【ネタバレ考察】まどマギ ワルプルギスの廻天 まどかハッピーエンド説
ワルプルギスの廻天 感想
廻天見てきました!!前回の公開から時間も経っていることもあり、序盤は本当について行くのに必死でした笑
上映時間は140分と少し長めなこともあり、途中で中弛みしたりしないか心配しましたが、そんな心配は不要でした!!中盤に差し掛かったあたりからは本当に一瞬でした!
世界観や演出もまどマギらしく洗練されており、見応えも没入感も大満足です!!
以下はネタバレを含む考察になるので改行します
※TVシリーズ最終話、『[新編]叛逆の物語』、『ワルプルギスの廻天』全編の重大なネタバレを含みます。
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本作の考察は比較的「まどかが円環に連れ戻される」という1歩進んで2歩下がる結論付けているものが多いです。なのであえて、まどかハッピーエンド説を立てて見ますが、他の考察を否定する目的はありません。
マルグリートが救われた瞬間、「魔女」も「円環の理」も役目を終えたのではないか
名塚底根(魔法少女が魔女になるシステム)は、まどかの世界改変ですでに凍結していた。
でも、それは「終わった」のではなく、円環の理がある間だけ止まっていたのではないか。
ここからは、マルグリート救済によってその一時停止が本当の完了へ変わった、という私の仮説である。
結論:マルグリート救済で、「凍結」は「完了」に変わったのではないか
『ワルプルギスの廻天』のラストで、最も引っかかったのが「円環の理は結局どうなったのか」という点だった。
なぜ巨大な円環のまどかは、鹿目まどかを連れていかずに消えたのか。
なぜ、その後に鹿目まどか自身まで消えたのか。
そして最後に、なぜ名塚底根とキュゥべえが残ったのか。
私は、これらを別々の謎として考えるより、マルグリートの救済から一本につなげると見えやすいのではないかと思う。
結論を先に書く。
円環の理によって凍結されていた名塚底根(魔法少女が魔女になるシステム)は、ワルプルギスが残っていたため、円環を失えば再び動き出す状態だった。けれど今回、そのワルプルギス自身が「マルグリート」という一人の少女として救われた。そこで魔女という第二の生を生み続ける理由そのものがなくなり、名塚底根は円環がなくても凍結したままになった。だから円環の理も、ようやく役目を終えられたのではないか。
名塚底根の最初の凍結は、円環がある間の一時停止だったのではないか
まず、ここは時間順を分けておきたい。
公開されているパンフレットの二次報告では、名塚底根の本が凍結したのは『廻天』終盤ではなく、TV版でまどかが魔女のいない世界へ作り変えた時だとされている。
公式サイトでも、まどかの願いによって世界は魔女が存在しないものへ変わったと説明されている。
つまり、マルグリートが救われた瞬間に、名塚底根が初めて止まったわけではない。
ただし、ここで大事なのは、凍結していることと、役目を完全に終えたことは同じではないという点だ。
TV版の時点では、円環の理が魔法少女を魔女になる前に救っていた。だから新しい魔女は生まれず、名塚底根へ新しい記録も増えない。
でも、魔女の起源にいるワルプルギスは残っていた。
私はここを、マルグリートの願いに残った最後の未完了部分であり、仕組みがまだ終わっていないしるしだと読む。
ならば、円環の理が失われれば、止められていた魔女の仕組みはまた動き出すかもしれない。
公式は『廻天』を「円環の理を失った世界」で、魔法少女たちの運命が「再び廻り始める」物語として紹介している。名塚底根が動き出したことも含めて考えると、あの凍結は削除ではなく、円環による一時停止だったと読める。
ここを3段階で理解すると分かりやすいのではないでしょうか。
円環の理がある
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魔女になる前に救われる
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名塚底根は凍結する
円環の理を失う
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魔女化システムに歪みが生じる
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名塚底根が再び動き出す
そして『廻天』の終盤で、ここに三つ目の状態が生まれたのではないか。
マルグリート自身が救われる
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魔女という第二の生を生み続ける理由がなくなる
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円環の理がなくても、名塚底根はもう自然には動き出さない
つまり今回起きたのは、「停止」ではなく、停止させ続けるものが不要になる完了だった、と考える。
魔女は、マルグリートが作った「第一世代の救済」だった
TV版までの魔女は、魔法少女が絶望した末の姿であり、キュゥべえがエネルギーを回収するための仕組みに見えていた。
ところが『廻天』では、そのさらに前にマルグリートがいたことが示される。
彼女は、絶望の果てに個を失ってしまう少女たちへ、名前と姿と個性を与えた。人間として助けることはできなくても、せめて「その子」として残す。その第二の生が魔女であり、魔女たちを記録する場所が名塚底根だったのではないか。
公式も、名塚底根を「すべての魔女の始まりの場所」と説明している。
もちろん、魔女になれば人を襲い、最後には倒される。完全な救済ではない。
だから後の時代に、まどかが「魔女になる前に救う」という新しい仕組みを作った。
言ってしまえば、
魔女は第一世代の救済システムであり、円環の理は第二世代の救済システムだった。
二人とも、すべての魔法少女を救おうとした。
違うのは、救う場所だけだった。
それでも、救済者のマルグリート本人だけが救われていなかった
マルグリートは、他の少女へ名前と個を与えた。
ところが本人は「マルグリート」という個を失い、複数の魔女が混ざり合ったワルプルギスの夜になってしまった。
つまりワルプルギスは、ただの最強の魔女ではない。
魔女という救済を作ったのに、その救済から最後までこぼれ落ちた少女でもあった。
だから終盤で、まどかが彼女を「ワルプルギス」ではなく「マルグリート」として認識することに意味がある。
他の少女には名前を与えたのに、自分の名前を失った少女へ、最後に名前が返される。
マルグリートが昔、他の少女たちにしようとしたことを、今度はまどかがマルグリート本人へ返している。
「あなたも一人の女の子だった」と。
ここで初めて、救済の最後の一人まで手が届いたのではないか。
マルグリートの願いは、消されたのではなく「成功して終了した」
ここからが大きな仮説になる。
私は、マルグリートが救われたから、本人の願いがキャンセルされたと考えているわけではない。
そうではなく、彼女の願いには終わりがあったのではないか、という話だ。
絶望して個を失う少女に、魔女という第二の生を与える。
その仕組みを作った本人だけが、最後まで個を失ったまま残っていた。
そのマルグリートが一人の少女として救われたことで、「個を失った少女を残さない」という願いは、最後の一人まで届いた。
だから名塚底根は、円環に止めてもらわなくても、もう新しい魔女を生み出す必要がない。
失敗して壊れたのではない。成功して終了した。
この違いが大事だと思う。
魔女の仕組みが終わったなら、円環の理にも仕事がなくなる
円環の理は、魔法少女が魔女になる直前に迎えに行く仕組みである。
ならば、魔女になる道そのものが自然には動かなくなったらどうなるのか。
魔女にならない少女を、「魔女になる前」に救う必要はない。
ここで初めて、円環の理まで役目を終える可能性が生まれる。
終盤で巨大な円環のまどかは、鹿目まどかを取り戻そうとするように現れる。
しかし鹿目まどかが円環と向き合い、何かを伝えると、円環側はまどかを吸収せず、背を向けて消えていく。
この場面を、私はこう読んだ。
「もう大丈夫だよ。あなたが救わなければならない魔女は、もういない」
もちろん、実際にこの台詞を言ったという意味ではない。あのやり取りを、この説に沿って言葉にするなら、という話である。
マルグリートが救われた。
名塚底根は、円環がなくても再び動き出さなくなった。
だから円環の理も、自分の役目を終えられた。
そう読むと、円環のまどかが「戻って仕事を続ける」のではなく、背を向けて消える演出がつながる。
終了する円環と再び一つになったから、鹿目まどかも消えたのではないか
ただ、それならなぜ、ほむらを膝枕していた鹿目まどかまで消えるのか。
そもそも鹿目まどかと円環の理は、本来一つの存在だった。
TV版で、鹿目まどか自身が円環の理になった。それを『叛逆』でほむらが切り離し、「宇宙法則としての円環」と「人間としてのまどか」を別々にした。
『廻天』終盤で、ほむらがその分離を維持していた力を手放したのだとすれば、二つはもう別々ではいられない。
鹿目まどか
+
円環の理
↓
再び一つになる
ただし今回は、円環の理そのものがすでに役目を終えている。
だから、再統合はするが、再稼働はしない。
まどかは円環へ戻って、また永遠に少女たちを救い続けたのではない。
終了する円環と最後に一つになり、この世界から一緒に去った。
そう考えると、円環のまどかが消えた後に、人間のまどかまで消えた順番も説明できる。
最後のキュゥべえは、「停止したサービスの設計図」を見つけたのかもしれない
でも最後に、名塚底根とキュゥべえが残る。
しかし、名塚底根は、もう自然に新しい魔女を生み出す場所ではない。
けれど建物が朽ちても、過去の魔女の記録や、仕組みや痕跡は残っているかもしれない。
公式設定でも、キュゥべえは魔法少女が魔女になる際のエネルギーを利用していた存在である。公式のキャラクター紹介を見ても、魔女化の仕組みは彼らにとって価値が高い。つまり、インキュベーターは魔女システムがなくなった今、新たなエネルギーの回収方法を考えなければならない。
もう自然には動かない魔女化を、自分たちで再構築できるかもしれない場所を発見した。
ここはさらに先の仮説で、キュゥべえが実際に何をするかはまだ分からない。
それでも、「自然な再起動は終わったのに、人工的な再利用の危険だけが残った」と考えると、廃墟の名塚底根とキュゥべえの組み合わせがかなり嫌なものに見えてくる。
この説の弱いところも、一つだけ置いておく
もちろん映画は、「マルグリートが救われたので、未来の魔法少女はもう魔女になりません」と明言していない。
新しく絶望した魔法少女が、その後どうなるのかも描かれていない。
円環の理には、魔女化を止める以外の役割が残っている、という読みも成立する。終盤を「円環の終了」ではなく、「鹿目まどかの帰還や修復」と読むこともできる。
だから、ここまでを公式の答えだと言うつもりはない。
ただ、名塚底根の最初の凍結、円環喪失後の再始動、マルグリート本人の救済、円環のまどかの退場、鹿目まどかの消失、Cパートのキュゥべえまでを一つにつなげるなら、私はこの読みがしっくりくる。
『廻天』は、救済者を救うことで救済システムを終わらせる話だったのかもしれない
マルグリートも、まどかも、すべての魔法少女を救おうとした。
そして二人とも、自分自身を失った。
魔女という第一世代の救済は、マルグリート本人を救えなかった。
円環という第二世代の救済は、鹿目まどか本人を救えなかった。
だから最後に必要だったのは、さらに新しい神や、新しい世界法則ではなかったのかもしれない。
一番古いところまで戻って、最初に取り残されたマルグリートへ、
「あなたも救われていい」
と伝えることだった。
マルグリートが救われたことで、魔女の仕組みは円環がなくても眠れるようになった。
魔女の仕組みが終わったことで、円環の理も役目を終えた。
円環の理が役目を終えたことで、鹿目まどかも「永遠に他人を救い続けるシステム」であり続ける必要がなくなった。
失敗して消えたのではない。
成功して終了した。
そう考えると、『ワルプルギスの廻天』は、魔女を倒す話でも、円環を取り戻す話でもなく、救済者を救うことで、誰か一人を犠牲にし続ける救済そのものを畳んでいく話だったのではないだろうか。
そして、ようやく止まった二つのシステムの設計図だけを、最後にキュゥべえが見つけてしまった。
こんな読み方もあるんじゃないか、という話である。
参照した公開情報
名塚底根の凍結時期を含むパンフレット二次報告(パンフレット原文は未確認)
名塚底根の再始動を円環の不具合と結ぶ観客レビュー(公式説明ではなく一つの解釈)

