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「エビデンスがなければ、ただの感想」はどこから来たのか──出典未確認の格言・EBM・匿名掲示板・切り抜き文化をつなぐ系譜学的試論



序──何を追い、何を追わないか

「エビデンスがなければ、ただの感想」。この一文に相当する言い回しは今日、SNSの論争からビジネス向けの言説まで広く反復されており、その近縁表現は後述の通り、通信教育会員を対象とした調査で小学生の流行語1位にもなった。発言の価値は即座に提示できるデータの有無で決まり、データを欠く発言は「感想」に格下げされて議論から退場する──そのような会話のルールを、この種の言い回しは宣言している。

厳密にこの通りの文言が誰かから発せられたわけではない。本稿が追うのは、「定量データを即座に提示できない発言を、感想として議論から退場させる」という言説の型が、どのような条件のもとで成立し、広まったのかである。

本稿の仮説は、この型が単一の人物によって発明されたのではなく、(1)医療・政策・経営における「エビデンス」の権威化、(2)匿名掲示板の出典要求文化、(3)2015年のひろゆき(西村博之)によるテレビ発言、(4)後年の切り抜き動画・論破コンテンツとその商品化、という複数の水脈が交差して形成された、というものである。ただし、これらすべての間に直接的な伝播関係が資料で確認できるわけではない。本稿で扱う材料には、①放送日時や商品化を確認できる直接資料、②同時代の語彙環境を示す状況証拠、③直接の伝播関係は確認できないが意味構造の近い表現、④それらを接続する筆者の解釈、の四種類が含まれる。以下ではこの四者をできるだけ区別しながら検討する。

本稿では以下の用語を区別する。「ソース」を情報の出所、「データ」を観察・測定・記録された素材、「エビデンス」を特定の命題や判断を支持する材料、「根拠」を証拠に限られない理由一般と区別し、「感想」は個人の経験・情動・評価・解釈を含む広い語として用いる。ネット上ではこれらがしばしば互換的に扱われるが、その混同自体が本稿の分析対象の一部である。

1 直接資料の起点──2015年6月22日『ビートたけしのTVタックル』

現在の「感想ですよね/データあるんですか」型ミームの有力な直接的起点の一つは、2015年6月22日放送のテレビ朝日『ビートたけしのTVタックル』に求められる。この回のテーマは「ネットに規制は必要か」であり、規制必要派として評論家の古谷経衡らが、不要派としてひろゆきと堀江貴文が出演していた[1][2]。

ネット上に流通する書き起こしによれば、議論の中で古谷が、ネット動画等の影響で問題行動を起こす人物が「明らかに」増えている、という趣旨の主張を行ったのに対し、ひろゆきは「それってあなたの感想ですよね」と応じたとされる[1]。同じ番組出演からは「なんかそういうデータあるんですか」という発言も切り出され、後にセットで流通することになる。なお、放送日と出演者は記録で確認できる一方、応答の正確な文言と文脈は事後の書き起こしや本人の回想に依存しており、本人の事後説明(ニコニコ動画に関するデマを否定するために一度だけ言った、とするもの[3])と書き起こし上の文脈との間には記述の揺れがある。ミームの来歴を語る資料自体が、すでに伝聞の層を含んでいるのである。

ここで確認しておくべき点が二つある。

第一に、書き起こしが伝える原文脈での発言は、認識論的にそれほど不合理なものではなかった。相手は「明らかに増えている」という経験的・数量的な断定を行っており、それに対して「その『明らか』は主観ではないか」「増加を示すデータはあるか」と問うことは、事実命題と印象の区別を求める、限定された指摘として成立しうる。ひろゆき本人も後年、この言葉は事実と感想を区別する趣旨であり、テレビで一度使ったきりで常用していない、と説明している[3][4]。ただしこれは本人による事後的な説明であって、使用回数が独立に検証されたわけではない。

第二に、「エビデンスがなければ、ただの感想」という現在の要約形は、確認できるひろゆきの原発言そのものではない。「あなたの感想ですよね」(発言の主観性の指摘)と「データあるんですか」(根拠の要求)という二つの発言が、放送後にネット上で一組のテンプレートとして併記・模倣され、やがて「データ/エビデンスがなければ感想にすぎない」という一般命題へと社会の側で合成されていったと考えるのが自然である。この合成の担い手は、厳密にはひろゆき個人ではなく集合的なネット文化である。

2 状況証拠①──匿名掲示板の出典要求文化

ひろゆきの発言が即座に理解され、広く模倣された背景として、彼自身が1999年に開設した2ちゃんねる以来の言語慣行を挙げることができる。少なくとも2000年代以降の匿名掲示板では、「ソースは?」「ソースくれ」といった出典要求の定型句や、「嘘は嘘であると見抜ける人でないと(掲示板を使うのは)難しい」というひろゆき自身の警句が、典型的な応答として広く認識されてきた[2]。匿名掲示板では発言者の肩書や身元によって情報の信頼性を担保できない以上、出所を尋ねる作法には合理的な核がある。

経験的主張をした側がその根拠を示すべきだという立証責任の原則自体は、議論の病理ではない。「問題行動をする人が増えた」と述べた者に対し、「増加を示す資料はあるか」と問うことは正当であり、問う側がその場で反対の証拠を出す義務はない。病理が始まるのは次の段階である。すなわち、根拠が即座に提示されないことを命題が偽である証拠として扱うこと。根拠が示されるたびに要求水準を後から引き上げること。自分が反対命題を断定するときには同じ基準を適用しないこと。証言・記録・事例などを理由なく証拠から除外すること。そして「未確定」を「議論する価値がない」に変換することである。

匿名掲示板の慣行は、情報の出所を尋ねる正当な作法と、立証の全負担を相手に転嫁して自分は何も調べず反論もしない振る舞いとが、同じ「ソースは?」という三文字で実行できてしまう構造を持っていた。この立証コストの非対称性が、後の「エビデンスは?」型テンプレートの会話的な土台の一つになったと考えられる。

3 状況証拠②──「エビデンス」の権威とEBM

「ソース」でも「根拠」でもなく、カタカナの「エビデンス」がこの型の看板に採用された背景として、1990年代以降の医学の動向は無視できない。今日の日本で「エビデンス」という語が帯びる科学的・政策的権威の形成には、複数の源泉(自然科学、統計学、法学、品質管理、行政評価など)があるが、なかでもEvidence-Based Medicine(EBM、根拠に基づく医療)の普及が大きな役割を果たした。

"Evidence-Based Medicine" という名称は、1991年にゴードン・ガイアットが医学文献上で用いたのが初出とされる[5]。1996年にデイヴィッド・サケットらがBMJ誌の論説で与えた定義は、EBMを、個々の患者のケアの意思決定において最良の外部研究証拠を個々の臨床家の専門的技能と統合する営みとして規定し、患者の選択との統合を求め、EBMが「クックブック医療」ではないことを明示していた[6]。つまり定式化されたEBMは、研究証拠・専門的判断・患者の価値観という三項の統合モデルであり、「数値データだけが知識であり、それ以外は感想」という思想ではない。

ただし一般向けの言説では、EBMのうち「最良の研究証拠」という部分だけが切り出され、専門的判断や当事者の選好との統合が省略されて語られることがある。本稿が問題にするミームは、EBMの方法論そのものではなく、そのような単純化された用法──「エビデンス=数字=科学=正しい」という記号的権威──と親和的である。

4 状況証拠③──2010年代日本の「エビデンス」語の行政・出版への浸透

日本社会で「エビデンス」が日常語に近づいたのは2010年代である。出版では2013年の西内啓『統計学が最強の学問である』がベストセラー化し、行政では、行政学者の山本清の整理によれば、政府の「骨太の方針」に「エビデンス」の語が初めて登場するのが2013年、2017年の骨太方針でEBPM(証拠に基づく政策立案)の推進体制構築が明記され、同年8月にEBPM推進委員会が発足した[7]。以後、EBPMの推進は2017年以降毎年、骨太の方針に掲げられている[8][9]。

時系列を正確に並べ直すと次のようになる。

  • 2013年:『統計学が最強の学問である』刊行、骨太方針に「エビデンス」初登場

  • 2015年4月:千葉雅也「アンチ・エビデンス」発表(次節)

  • 2015年6月18日:中室牧子『「学力」の経済学』刊行

  • 2015年6月22日:『TVタックル』での発言

  • 2017年以降:政府EBPMの制度化

  • 2020年代:切り抜き動画・論破コンテンツの隆盛

『「学力」の経済学』の刊行は放送のわずか4日前であり、同書の大衆的普及が発言に先行したとは言えない。同書はむしろ、発言と同時期の言説環境──効果を測定せよ、数字で示せという要求の高まり──を示す資料として扱うべきである。この時系列から言えるのは控えめな命題である。すなわち、2015年6月の発言は真空中に生まれたのではなく、データ重視の語彙が出版と行政の双方で急速に地位を高めつつあった環境に着地した、ということだ。ひろゆきの役割はこの環境を作ったことではなく、環境が求めていた短い定型句を──結果として──供給したことにあると考えられる。

5 同時代の診断──千葉雅也「アンチ・エビデンス」(2015年4月)

この見立てと整合する同時代資料がある。『TVタックル』放送の約2か月前、2015年4月に哲学者の千葉雅也が発表した論考「アンチ・エビデンス──90年代的ストリートの終焉と柑橘系の匂い」である。

千葉はそこで、些末な事柄についてまでデータや文書といった有形のエビデンスを要求し、説明責任のための証憑を残し続けることを強迫的に求める緊張の高まりを「エビデンシャリズム」と名づけた。重要なのは、千葉がこれを、エビデンスは健全な議論に必要だとする実証主義とは明確に区別し、手続きへの強迫的なこだわりとして規定した点である。この態度のもとでは、揺れのある証言や解釈といった量化になじまないものが棄却されがちになる、と千葉は指摘していた[10]。

この論考一つから、日本社会全体がそのような空気に覆われていたとか、その空気がひろゆき発言を生んだとまでは言えない。確認できるのは、2015年4月の時点で、一人の哲学者が「データを出せない発言の格下げ」に相当する現象を独立に診断し、批判していたという事実である。それでもこの符合は、「発言に先行して思想的気候が存在し、ひろゆきはその気候の原因ではなく媒介者だった」という本稿の仮説に、一定の妥当性を与える。

6 意味上の近縁句──出典未確認のデミング帰属格言

このミームには、英語圏に意味構造のよく似た定型句が存在する。

"Without data, you're just another person with an opinion."(データがなければ、あなたは意見を持ったその他大勢の一人にすぎない)

この文は、統計学者・品質管理論者のW・エドワーズ・デミングの言葉として、経営、品質管理、データ分析の世界で無数に引用され、ポスターやスライドの定番となっている[11]。ただし先に明記しておくと、この英語格言から日本語のミームへの直接的な伝播を示す資料は確認できていない。ここでいう近縁性は、あくまで意味構造上のものである。

その上で、この格言の来歴には注目すべき事実がある。デミングの遺産を管理するデミング研究機関(The W. Edwards Deming Institute)のサイト上で、読者からの出典照会に対し担当者が、この引用は認証できていない──彼の著書のいずれにも見当たらず、保有する講義資料にも確認できない──と回答しているのである[12]。同様にデミングへ帰されることの多い "In God we trust; all others must bring data(神なら信じよう。他のものはデータを出せ)" も、確たる典拠を欠くと整理されている[13]。「確認できない」ことは「偽である」ことと同じではない。デミングがどこかで口頭発言した可能性を排除はできない。しかし現状では、これは出典未確認のデミング帰属格言と呼ぶのが正確である。

さらに、確認できるデミング本人の著述は、単純な数値万能主義とは距離がある。同研究機関は、「測定できなければ管理できない」という標語をデミングの主張とする流布を神話として退けており[14]、デミング自身は著書で、目に見える数字だけで経営することの危険を論じ、ロイド・ネルソンの「経営にとって最も重要な数字は未知であるか測定不能である」という言葉を肯定的に引用していた[15]。最も正確な要約は、デミングはデータの活用を強く重視したが、データだけで判断が完結するとは考えていなかった、というものだろう。

この出典の不在は、「データがなければ意見にすぎない」という命題の内容そのものを反証するわけではない。誰が言ったかという来歴と、命題の当否を支える論拠は別の問題である。この事実が示しているのは、より限定的だが十分に皮肉な事態──出典管理を重視するはずのデータ言説が、自らの看板とする引用の出典確認については、驚くほど無頓着に流通させてきた──ということである。

7 直接資料の終点──2020年代、論破記号としての固定

2015年の原発言は、書き起こしが伝える限りでは文脈上限定された指摘だった。しかし2020年代、YouTubeの切り抜き動画文化と「論破王」というメディア上のキャラクター化の中で、前後の文脈と「明らかに」という係争点から切り離された決め台詞だけが流通するようになったと考えられる。この過程を直接資料で示すのは難しいが、変質の到達点を示す確認可能な指標は複数ある。

第一に、2022年、ベネッセが「進研ゼミ小学講座」会員の小学3〜6年生13,816人(女子9,238人、男子3,691人、性別無回答887人)を対象に行った意識調査で、「それってあなたの感想ですよね?」が流行語ランキング1位となった[16][17]。これは無作為抽出の全国代表標本ではなく、日本の小学生一般への普及率を示すものではないが、フレーズが子ども層にまで到達していたことの有力な証拠ではある。注目すべきは使用場面である。「友達が言い訳をしてきた時」に加え、「先生や友達に『テストの点数が悪いな』と言われた時」が挙げられている[16]。点数そのものは検証可能な事実だが、「悪い」には平均点や目標といった評価基準が含まれる混合命題である。それでもこの用例では、「増加を示す根拠を問う」という元の機能から離れ、不都合な評価一般を拒絶する返答へと用途が拡張していることが読み取れる。

第二に、2023年4月、ボタンを押すとひろゆき本人の音声で「それってあなたの感想ですよね?」「なんかそういうデータあるんですか?」等を再生するメッセージマシン『ひろゆきの論破くん』が発売された。メーカーの広報自体が、これらを「相手を論破したい時に使える言葉」として紹介している[18][19]。2024年には同種のボイス玩具がカプセルトイとしても展開され、「理不尽な相手」「嫌な上司」「会議中」での使用が想定されていた[20]。ここから直接言えるのは、遅くとも2023年までに、二つの発言が一組の「論破」記号として商業的に固定されていたことである。切り抜き動画がこの合成を引き起こしたという因果や、商品化が社会全体への普及をもたらしたという因果までは、これらの資料からは証明できない。

第三に、ひろゆき本人が誤解の訂正を試み続けているという事実である。彼は「それってあなたの感想ですよね」を一度しか言っていないと説明し[3][4]、「はい論破」に至っては一度も言ったことがないと公言している[3][4]。真偽の独立検証はできないものの、名義上の話者による離脱の宣言がミームの流通に影響を与えていないこと自体が、ミームの自律性を示している。

8 分析──三つの論理的置換

ここからは筆者の分析枠組みである。原型となった妥当な原則、すなわち「強い経験的主張には相応の証拠が必要である」から、変異形「即座に定量データを提示できない発言は認識価値ゼロ」への距離を、本稿では三つの論理的置換として整理する。

第一の置換は、「エビデンス」から「定量データのみ」への縮減である。証言、観察記録、文書、事例、専門的判断といった多様な証拠形式や合理的判断材料が排除される。これは千葉が2015年に「エビデンシャリズム」の特徴として記述していた、量化になじまないものの棄却[10]と対応し、証拠の等級づけと統合を論じていたEBMの枠組み[6]の決定的な単純化でもある。

第二の置換は、「まだ十分に立証されていない」から「ただの主観」への変換である。仮説、暫定的推論、質的知見、初期警告といった立証途上の中間領域が消去され、認識的地位は「データで確定済み」か「感想」かの二値に圧縮される。

第三の置換は、「主観的判断を含む」から「価値がないので議論不要」への変換である。価値判断、解釈、倫理的評価、個人の経験までもが認識的に無価値なものとして扱われる。ただし注意したいのは、この原則を支持する立場が形式論理上ただちに自己矛盾するわけではない、という点である。経験命題には定量データを要求しつつ、方法論的原則それ自体は哲学的議論で正当化する、という応答は可能だからだ。問題は矛盾ではなく運用にある。この原則を無限定に適用すれば、原則それ自体の正当化方法を説明できなくなり、実際の使用においては、規範命題と経験命題の区別も、自分の主張への基準適用も、たいてい省略される。

原型と変異形の差はこうして開く。前者は証拠要求である。後者は、証拠という語彙を用いた発言権の剥奪に近づく。

9 なぜ拡散したのか──会話的経済性という仮説

この型の拡散力について、本稿は認識論的な正しさではなく会話上の経済性による説明を提案する。短い。あらゆる論点に適用できる。疑問文の形式をとるため自分は何も主張していないと装える。調査・説明・立証のコストを一方的に相手に転嫁できる。「データ」「エビデンス」という語で科学の権威を借用できる。相手の議論の内容を理解しなくても使える。そして議論の目的を、真理の探索から勝敗の判定へすり替えられる。

とりわけ、この型を用いる側は、何をエビデンスとして認めるのか、どの程度の精度を要求するのか、自分の対立仮説にはどんな根拠があるのか、データが得られない場合にどう判断するのかを、明示しないまま運用できる。これらを欠いた「エビデンスは?」は、質問の形式をとった私的ルールの宣言──私が満足する証拠を今すぐ出せなければ私の勝ち──に転化しやすい。EBMが証拠の等級づけと統合の手続きを設計していた[6]のとは対照的に、ミーム版のエビデンス要求では、要求水準を恣意的に設定できることが実践上の強みになっている。

10 結論

以上から言えるのは、ひろゆき一人がこの認識規範を発明した、という単純な歴史ではない。2015年6月のテレビ発言は、既に形成されつつあったデータ重視の言説環境(EBM、統計学ブーム、EBPM前夜)と匿名掲示板の出典要求文化の上に着地し、後年の切り抜き、スタンプ、玩具といった商品化を通じて、文脈を離れた一組の「論破」定型句として固定されていった可能性が高い。ただし、EBM、デミング帰属格言、掲示板文化から現在のミームへの直接的な伝播がすべて資料で確認できたわけではない。本稿が提示したのは、複数の言説的条件の交差という系譜学的な仮説である。

強調しておきたいのは、問題は根拠を求めること自体ではない、という点である。経験的な断定に相応の証拠を求めることは合理的な議論の基本であり、その意味でこのミームの祖先たちには正当な核があった。問題は、問いの種類に応じて必要な証拠を区別せず、「まだ十分に立証されていない」を「ただの感想であり議論する価値がない」へ短絡させる運用にある。

その意味で、このミームはエビデンス思想の正統な後継ではない。証拠の程度、不確実性、文脈、そして最終的に判断を引き受ける責任──エビデンス思想が本来抱え込んでいた面倒な部分──を切り落として複製された、認識論の海賊版である。そして系譜のところどころに、その海賊版らしさは刻まれている。データ至上主義の代表的格言は出典未確認のまま流通し[12]、帰属先とされる統計学者の確認できる著述は数値だけの経営を戒めており[14][15]、決め台詞の名義人は「一度しか言っていない」と訂正を試み続け[3]、そして「エビデンスがなければ、ただの感想」という一文自体、初出を誰も示せない。出典の不在は命題の偽を意味しないが、主張内容の方も定量データをもって証明されたものではない。このことが意味するのは、より地味で、より示唆的なこと──相手に証拠を要求する言説は、自らの来歴の検証には熱心でなかった──である。


※本稿の性質上、[1][2]のような集合的に編集されるネット百科事典を、放送内容の書き起こしを伝える二次資料として参照している。放送日・出演者は番組記録と整合するが、発言の正確な文言はこれらの書き起こしに依存することを明記しておく。

[1] ニコニコ大百科「あなたの感想ですよね」。2015年6月22日放送『ビートたけしのTVタックル』(テーマ「ネットに規制は必要か」)の出演者構成と、古谷経衡の発言およびひろゆきの応答とされるやりとりの書き起こしを収録。https://dic.nicovideo.jp/a/あなたの感想ですよね

[2] ピクシブ百科事典「あなたの感想ですよね」。同発言の初出情報および関連フレーズ(「なんかそういうデータあるんすか」「嘘は嘘であると見抜ける人でないと難しい」等)の整理。https://dic.pixiv.net/a/あなたの感想ですよね

[3] 岡田有花「ひろゆき氏『「はい論破」言ったことない』『それってあなたの感想ですよねは1回きり』なぜ誤解広がる?」Yahoo!ニュース エキスパート、2023年9月10日。ひろゆき本人による「TVタックルで一回だけ言いました」との説明、および「ニコニコ動画に関するデマを否定するため」という本人の文脈説明を含む。https://news.yahoo.co.jp/expert/articles/a7a22cf8faa4211c882d5d319169ac05cd8398af

[4] 「ひろゆき氏 〝論破ブーム〟の真相告白『論破って言ったことない』」東スポWEB、2021年8月6日。ABEMA Prime出演時の本人発言(「はい論破」と言ったことは一度もない、書籍『論破力』のタイトルは出版社が付けた等)の報道。https://www.tokyo-sports.co.jp/articles/-/78133

[5] Zimerman, A. L., "Evidence-Based Medicine: A Short History of a Modern Medical Movement," AMA Journal of Ethics (Virtual Mentor), 2013. Guyatt GH. "Evidence-based medicine." ACP Journal Club 1991;114(suppl 2):A-16 を名称の初出文献として挙げる。https://journalofethics.ama-assn.org/article/evidence-based-medicine-short-history-modern-medical-movement/2013-01

[6] Sackett DL, Rosenberg WMC, Gray JAM, Haynes RB, Richardson WS. "Evidence based medicine: what it is and what it isn't." BMJ 1996;312:71-72. 最良の外部証拠と臨床専門性・患者の選択との統合というEBMの定義、および「クックブック医療」ではないという明示的な限定。https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/8555924/

[7] 山本清「『証拠に基づく政策立案』の課題と展望」『大学経営政策研究』第8号、2018年、217-230頁。骨太方針への「エビデンス」初登場が2013年であること、2017年骨太方針でのEBPM推進体制構築の明記、2017年8月のEBPM推進委員会創設を整理。https://ump.p.u-tokyo.ac.jp/resource/16-資料_山本.pdf

[8] RIETI(経済産業研究所)「EBPM(証拠に基づく政策立案)」。EBPM推進が2017年以降毎年、骨太の方針に掲げられていることの確認。https://www.rieti.go.jp/jp/projects/ebpm/index.html

[9] 内閣官房行政改革推進本部事務局「EBPMの推進について」令和4年6月17日。骨太方針2017「証拠に基づく政策立案(EBPM)と統計の改革を車の両輪として、一体的に推進」の閣議決定文言。https://www.digital.go.jp/assets/contents/node/basic_page/field_ref_resources/2acb2e88-035c-4f38-acb9-fc54e61d6fd7/cef5fb1c/20220623_meeting_EBPM_outline_13.pdf

[10] 千葉雅也「アンチ・エビデンス──90年代的ストリートの終焉と柑橘系の匂い」『10+1 website』2015年4月号。「エビデンシャリズム」の定義(実証主義と区別される強迫的態度、些末な事柄への有形エビデンス要求、揺れのある証言・解釈の棄却傾向)。https://www.10plus1.jp/monthly/2015/04/index03.php

[11] Sketchplanations, "Without data you're just another person with an opinion"。デミング名義での典型的な流通例(起源の証明としてではなく、流通実態の例示として参照)。https://sketchplanations.com/without-data

[12] The W. Edwards Deming Institute, "Sourced Quotes by W. Edwards Deming." 同サイト上で、読者からの出典照会に対し担当者が、当該引用は認証できておらず、著書にも保有する講義資料にも見当たらないと回答している。https://deming.org/sourced-quotes-by-w-edwards-deming/

[13] Wikiquote, "W. Edwards Deming." "In God we trust. All others must bring data." のデミング帰属に確たる典拠がないこと(最古の文証は1978年、Walton 1986経由での流布)の整理。二次的な整理として参照。https://en.wikiquote.org/wiki/W._Edwards_Deming

[14] The W. Edwards Deming Institute, "Myth: If You Can't Measure It, You Can't Manage It." 「測定できなければ管理できない」のデミング帰属を神話として否定し、原文が短縮引用とは逆の趣旨であることを指摘。https://deming.org/myth-if-you-cant-measure-it-you-cant-manage-it/

[15] Hunter, J., "The Conundrum that is Dr. Deming on Metrics, Measures, and Data," Lean Blog, 2017. デミングがロイド・ネルソンの「経営にとって最も重要な数字は未知または測定不能」を肯定的に引用していたこと(原典は Deming, Out of the Crisis, 1986)の整理。https://www.leanblog.org/2017/07/conundrum-dr-deming-metrics-measures-data/

[16] ベネッセコーポレーション「<『進研ゼミ小学講座』小学生13,000人に聞きました!2022年総決算ランキング>」PR TIMES、2022年12月1日。流行語1位「それってあなたの感想ですよね?」、調査対象(小学3〜6年生会員13,816人:女子9,238人、男子3,691人、性別無回答887人)、使用場面の記録。https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000001094.000000120.html

[17] 「『それってあなたの感想ですよね』小学生の流行語1位に ひろゆき本人もコメント」ITmedia NEWS、2022年12月2日。https://www.itmedia.co.jp/news/articles/2212/02/news090.html

[18] ライソン株式会社「“論破王” ひろゆきの声で論破できるか?『ひろゆきの論破くん』4月28日新発売」共同通信PRワイヤー、2023年4月11日。「相手を論破したい時に使える言葉」としての商品紹介と収録ボイス一覧。https://kyodonewsprwire.jp/release/202304114730

[19] 「ひろゆき氏の“名言”を収録したメッセージマシン『ひろゆきの論破くん』4月28日より発売」4Gamer.net、2023年4月11日。https://www.4gamer.net/games/999/G999905/20230411033/

[20] 株式会社ピーナッツ・クラブ「『ひろゆき 論破王 ボイスマスコット』新発売」PR TIMES、2024年6月19日。https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000045.000023076.html

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