一人広報が最初に捨てるべき3つの仕事
一人広報の名刺には、肩書きがひとつしか書いていない。
だが、実際に担っている役割を正直に列挙したら、名刺の裏まで埋まる。
リリースを書く。メディアに送る。問い合わせに答える。SNSを更新する。社内報をつくる。展示会のパネルを校正する。社長のスピーチ原稿に赤を入れる。採用ページの文章を直す。ノベルティの色校を確認する。
そして時々、炎上の火消しをする。
求人票にはこう書いてあったはずだ。
「幅広い業務に携われる、裁量の大きなポジションです」
嘘ではない。ただし正確に翻訳すると、こうなる。
誰も設計しなかった仕事の集積場。
真面目な人ほど、全部やろうとする。そして全部が70点になる。
問題は、広報の成果が足し算では評価されないことだ。
リリースを月4本出しても、練度が低ければ記事にならない。
SNSを毎日更新しても、戦略がなければ誰も見ない。
メディアに100枚名刺を配っても、深い関係が一件もなければゼロと同じだ。
70点の仕事とは、要するに成果の発生する閾値を超えていない仕事である。だから5つ並べても、合計はゼロに近い。70点を5つ並べても、350点にはならないのだ。
一方、ひとつだけ95点があれば、そこから成果が出る。この非線形性を理解しない限り、一人広報は永遠に忙しいまま評価されない。
捨てるべき仕事(その1)社内報
まず社内報を手放す。
これは反論が出る提案だ。
「社員の一体感が」「経営理念の浸透が」——分かる。
だが、二つの事実を確認したい。
ひとつ、社内報を読んで会社を辞めない社員はいない。
逆に、社内報がないから辞めた社員もいない。エンゲージメントに効くのは制度と上司であって、紙面ではない。
ふたつ、社内報は本来、人事または経営企画の管轄である。広報が持っているのは、単に「昔からそうだったから」だ。
全廃を主張しているのではない。月刊を四半期刊に落とす。それだけで年間の作業量が4分の1になり、しかも一号あたりの質が上がるので評判はむしろ良くなる。これは「サボり」ではなく「頻度の再設計」である。会議でもそう説明すればいい。
捨てるべき仕事(その2)無差別に届く取材依頼への丁寧な対応
一人広報のメールボックスには、毎日「取材のご相談」が届く。
うち大半は、業界リストに一斉送信されたテンプレートだ。掲載料が発生する記事広告か、実質的に読者のいない媒体である。
真面目な人ほど、すべてに丁寧な返信を書く。一件30分、月20件で10時間。稼働の6%が、まず成果を生まない作業に消えていく。
やるべきは、判断基準の事前設定と機械的運用だ。発行部数・過去の掲載企業・自社ターゲットとの一致、この三つで足切りする。基準を満たさないものは定型文で丁重にお断りする。
罪悪感を持つ必要はない。断ることで浮いた10時間を、本命の記者3人との関係構築に振り向ける——これは冷淡さではなく、資源配分の判断である。広報とは本来そういう仕事だ。
捨てるべき仕事(その3)毎日更新型のSNS運用
これが一番手放しにくい。
経営陣が「バズ」という単語を愛しているからだ。
だが構造を見てほしい。
継続的なSNS運用には、企画・撮影・ライティング・分析という4つの異なるスキルが要る。しかも毎日発生する。これは本質的に専任者一人分の職務であって、片手間で回せる仕事ではない。
そして重要な点。
質の低いSNS運用は、やらないより悪い。
月に2回、当たり障りのない投稿だけが並ぶ企業アカウント。
あれを見た求職者や顧客が受け取るメッセージは「この会社は対外発信に本気ではない」である。
無言で、24時間、そう発信し続けている。
選択肢は二つ。外部に任せるか、頻度を捨てて「出すときは全力」に切り替えるか。月一の力作は、毎日の惰性より確実に記憶に残る。
捨てた先に何が残るか?
三つを手放すと、残るものは意外なほど少ない。
中核メディア数社との深い関係、そして経営陣の発信を設計すること。実質、これだけだ。
物足りなく見えるだろうか。
だが一年後、この二つに全リソースを注いだ広報担当者と、七つの業務を70点で回した担当者を比べてほしい。
掲載本数も、経営会議での発言力も、次の年の予算も、まるで違う数字になっている。
仕事を増やすのは誰にでもできる。上から降ってくるからだ。
減らす決断ができる人間だけが、担当者から戦略家になる。
(加々本裕樹)
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