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魏志倭人伝から邪馬台国を読み解く その4 女王国の国々(倭国)

 邪馬台国の後に書かれている女王国(倭国)の国々について考察します。

□名前だけが書かれている倭国の国々

 女王がいる邪馬台国より北には、次のような国名があると記載されている。国への行き方や距離や詳細は省略し、国名だけが並んでいる形だ。

自女王國以北 其戸數道里可得略載 其餘旁國遠絶 不可得詳

次有斯馬國次有巳百支國次有伊邪國次有都支國次有彌奴國次有好古都國次有不呼國次有姐奴國次有對蘇國次有蘇奴國次有呼邑國次有華奴蘇奴國次有
鬼國次有爲吾國次有鬼奴國次有邪馬國次有躬臣國次有巴利國次有支惟國次有烏奴國次有奴國 此女王境界所盡

魏志倭人伝より女王国の国々

 これらの21カ国の国々を順に並べると以下になる。

斯馬国 しま、すま
巳百支国 いはき、いひやくき、しほき、いほき
伊邪国 いや、いじゃ
都支国 つき、とき、とし
彌奴国 みな、みぬ
好古都国 こくつ、ここつ、ここと、こうこと
不呼国 ふこ
姐奴国 しゃな、そぬ、そな、しゃぬ、
對蘇国 とき、つそ、たいそ、ついそ
蘇奴国 さな、そぬ、そな
呼邑国 こおく、こゆう、こふ
華奴蘇奴国 げなさな、かぬそぬ、かなそな
鬼国 き
爲吾国 いが、いご、いわ
鬼奴国 きぬ、きな
邪馬国 やま、じゃま
躬臣国 くじ、くしん
巴利国 はり
支惟国 きい、しい
烏奴国 おな、うぬ
奴国 な (奴国だけ2回目の登場)

邪馬台国以降の女王国(倭国)の国々

 これらの国々を、名前の呼び方に照らし合わせて、日本の地域に当てはめている方々も沢山いて、邪馬台国の畿内説、九州説など、それぞれの説に合わせて比定地が検討されている。他にも、そもそも、邪馬台国以降のこれらの21カ国は、多数の国々があるようにみせかけた実在しない架空の国々の名前を書いただけという説もある。

 これらの国々の漢字は、倭人が伝えた国名に対して当時の中国人が書いて記録した当て字のため、読む音には意味があるが、漢字の持つ意味自体にはあまり意味がないと思う。基本的には、中華思想に基づいて辺境の蛮族が住む国々のため、倭国を見下していて、例えば奴や鬼などの下賤な文字をあえて選んで用いているからだ。

 私自身は、これらの国名の音から比定地を探したことはなく、この国は、この地域だという深い考えがあるわけではない。ただ全体がこの辺りに納まるはずという考えがあるだけだ。

 なぜならば、漢字の読み方が正しいのか分からず、当時からある地名がいまも残っているのかも分からず、国名が地名だったのかも分からないからだ。当時の王の名前で呼ばれていた国や、地域名とは異なる別の国名がついていた可能性もある。つまり、考察するには、あまりにも不確定要素が多すぎるからだ。

 さらに言えば、私自身は、北部九州に女王国(倭国)があった(筑紫平野や福岡平野が中心)と考えているため、これらの国々がこの辺りのどの辺りにあったとしても、仮に多少のズレが生じたとしても、自説の大筋には全く影響が無いためだ。

 台与(とよ)や壱与(いよ)の説があった場合、私には、どちらかでなければ成り立たないような自説、そしてそれだけを前提にした仮説はあまり考えたくない、という思考があります。

 例えば、以下のような推論、仮説です。

 「卑弥呼の宗女で卑弥呼の後継者は、台与(とよ)であり、これは豊(とよ)の国の巫女であることを示す。つまり、豊の国(現大分県)は、邪馬台国の支配地域であったことが分かる。

 そして、大分には、有名な全国の八幡宮の総本社である宇佐神宮がある。宇佐神宮には、応神天皇、比売大神、神功皇后の三神が祀られている。この比売大神こそ、台与のことだ。なぜならば、神功皇后には妹である豊姫(とよひめ)がいる。血縁関係と名前からも分かる通り、この豊姫こそが台与(とよ)のことだからだ。つまり、神功皇后こそが、卑弥呼であることが分かる。

 よって、これまで考えられてきた通り、邪馬台国がヤマト政権に発展したことが確認できる。ヤマト政権は、ご存知の通り、畿内を中心に発達した勢力である。これにより、この当時に、ヤマト政権が既に九州まで全国を支配地にしていることが分かる。つまり、邪馬台国は畿内の大和(やまと)のことである。

 畿内の大和には、この時代を代表するような大規模な遺跡である纏向遺跡や大規模な前方後円墳である箸墓古墳がある。この時代で一番大きな墓に埋葬されるのは、当然、この時代の王に他ならない。よって箸墓古墳の埋葬者は、邪馬台国の女王であった台与(とよ)・豊姫(とよひめ)である。」のような考え方です。

 ざっと繋がるように考えてみたのですが、如何でしょうか。もし、論理的に説得力がある、主張しているストーリー展開に違和感がなく、不自然さを感じないようであれば、嬉しいです。ただ、もちろん、私は、上記のように考えているわけではありません。

 この仮説は、全てが、卑弥呼の後継者が、「とよ(台与)」ということが大前提になっています。もし、そもそも「壱与(いよ)」が正しければ、全く成立しません。もし、台与と書いてある漢字を、「ダヨ」、「ダイヨ」、「ドヨ」、「ドゥヨ」などの発音だったとしても、同じく成立しません。

 このため、私は、仮に「イヨ」だろうが、「トヨ」だろうが、「ダヨ」や「ドゥヨ」でも、大筋の考えに、全く影響の無いような考え方、不確かな大前提には依存しない、1点突破ではなく、多角的に説明が出来る仮説を考えたい、それこそが間違いのない歴史の真実なのではないかと思っています。

 というのも、古代史における数々の選択肢、判断を行う中で、常に正解だけを自分が選び続ける自信は全く無いからです。過去の勉強でも仕事でも、失敗や間違いだらけです。そんな私が、古代史だけ、正解を選び続けられるわけはありません。

 仮に4つの選択肢がある場合、正解を選ぶ正解率は1/4で、25%になります。仮に2つの選択肢がある中で、4回の選択を繰り返した場合は、全部正解する確率は、2の4乗分の1で、正解率は6.25%になります。このように、古代史では様々なことが考えられ、仮説を検討し選択していく中で、常に正解を選び続けるのは、とても難しいため、少しでも正解、真実に近づけるように、出来る限り多数の根拠があるような考え方をしたいと思っています。
 
 そうすることで、客観的にも、論理的にも、説明が出来て、納得感のある歴史解釈や、古代史の想像、あるいは、推理や妄想が出来るのではないか、と思っています。

 上記の仮説を例にするならば、もし、「台与=トヨ=豊姫=箸墓古墳」が事実ならば、読み方がトヨだけの根拠ではなく、他にも箸墓古墳にまつわる豊姫の伝承があるや、日本書紀には箸墓古墳にまつわる豊姫の話が書かれている(実際は違います)などの裏づけがあるはずという考え方です。逆に、もし上記の仮説が事実ではないならば、この仮説と矛盾するような根拠、例えば、箸墓古墳の埋葬者は、別の人物であるという伝承が残っていて、日本書紀でも別の人物の墓とされているなど(実際がそうです)、が見つかるはずという考え方です。

 そもそも、上記の仮説だと、一番肝心ななぜ畿内のヤマト政権が、畿内の倭国の都、邪馬台国があるにも関わらず、なぜわざわざ大分の田舎の姫を女王(台与も、卑弥呼も)にするのか?や、そこまで具体的に卑弥呼、台与のことが分かっておきながら、なぜ日本書紀にも古事記にも、一切記載がないのか?や、なぜ日本書紀には、箸墓古墳は倭迹迹日百襲姫命(やまとととひももそひめのみこと/やまとととびももそひめのみこと)が、埋葬者と記載されているのか?など、本質的な大きな疑問があります。
 
 これは、現在ビジネス風に言うならば、ロジカルシンキングで考えてみた論理的な仮説を、クリティカルシンキングで考察して、論理的に正しいかを検証してみる、論理的に正しい考え方を導くのと同じようなイメージです。

個人的な歴史考察の考え方

□蘇の付く国々

 魏志倭人伝の倭国、卑弥呼の女王国の中には、對(対)蘇国蘇奴国華奴蘇奴国と、蘇(そ)の字が付く国が3つある。漢字は当て字だとして、ソという音でいえば、姐奴国(そぬこく)も、実は、蘇奴国(そぬこく)と書いてもおかしくはなく、同じソ(蘇)のつく国と考えても良いのかもしれない。

 後の『隋書』では、「倭国には、阿蘇山という火山があり噴火する」旨が記載されている。日本では、昔から大きな山や川などの周りにその名前がつく地名となっているケースは多々あり、これらの三カ国は阿蘇山の周辺国の可能性がかなり高いと思う。実際には山々の近くではなくとも、阿蘇山の山々が見える位置がある場所や、あるいは、阿蘇山にゆかりのあった人々が暮らす国などの可能性もあると思う。

 というのも、正しいのかどうかは分からないが、阿蘇山の阿は、例えば、阿兄、阿父、阿母のような意味での尊敬の意図を含んだ接頭語の意味合いか、あるいは阿吽(あうん)の呼吸のような梵語の第一字母音の意味合いでの付与された接頭語であり、本来は、蘇山(そざん)だったのではと思うからである。その蘇(ソ)の方の漢字が使われている所に、阿蘇山が比較的近くにあったのではというリアリティーを感じる。

 阿蘇山(あそさん)という名前だと、日本の山という感覚だが、蘇山(ソザン)となると、急に中国や朝鮮半島の山という印象になる。もしかしたら、最初に移り住んで来た渡来人の人達が故郷の村の近くにあったソザンを思い出し、最初にソザンと呼び始め、やがて日本人の人達が、阿の接頭語を付けて、阿蘇山(あそさん)と呼ばれるようになったのかもしれない。

 中国側の正史の倭国に関する記述では、倭国に阿蘇山だけしか登場していないのも、実は重要な情報だと思っている。なぜならば、例えば、富士山、琵琶湖、宍道湖、淡路島、桜島、瀬戸内海が出てこないなど、日本の特徴的な山々等の地形が出て来ていないのは、そこはまだ『魏志倭人伝』に書かれている倭国に入っていなかったからではないかと思うからである。

 ※『隋書倭国伝』での阿蘇山に関する記載は、以下となります。ご参照ください。

 謎の古墳時代を読み解く 隋書の倭国 後編

□奴の付く国々

 実は『魏志倭人伝』に出てくる倭国の約30ヵ国の中には、奴の字の付く国が非常に多い。

奴国(1回目)
弥奴国
姐奴国
蘇奴国
華奴蘇奴国
鬼奴国
烏奴国
奴国(2回目)
狗奴国

魏志倭人伝より奴の字が入る国名

 もしかすると、この中には奴国の分国や周辺国、あるいは属国など、関連性のある国々が存在していた可能性があるかもしれない。もちろん、国名の呼び名の音がたまたま同じだけで無関係の可能性もある。この場合、「な」とは、九州地方の古い言葉で、土地、大地を表すという説もあるようだ。以前にも奴国の考察で触れたように日本のやまと言葉の漢字表現だと「那(な)」という漢字になるのではと思う。もう1つ、邪馬台国と争っていた狗奴国にも奴の字が入っている。このため、狗奴国は元は奴国から分離した人達の国と考える説もある。その可能性もあり得ると思う。

 実は、後の時代の『旧唐書』の倭人条(旧唐書には倭と日本が別々に並記されていて、もう1つの日本条には、日本は倭の別種と記述されている)には、「倭は、いにしえの倭の奴国なり」という記載がある。次の『新唐書』には、「日本は、いにしえの倭の奴なり」という記載がある。中国の正史では、日本国、倭国は昔の奴国がルーツだと記録されている。これは、1つ前の時代の『後漢書』に、「建武中元二年(57年、弥生時代の中期)に、倭の奴国の使者が朝貢した」事が書かれていて、一番古くから認識されている国だからと思う。あるいは、最終的には、邪馬台国が狗奴国との戦いで負けてしまったのか、両国が疲弊してしまい、その際に、力を蓄えた奴国(及び奴国に従う連合国)が全ての国々を従えて女王国を統一した可能性も十分あると思う。

 もう1つは、奴国や邪馬台国、いわゆる女王国が広い範囲で合体して邪馬台国が制圧して、後の大宰府にも繋がるような九州北部地域に巨大な筑紫国を形成したからかもと思う。

※『旧唐書』については、謎の古墳時代を読み解くの旧唐書にある倭国 前編 倭国最後の遣唐使および、それ以降をご参照ください。

九州内の阿蘇を中心とした地図

□邪馬国という国も存在

 参考までに書くと、女王国の中には、邪馬台国の台がついていないだけの国も出てくる。国の場所が近くて元の地名が同じだったのか、兄弟国のような関係性があるのか、あるいはたまたまで、全く無関係なのかは、残された今となっては謎のままである。

 一番シンプルに音から考えると、もし邪馬がヤマと発音するのであれば、それはそのまま単純に山の事ではと思っている。だとすれば、山国(つまりは、邪馬国)や、山一国(つまりは、邪馬壱国)、山ニ国や、山台国(つまりは、邪馬台国)、山上国や山下国など、山のつく国々が沢山あっても不思議はない。

 もし、古代中国の漢の時代の発音で、「台(や壱)」の読み方の発音が分かり、古代の倭国の言葉で、その音の言葉の意味が分かれば、邪馬台国と邪馬国の違いが何かが分かるかもしれない(例えば、山の麓の国と、山の国の違いのようなイメージ)。いずれにせよ、おそらくは、名前からも近くにある国同士なんだろうと思う。

 最近、なるほど、そういう見方もあるんだなと勉強になった説がありましたのでご紹介だけします。

「邪馬台国の後に国名だけが並んでいる国々は、実際には当時から実在しない国々。最初に倭国から約30ヵ国が中国に朝貢に来ていると作者が書いた手前、辻褄が合うように合計が約30ヵ国になるようにただ適当に架空の国々を並べただけ。」

 もちろん、この理解が正しいか正しくないかは分かりませんが、ただ確かに一理はある考え方で、そうだったとしても全くおかしくはないと思いました。なぜならば、中国側としては少しオーバーに書いて沢山の国々が朝貢して来たことにした方が、中国皇帝の徳が高まるからです。

 私は、今のところ全部架空だとしたら、人の心理的にはもう少しバラバラの音の漢字で考えそうなものだと思ったので(奴の字がやたら多い、阿蘇山を連想する蘇がある国々、奴国が二回登場する、邪馬壱国と邪馬国がある等々)、実在していた、あるいは、一応実在した国々も混じっていたと解釈したいと思っています。古代中国人が架空で想像して名付けたら、東西南北の方位や、干支の動物や、水や火や木や、あるいは重複なく全部バラバラの漢字を用いて国名を作りそうなイメージがあります。
 
 ここでは、その可能性と、それくらい『魏志倭人伝』の解釈は多様性があるという例としてお伝えしておきます。

女王国に関する解釈の一例
生成AIが本記事を読んで作成したイメージ画像

⬛次回は、邪馬壱国と邪馬台国論争について

 次回に続く

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最後までお読み頂きありがとうございました😊

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