「私がいなきゃ回らない」という思い込み― 自分の存在価値とは? ―
前回の記事のその後になります。↓
「彼女がいない1か月でわかったこと」
職場の女性が鬱になり休職してから1か月が経ちました。
その中で私が考えたことを書いておこうと思います。
正直言ってこの1か月は過去最高かと思われるほど忙しい時期でした。
職場には事務員が4人いて、3つの役割に分担されています。
休職中の女性は、私ともう1人の事務員とは違う分野の業務をしていました。
私には全く未知のことだったし、もう1人はある程度分かってはいるけど、手探りなものもある状況でした。
そんな2人で協力して、お互いの仕事もしながら、休職した人の穴埋めをしてきた1か月だったのですが、無事終わろうとしています。
休職中の女性は、自分の中では1か月程度で復職できると私たちに伝えて休職しましたが、1か月経過の診察の結果、まだその状態にないということで復職は見送りになりました。
一度精神的に病むと、かかりつけ医と会社の産業医両方の許可が下りないと復帰できないそうです。
特に、産業医の許可が下りづらいようです。
精神的なものが原因で休職した人には慎重になるからです。
AIによると、精神的に病んだ人の職場復帰率は半々。
でも、復帰しても繰り返す人が半分。
となると、正常に復帰できる人は4分の1くらいになるようです。
そうだとすると、簡単に復帰の許可は出せなくて当然なのかもしれません。
職場復帰はなかなかハードルが高いようです。
休職した女性は、単独でこなしている業務が多い人でした。
それを不満に思っているようでした。
でも、周りから見ると、
・人には任せられない
・人には渡したくない
という雰囲気だったので、手出しはできない、したくない、と思わせる人でした。だから、お任せしていたのです。
これは彼女の中の責任感でもあり、頑張らなきゃという使命感だったのだと思います。
でも、周りにはかなりの圧をかけていました。
でも、そんな自分には気づかずに、みんなが手伝ってくれないから私はこんなに忙しい、こんなに大変なんだというオーラを全開に出してくるので、彼女が出勤の日はかなり私は気疲れをしていました。
その彼女が今休職中。
まだ慣れない彼女の仕事の穴埋めをして、自分のタスクが増えたほうが私にはよっぽど楽なのです。
休職中の彼女は、私がこんな風に思っているなんて夢にも思ってないと思います。
鬱病と診断される前に、彼女は1か月ほど休むつもりでいることを職場や関係者のみんなに伝えていました。体調不良と聞いていたので、私はただの長期のお休みだと受け取っていました。
なんとか1か月頑張ろうと素直に思いました。
でも鬱病と診断され、休職が決まったとき、すでに私に引き継ぎの資料ができていたのです。
「あれ?準備してたの?」と私は思いました。
これは彼女が計画してきたことで、私たちを試そうとしてやったことでは?と私も他の事務員もそう感じています。
真実はわかりませんが。
でも、彼女がいなくても、私たちは自分の仕事をこなしながら、過去1番忙しかったこの1か月を乗り越えてしまいました。
大変だったかというと、そうでもなかったのです。
彼女のいない1か月を過ごして、こんな結果になるとは思っていませんでした。
これを知ったら彼女はどんな反応をするのか恐ろしくなります。
「私がいなきゃ回らない」は本当なのか
今回のことでわかったことは、誰か1人が抱えている仕事は、その人が欠けても回るということです。
自分がこれだけ責任を抱えて無理して頑張っている。
だから私は必要な人間なんだ。
という考えは持たないほうがいい。
自分がいなければこの場所は回らない。
みんなが困ることで自分の存在価値が上がる。
なんてことは身勝手な願望で、そうなるとは限らない。
逆に、身勝手な願望は叶わないのではないかと思うのです。
どれだけ責任をもって無理して自分のポジションを守っていたとしても、正常な職場なら、代わりの人が現れて、その人が片付けてくれるようになっている。
それが社会というものなのだと思います。
「私がいなきゃ回らない」という思い込みは、ただの自己満足であり、周りにとっては毒にしかならない。
責任感と存在価値
自分がいなくても周りが困らないように、仕事を独り占めせず共有していく。
独りよがりの責任感は手放す。
1人で仕事を回すことで存在価値をアピールするのをやめる。
そうすれば、1人で抱えることもなく責任を背負うことも減り、仕事も人間関係も回るのだと思います。
自分の存在価値は、独り占めや責任感の先にあるのではないのだから。
自分の価値を人に決めてもらわない
「私はどれだけ人に必要とされているか?」
という自分の存在価値って気になりますよね?
そのためには、何かをやって評価されることで証明したいと思ってしまいます。
そして、高く評価されたら嬉しい、あまり評価されなれけば、自分の存在価値は低いと思う。
これは、健康な心ではないと思います。
そもそも、自分の存在価値は、人に証明されるものではないのだと私は思います。
自分が納得できるように生きる。その満足度が自己価値になるのだと私は考えています。
つまりは、人ではなく、自分で評価し、自分で決めるものなのだと思います。
それも、これも、思い込みなのかもしれない
さらに、
自分がいないと現場は回らない
だからみんなは困るはず
なんてことはあまりない。
身勝手な妄想です。
逆に、
私なんて必要ない。
私がいなくても簡単に回る。
なんて思っている人も身勝手な妄想で、実はあなたを求めている人がたくさんいるのかもしれません。
案外私たちはみんな、自分勝手な思い込みの中で生きているのかもしれません。
そんなことを考えさせられた1ヶ月でした。
