋭敏に、より深く研ぎ澄ませていく。
 唇を噛み、喉にせり上がる声を押し殺した。
 彼と私だけの。
 汗と、呼吸と、静寂が混ざり合う、甘く重い夏の一夜。


 私たちは大学を卒業した後、「週末の恋人同士」を2年間続けた。
 3年目、彼が離島に赴任する可能性が出たとき、プロポーズを受けた。
 プロポーズと言うより、宣言だった。
「離島に行くかも知れないから、遥……いや奧さん、心の用意と引越しの準備をしておいて欲しい」
 もちろん、私は即答した。
「私からも言わせて!結婚しよう!」って。

 直哉は就職してから3年間は本土で勤務した。
 彼を夫にして、ともに離島で3年間を過ごした。
 そして、再び本土に戻ってきた。

 ……結婚してから9年の月日が流れた。
 私は大学で経営学を学んだ。
 結婚するまでは、父の店で働いていた。
 直哉と結婚してからは、主婦をやっているけど、父が引退したなら、そのときは、私が後を継ぐ。
 夫の職場で臨時の事務職員をしながら、今でも勉強を続けている。

 夫は私の意思を知っている。夫は何のためらいも見せず、すぐにこう言ってくれた。
「そのときは、俺を事務員で雇ってくれ。次期社長」って。
 そして、こう加えた。
「軍資金は多い方がいいだろう。退職金をたくさんもらえるよう、一生懸命、働くよ」って。

 夫は極めて優秀な事務方となり、併せて法務も担えるだろう。
 本当に心強い夫。
 ……いや、彼を社長に据え、私は秘書となって影のように寄り添う、っていうのも悪くない。法務と経営がいつも一緒なら、経営判断の速度が上がる。魅力的なアイデアだわ……。
 どっちだとしても、彼を選んだ私が、一番偉いんだけどね。




(完)

 この作品は、登場人物も組織も団体も、書かれていることはすべてフィクションです。現実世界とは一切関係ありません。