Yohji Yamamotoとユニクロ。ファッションを「編集」する。
「Yohji Yamamotoの服が好きだ。」
そう言うと、少し構えて聞かれることがある。
「全身黒なんですか?」
「個性的ですね」
「モード系の人なんですか?」
「パリコレの服ですよね?」
もちろん、それも間違いではない。
しかし私が惹かれるのは、流行やブランドとしてのYohji Yamamotoだけではない。
あの服には、どこか「敗残兵」の匂いがある。
戦いに勝った英雄ではない。
若さを振りかざす革命家でもない。
いろいろなものを失い、
いろいろな間違いを経験し、
それでもなお歩いている人間の姿がある。
だから年齢を重ねるほど、
不思議と似合うようになる(?)。
……そんな風に勝手に解釈している。
若い頃の私は、ファッションそのものを買っていた。
憧れを買い、
イメージを買い、
「なりたい自分」を買っていた。
今は少し違う。
全身をブランドで固めるわけではない。
編集している。
ユニクロで黒いTシャツを買う。
感動パンツを穿く。
そこへYohji Yamamotoのジャケットを一枚羽織る。
むしろ、ユニクロの匿名性があるからこそ、
Yohjiの輪郭が浮かび上がる。
考えてみれば、人生も似たようなものかもしれない。
若い頃は、何者かになろうとしていた。
特別な場所へ行こうとしていた。
しかし今は、特別な何かを足すというより、
不要なものを削りながら、
自分なりの形を編集している。
Yohji Yamamotoとユニクロ。
一見すると正反対に見える。
しかし私にとっては、
その二つを組み合わせることで、
ようやく今の自分が出来上がる。
「黒服や 敗残兵が 夢の痕」
そんな芭蕉にも怒られそうな一句を思い浮かべながら、
今日もまた黒いジャケットに袖を通す。
「これは礼服じゃないんだぞー。」って。
たぶん、若い頃に見ていた未来の残骸を、
なんとか着続けているだけなのだ。
