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🐉ドラゴンソード⚔️

友人たちとボードゲームをしている最中に、小学生の頃に使っていたお裁縫セットの話になった。
示し合わせたように6人とも「ドラゴン」だった。

ナップサックやエプロンもドラゴンだったよね!と言うと、そこは後々のことも考えて、私以外は無難な絵柄にしたという。

さては、観光地で「龍の剣」を欲しがったなと言われたので、当然だという風にポンと胸を叩いた。

男の子とはそういうものだ。

龍とドラゴンは別物だ。
龍は神として崇められる存在で、ドラゴンは悪として退治される存在というのが、私の考えだ。

寺社の天井画に雲龍図があると神々しく感じるのに、龍の絵柄の家庭科3点セット(裁縫セット、ナップサック、エプロン)の所持は小学生男児を彷彿させるのは不思議である。

京都の雲龍図で好きなものがある。
山科の毘沙門堂跡と妙心寺の法塔をお勧めしたい。

毘沙門堂跡の雲龍図は八方睨みの龍である。
畳の中をグルグルしても、ずっと目が合うのだ。
俯くと負けたような気になるので、部屋から出ていくタイミングが難しい。

毘沙門堂跡は「もみじの絨毯」で有名だが、雲龍図を見に行くなら晩秋は避けた方が良い。
床板からの冷気が容赦なく足下を冷やし、ゆっくり見て居られない。

妙心寺の雲龍図は「狩野探幽」が描いた八方睨みの龍で、目が合い続けるだけでなく、一周する間に龍が昇ったり、降ったりと動いているように見える。

ところで「探幽」という名前を見てズルいなと思わないだろうか?
「目に見えない物事までも探求する」とは、奥深い素敵な名前だと思うのだ。

さて、大人になって好きな雲龍図を見つけたが、長く私の心を占めていた雲龍図は小学生の頃に見た建仁寺の双龍図であった。

まだ描かれて数年しか経ってなかったので、図が綺麗すぎて、古いお寺に似つかわしくないと感じ、納得がいかなかった。

勝手にお寺に絵を描いてはダメだろとすら思った。
先生から配られたプリントの双龍図の作者は誰かという問には、「大工さん」と書いた。
建物に関する仕事をする人は全て大工さんなのだ。

あれから20年近くが経ち、建仁寺の天井画を見上げると優しい顔をした双龍と目が合った。
きっと、この親しみのある顔も嫌だったのだろう。

今は天井を見上げる首が痛い。
双龍も煤けてきている。
お互いに歳を重ねたなと、可笑しい気持ちになる。

「もう、龍の剣は必要ないのかい?」
双龍が優しい声色で尋ねてくる。

龍が居なくなったのはいつからだろうか。
中学校の家庭科でエコバッグを縫う時間があったが、絵柄の候補からドラゴンは消えていた。

「龍はさ……小学生までなんだよ。」
そう言って、双龍の目から視線を逸らした。

「本当に?」

相変わらず優しい声色ではあるが疑り深い龍だ。
辰年以外で龍を見る機会なんてないのだ。
……辰年、京都十六社参り、達成したら龍の置物が貰える。

「剣は必要ないけど、縁起ものは必要だよ」
顔を上げて、双龍の目を見ると、可笑しそうな優しい顔がそこにはあった。


年始から京都中を駆け巡ると、干支の縁起物が貰えます。
こんな社があるのかと楽しく回りました。
……いや、寒空の下で歩き回ったので、修行だったかも。


東京で初の切り絵御朱印
かっこよかろ?


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