【エッセイの書き方が分からない】
エッセイってなんなんですか
書いてる方を見ると、日常を書いて書いて書きまくるのがエッセイなんだと思います。なのでそれに則って書いてみます。そうしたらただの日記が出来上がりました。そこで察しました、これは頭が良い方が書くのだと。そこで別の見方をすると、エッセイを書くと頭が良くなるのでは?ということで書きます。
私はよく小説を書いてます
ノンフィクションからフィクションまで、ハッピーエンドもメリーバッドエンドも書いてます。
どちらかと言うとメリーバッドエンドが書きやすい印象ですね。
書きながら「ここ伏線はれるな」とか「ここで意味深なこと言っておいて、最終的に触れずにいたら面白いかな」とか考えながら書いてます。
実際に世に出るかは分からないですが、とりあえず書いておいて、後は見てくれる方任せにするという技法を粗方使いまくっています。
そんな事をしていると、周りの考察コメや意味深歌詞などを見て思うんです。この方も同じ思考なのかな〜って。「この歌詞ってもしかして」「このMVってもしかして」そんなコメントが音楽には溢れかえっています。私もその類のコメントはいくつかしたことがありますし、自分で気に入っている考察や他の方が書いたお気に入り考察だってあります。そういうものは全て「こうだったら」が入ります。人間の思考とかそういうのですね。
「"こうだったら"かっこいい」とか「"こうだったら"おしゃれ」、「"こうだったら"エモい」という願望に近い何かが入っているのが考察です。これらは計画したものから、気づいていないもの、とりあえず意味深にしたかっただけとか。色んなパターンがあると思います。そのパターンを色々してきた自分だからこそ人の意味深を疑うんだと思います。嘘をついた人は人を信じれなくなるって感じのそれです。ほんとにそんな言葉あるのか知らないですけど。現にこんな深そうで水溜まりくらい浅い話をエッセイとして繰り広げているのも、憧れのあの人の目に止まって欲しいからなんです。私欲です。だから今も人を疑う原因は増えていきます。「この人もきっと私欲」という考えが増えていきます。面白いですよね、自分から気づかない方が幸せと呼ばれるようなものに気づいていくなんて。私は人のことを誰彼構わず「愚か」だと認定しています。私の性格が悪いわけでも、皆さんの性格が悪い訳でもなく、人間である以上は愚かにすぎません。愚かから抜け出す方法は、人間から違う何かになるのみです。その違う何かになったとしても、自分ら愚かな人間に滅ぼされるかもしれませんけどね。少しどころかとても話が逸れました。このような話が逸れるというところも、今現在生きているというところも含めて、私達人間は愚かなんでしょうね。なんて思ったりもします。この思考が世に出ることなんて無いと思っていましたが、出してしまいました。
とりあえず1000文字ちょっと書いてみましたけど、意外と書けるものなんですね。エッセイなのかは分かりませんが。ありがとうございました。
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