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#37 初のカテーテル手術での門脈ステント

 カテーテル手術に先立って、IVRの先生から説明を受けた。優しく、落ち着いた頼れる感じのM先生。

 手術の2日前に血管の状態を調べる為に鼠蹊部の大動脈から造影して血管の状態を検査。当日は右肋骨から穿刺、静脈を通って門脈まで進み金属ステントを留置、増殖してできた静脈瘤を薬を注入して固めて潰す。これを全て局所麻酔で、必要に応じて指示に従い息を止めることが重要と言うことだった。

 事前検査の日、手術着に着替えて徒歩でIVR室に向かう。手術室のように広く大きな照明、真ん中に手術台?とそれに続く筒状のCT。手術台の横には200インチ以上ありそうな大きな画面。CT画像が映し出されている。看護師、医師、全員キャップまで被った手術着。

 台の上に寝て天井を見る。テキパキと準備をする看護師さんたち。一年半前の膵頭十二指腸切除術を思い出す。
「事前検査とそれに続く処置、くらいに思っていたけれど、その仰々しい感じに、結構大変なことするのかも?と改めて思った。

 局所麻酔で鼠蹊部からスルスルと何か入れられていくのを感じる。途中で造影CT。その画像が巨大スクリーンに映し出される。1時間ほどで検査が終わった。ここからが辛かった。鼠蹊部大動脈を突いている為、後の出血が怖いので、動いではいけない。

 そうだった30年近く前、10歳になる息子が先天性心臓疾患の手術をする時の事前検査の際、同様に鼠蹊部大動脈からの検査だった。絶対に動いてはいけない事を伝えるために動きたい盛りの息子に「動いたら大動脈から大出血してその血が噴水みたいに噴き上がって大変なことになるんよ!だから動いたらあかんよ。」と脅したんだった。

 そこまではひどくなくても、私自身も脅されベット上で絶対安静と言われた。そしてどこも痛くないのに動けないって辛い。2時間後足を曲げることが許され、翌朝普通に動けるようになった。

 本番当日、同様にIVR室へ。大体4時間くらいかかるので動かないようにと釘を刺される。
 「気分悪いとか、痛い、痒いなんでも言ってね。」
とこの部屋の看護師トップ方が任せなさいという感じでリラックスさせてくれる。

 右脇肋骨のところにM先生が麻酔。スルスルとカテーテルが入っていく感覚がわかる。動いちゃいけないと言われると、あちこち痒くなってくる。でもまさか本当にここが痒いそこが痒いと言うわけにいかず耐える。

 まさしく「行」

レントゲンを撮る際に、先生が
「ハイ 息止めて」
造影剤注入とレントゲン、その結果を画面で確認しながらカテーテルを進めていくの繰り返し。

途中、CTも何度か撮った。台ごとCTのドームの中に入れられていく。
局所麻酔なので全部わかる。そして指示に応じて息を止める。

「急に血流が変わると影響が大きいので、ちょっと予定を変えて先に 静脈瘤から潰しますね」
先生が枕元で説明する。

なんかよくわからないけれど
「はい わかりました。」

しばらくして、思わず
「うっ」 「ぐっ」 「いった あ」
声が漏れる。

後から聞くと、薬で静脈瘤を硬化させていたらしいが、めちゃくちゃ痛かった。それにつづいて管が肋骨に沿って動いているのがはっきりと感じられ
「いったぁー」
大声が出た。

M先生は
「麻酔足しますね〜」

「麻酔切れかかってるんかーい?」
と心の中でツッコミながら耐える。しばらくすると麻酔がまた聞いてきて、あの痺れているような鈍い感覚に変わる。
「よかった」

「15気圧」先生の指示

狭窄のところをバルーンで圧をかけて広げてるんだろうなと想像する。いろいろ聞こえるのでいろいろ想像する。

「最後の動脈の方から造影して確認しますね。」

 確認が終わるとまた鼠蹊部を圧迫して手術は終了した。4時間が経っていた。ずっとじっとしていたので、体が台と一体化して全く感覚がない気がした。

「即身成仏ってこのずっと先にあるのかもしれない。」
と思った。

 「簡単な処置」と軽く考えていた「手術」が無事終わった。止血の為にまた翌朝まで、動けなかった。

 翌日、普通に動けるようになった。強い痛みは時折あるものの普通に動けるし、食事も許された。
 
 一緒に行くはずだった予定のエジプト旅行に夫だけが出発した。この時は、夫が向こうで大変な目に遭うことなんて想像していなかった。

     ーーー#38につづくーーー



 

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