作業は減った。それなのに、なぜ疲れるのか
第1章 午後、同じ指示を三度書き直していた
何度も打ち直す指が、止まった午後
午後、机に向かって、私はまだ同じ制度の説明文をAIに書き直させていた。着手したのは午前中だった。
昼休みに一度、頭を空にしたつもりだった。それでも、まだ終わっていない。
隣の席からは、少し若い同僚のキーボードを叩く音が聞こえてくる。
カタカタと、軽い調子で続いている。
同じ仕事をしているわけではないから、あの人だけが早く進んでいるとは限らない。
分かってはいるのに、こういう時に限って、その音がやけに気になった。
何をどこまで伝えれば、望んだ答えが返ってくるのか。自分でもうまく掴めないまま、似たような指示を三度書き直していた。
画面のカーソルは、静かに点滅を続けている。
待っているのは、画面の向こうではなく、こちらのほうだったのかもしれない。 ふと、指が止まった。
時短のはずの作業のなかで、いちばん時間を使っているのが、AIへの説明そのものになっていることに、そのとき気づいたからだ。
判断は、まだ自分のものだった。
「時短のはずが」という違和感の輪郭
欲しい答えにたどり着くまで、指示を出しては、また出し直す。前提を伝え、背景を補い、言い方を変えてみる。
同じやり取りを、何度も繰り返す。
一度で伝わればいいのに、と思う午後が増えた。
手間が減ったはずの作業のなかに、説明するという新しい手間が、いつのまにか居座っている。
伝えたつもりの言葉が、うまく届いていないと分かるたび、小さくため息をついた。
時短のために始めたことのはずだった。それなのに、時間の使い方は、思っていたものとどこか違う。
当時の私は、この違和感に、まだうまく言葉を当てられずにいた。
満足度は上がった。それでも消えないもの
仕事の進み方は、確かに以前とは違ってきている。
半日かかっていた文章の下書きが、今では数十分で形になる。頭を悩ませていた言い回しも、選択肢を並べてもらえば、選ぶだけで済むようになった。
満足していないわけではない。
それでも、日をまたぐ頃になると、疲れがどこかに残っている。
作業は減ったはずなのに、頭の中は、なぜか働き続けている感覚が抜けない。布団に入ってからも、まだ何かを判断し続けているような、落ち着かなさがあった。
何がこの疲れの正体なのか、自分でもまだ、うまく説明できずにいた。
この負荷に、まだ名前がついていない
こうした感覚は、どうやら私だけのものではないらしい。
パーソル総合研究所の調査でも、欲しい回答を得るために指示を出し直すことや、前提や背景をあらためて入力する作業そのものが負担だという声が、悩みの二番目に挙がっていたと聞く。
満足度についても、似た構図がある。
ある調査では、AIを日常的に活用している人のうち、六割を超える人が仕事の満足度の向上を感じている一方で、思考や判断にともなう疲れが増えたと答えた人も、四割ほどいたという話がある。
数字の精度までは、私には分からない。ただ、感覚としては近いものがある。
作業は、確かに減った。それなのに、疲れは減っていかない。
けれど、名前がないだけで、感覚そのものは、はっきりとそこにあった。
隣の同僚のキーボードの音だけが、規則正しく続いている。
この負荷には、まだ名前がついていない。
第2章 疲れているのは、能力ではなく手順だった
判断は、後回しにできない
疲れの正体は、能力の不足ではないと思う。
判断そのものを、後回しにできないことにあるようだ。
AIに作業を任せても、出てきた結果を見るか見ないかを決めるのは、こちらの役目のまま残る。任せた分だけ、判断の機会は減るどころか、形を変えて増えていくような感覚があった。
書き直した説明文を、そのまま使うわけにはいかない。
どこかで必ず、目を通し、要不要を決める瞬間がやってくる。その一瞬だけは、誰にも預けられなかった。
手間は減っても、その一瞬の重さは、前と変わらないままだった。
疲れの出どころは、能力ではなかった
多くの記事は、AIをどう使えば早く終わるかを教えてくれる。
けれど、終わったあとに残る判断をどう扱うかについては、あまり触れられていないように思う。
作業を代替してもらうほど、その結果を評価し、選び、責任を持つ場面は、むしろ積み重なっていく。
ワークフローの組み方次第で、この負荷を減らせるという視点は、まだあまり語られていない気がする。
手は、確かに空くようになった。それなのに、頭のほうは、なかなか休まってくれない。
だから、疲れの理由を「自分の使い方が下手だから」と考えてしまいやすい。
本当は、仕事の順番の問題だったのではないか。
空いた手と、休まらない頭。この二つのずれに、私は名前をつけていなかっただけだったのだと思う。
判断の負荷、と呼んでみると、輪郭がはっきりした。今は、そう思っている。
「検証がいらない仕事」から手を離す
負荷を増やさずに手放せる仕事には、共通点があるらしい。
結果を確認する手間が、もともと小さいことだ。
誤字を拾う。言い回しを整えたり、長い文章を3行にまとめたりする作業も、同じ側に入るようだ。
正しいか誤っているかが、ぱっと見て分かる。
だから、多少の手直しがあっても、確認にかかる時間はわずかで済む。
逆に、企画の是非や、相手にどう伝わるかを判断するような仕事は、正誤がひと目では分からない。
結果を丁寧に見て、意味を汲み取らなければならない。
ここを先に手放すと、判断の負荷は減らないまま、確認の手間だけが増えることになりそうだった。
先に決めてしまえば、渡すものは変わる
とはいえ、検証が要る仕事を全部抱えたままでは、いつまでも手が空かない。
そこで、もうひとつのやり方がある。
判断そのものを、渡す前に自分で済ませてしまうことだ。
何を伝えるか、どこまで書くか、外せない条件は何か。
そこを先に決めきってから渡せば、残るのは形にする作業だけになる。
同じ仕事でも、判断を含んだまま渡すか、判断を終えてから渡すかで、返ってくるものは変わってくるようだ。
前者では、出てきた案の是非を毎回考えることになる。
後者では、決めたとおりになっているかを見るだけで済む。
減らせるのは作業ではなく、判断の総量そのものだった
ここまで考えて、ようやく分かってきたことがある。
AIを使って本当に減らせるのは、作業の量ではなく、判断そのものの総量なのかもしれない。
渡す仕事を選ぶか、渡す前に決めてしまうか。
やり方は違っても、どちらも判断の出番を減らしている点では同じだ。
作業を減らそうとするより、判断を減らそうとするほうが、たぶん近道なのだと思う。
もしかしたら、同じような手応えのなさを、あなたも感じたことがあるかもしれない。
第3章 数時間で終わった仕事と、終わらなかった仕事の違い
「わかりやすくして」と渡した午後
あの午後、私がAIに渡していたのは、制度の原文そのものだった。
条文をそのまま貼りつけて、わかりやすい説明文にしてほしい、と書いた。それだけで伝わるものと思っていた。
返ってきた文章は、よくできていた。
ただ、対象になる職員の範囲が広すぎる。
書き直させると、今度は手続きの期限が抜けていた。
そのたびに、これでいいのか、まだ足りないのかを、私が決めることになる。
指示を出すたび、決める場面が一つずつ増えていく。終わらなかったのは、書く量が多かったからではなかったように思う。
次に渡したのは、箇条書きだった
別の制度で、同じ作業が回ってきたとき、渡す前に手を止めてみた。
決まっていることを、先に書き出してみる。
施行日。対象になる職員。手続きの期限。例外の扱い。
原文を読み直しながら、そこだけを箇条書きにした。
十数行の、そっけない一覧になった。
その一覧を渡して、職員向けの説明文にしてほしい、と書いた。
条件を足したのは、それだけだった。
出てきた文章に、直すところはほとんどなかった。
範囲も期限も、渡したとおりに入っている。
読むべきは、決めたとおりになっているかどうかだけで、足りているかどうかを考える必要はもうなかった。
手を止めていた十数分は、後半で丸ごと返ってきた。
同じことをしていた人がいた
あとになって、noteで似た話を読んだ。
50代の会社員が、これまでの実績をまとめる必要に迫られていたそうだ。
その人がAIに渡したのも、飾らない箇条書きだったという。
担当したこと、改善したこと。事実だけを並べて、言い回しの指定はしなかったらしい。
何日もかかると思っていた作業が、数時間で形になったと書かれていた。
書いているものは違っても、していたことは同じだったのだと思う。
この違いは、誰にでも再現できる
条文を渡したとき、私はまだ何も決めていなかった。
何を載せ、何を落とすかを、出てきた文章を見ながら決めようとしていた。
箇条書きを渡したときは、その決定を先に済ませていた。
だから、あとに残ったのは確認だけだった。
早く終わったのは、AIの性能が変わったからではないのだろう。
決める場所を、後ろから前に動かしただけだった。
そして、決める順番を変えることなら、たぶん、誰にでもできる。
第4章 今日、判断を渡さずに済むこと
残し方①:書いたメールを、失礼がないかだけ見てもらう
自分が書いたメールを、失礼な言い回しがないか、抜け漏れがないかだけ確認してもらう。
これは、いちばんハードルが低い残し方だと思う。
文面はすでに自分の言葉で書いてある。
新しく作らせるわけではなく、見落としがないかを聞くだけでいい。
判断するのは、自分のままでいい。
見てもらうのは、抜け落ちの有無だけで足りた。
残し方②:長い資料を、結論から3つに絞ってもらう
長い社内資料は、「結論を先に」「箇条書きで3点に」「自分の対応事項は分けて」と条件をつけて要約してもらう。
条件を先に決めておくと、出てくる形が安定する。
何が言いたいのか、自分は何をすればいいのかが、先に見えてくるようになった。
要約の中身より、この条件の付け方を決めておくことのほうが、たぶん効いてくる気がする。
残し方③:立てた計画の、抜けている視点だけ聞いてみる
ここだけは、渡す前に決めきってしまう側の使い方になる。
自分で立てた企画や計画は、目的・費用・リスクの観点から、抜けている視点がないかだけを聞いてみる。
中身を評価してもらうわけではない。
見落としがちな視点を、横から示してもらうだけでいい。
ここは、①②より少しハードルが上がるかもしれない。
出てきた指摘を採用するかどうかは、あなた自身の経験で判断すればいい。
第5章 判断は、まだ自分のものだった
あの午後、机の前で、私はまだ同じ指示を書き直していた。
指が止まった、あの瞬間のことを、今も覚えている。
隣の同僚のキーボードの音は、今日も同じ調子で続いている。
作業は減った。
判断の量も、少しずつ減らせるようになった。
それでも、最後の一言をどう置くかは、今も自分で決めている。
窓の外の光が、あの日と同じ角度で差し込んでいる。
判断は、今も、自分のものだった。
ここまで読んでいただき、ありがとうございました。
