アジア美術館のボランティアやってます
美術館の【解説・案内】ボランティアという活動に参加しています。福岡市のアジア美術館は、主に80年代後半以降のアジアの現代美術作品を展示する美術館です。作品には、複雑な政治や歴史背景を語るものも多くあります。
黒い線がつなぐもの

«春の日は過行く-2» では、制服らしきチョゴリを着た数人の若い女性が真面目な顔をして記念撮影に収まっています。写真は、ガラス片のようにいくつもの破片に割られ、黒い粘着性の線で繋いであったり、離れたままであったり。下方に、朝鮮戦争が始まった年の年号が見られます。全体は黄色みを帯びていて、小さな蝶がいくつも画面にちりばめられています。
シンガポール・カトリック系に通う 女子高生の視点
先日シンガポールの高校生の案内をし、この韓国の作家の写真作品を鑑賞しました。そこで、彼らが発した言葉は”COOL”でした。
どこが?との問いに、画面を切り裂く黒い線が、との答え。
彼らにとって、黒い線は決してネガティブな印象とはならないのでしょうか。
わたしにとってその黒い線は、戦争による犠牲者が流した血の跡にほかなりませんでした。写真の中の女性たちが、その後の戦争によって辿ったであろう過酷な運命を想像し、それが作品のすべてだと思い込んでいたのです。
クルーズ船で訪れた高齢のアメリカ人の視点
彼らの感想は、とてもつらく悲しい作品だということ。朝鮮戦争については私自身より詳しそうであり、作品のバックグラウンドを注視して読み取っている様でした。
女子高生の感想”COOL”を紹介すると、意外そうで、あきれたような表情を返してきました。
学習で訪れた小学6年生の視点
見た瞬間の感想は、”怖い”だったけれど、”COOL”かっこいいという感想もあったと紹介すると、作品をしばらく眺めていました。
一人の男の子が、作品の人たちのまなざしが、穏やかでやわらかく見える、と言いました。
その後の私自身の考察ー金継ぎとの出会い
偶然、”金継ぎ”についての映像を見る機会があり、この作品を思い出しました。
”金継ぎ”は壊れた歴史を隠さない、亀裂を避けない、傷そのものを価値あるものに変える、日本ならではの伝統工芸です。
作品の黒い線は、まさしく砕かれた破片をつなぎ合わせ、そこに新たな価値を見出そうとする”COOL”なもの、ともいえます。
美術作品の真の価値は、その普遍性にあると思います。
たとえ創作の動機が特定の歴史や思想に基づいていたとしても、作品は時を経て、作者の意図すら超えた新たな感情を鑑賞者に与え、独り歩きを始める。
改めて作品を眺めると、全体の黄色い色調と画面を飛び交う蝶は、悲劇のその先に訪れる平和や希望を確かに暗示しているようです。
年を重ね、それなりに知識や知恵が身につき、例えばこういった知識や知恵が何かの役に立つのではと思い込んで始めた活動なのですが、一つの作品を通して今回出会った人たちの様々な反応、特に若い人たちの先入観のないみずみずしい感覚には新鮮な驚きがありました。
